8話 サバの名前は『あさみずひよ、り』
あぁ…今すぐ自分自身を抹消したい
あの後、飛び込んできた皇帝かどうかは未だ不明な人に、よくわからない紙を背中に張られて強制的に応接セットのソファに座らせられた。
張った本人はあたしがさっきまで立ってた机で何か調べてる。
指名手配まで受けてる超怪しい人物が、突然自分の部屋の机漁ってたらそりゃ当然の対応です。
いや…まぁ…当然の対応なんですけどね。
…一応弁明しなけりゃあたしの首が危ないんで
「…机のペンとちょっと手配書の裏を借りただけですよ」
はは、軽く無視ですか…これはどんだけ無罪を訴えても有罪確定。
…この背中の紙に「この人お馬鹿です」とか書かれてたらやだなぁ…。
と思ったら皇帝が手にしたのはあたしが書いた手配書の裏のお手紙。
「…これは?ん?コウテイヘイカサマ…私への手紙か…」
その後の文章も音読しやがった皇帝様。
超お子ちゃま書きな内容の手紙を目の前で音読されるって何の羞恥プレイですか?これが罰ですか?えぇ今の音読で結構心ぽっきり折れましたよ。
ソファといえども膝を抱えていじけてしまう。
「あさみずひより」
うるさい…こっちは凹んでるんだ。
「おい、あさみずひより!」
フルネームの連呼って何だか教師に叱られてる気分になって、さらに凹む。しかも普通の日本語の発音じゃないから、ただ一定の音で名前呼ばれるのって気持ち悪い。
返事しない事にイラついたのか皇帝が違う手段に打って出てきた
「あさみずひよ、り!」
「変なところで名前切らないでよっ!!!」
何だその名前!
百歩譲って「あさみずひよ」は苗字としてまだ許そう。…大分妥協してだけどね。
だけど「り」は受け入れられない。
名前が「り」って何だよ!「り」って!!
ありえないでしょうが!普通!!
「あたしは『あさみず』、『ひより』!!」
「あさみず…ひより」
「そうっ!わかった!?」
「わかった…あさみず、ひより」
思わず怒りにソファを立ち上がって皇帝に詰め寄ってしまった。
…ま、まずい、こんな事出来る立場じゃなかった。
今までの怒りは何処へ行ったのやら、まるで無かった事のように急速に冷めて、後に残るのはキレた気まずさだけで。
とりあえず顔に自分でもわかる引きつった笑みを貼り付けながら元の位置まで戻る。ソファに座って皇帝から無理やり視線をはずして、ひたすら「ははは」と笑い続ける。
あ~次視線合ったら、もしかしたら今日死ぬかもしれないなぁ…
そんな不吉な予感が頭を過ぎるのを無理やり抑え込む。
とにかく謝罪しなければ…
そう思って頭を下げたときに皇帝からまた声をかけられた。
「あさみず、ひより」
名前を呼ばれて身体がびくっと反応する。
「すみませんっ!!悪気は無かったんです!ただ名前は親に貰った大切な物なのでそれを間違えられてちょっと我慢が出来なかっただけで…」
「…君の年齢は?」
あたしの謝罪と相手の声が被ってよく聞こえなかったけど…
「え…………年齢?」
全然想像してなかった質問に、あたしの頭の処理速度が追いつかない。
…どうして今、年齢聞くの?
「そう、君の年齢だ。この文面からしてまだ幼いようだが…」
あ…そっか。
この人あたしの実年齢なんて知らないんだから、幼児文字を書けばそれがあたしの年齢基準になるんだ。
もちろん25歳なんて実年齢は絶対言いませんよ?ビバ童顔日本人!
…とはいえ、この文字を使う年齢って何歳ぐらいなんだ?
ミレーヌと一緒に文字の勉強してるんだから、ミレーヌの年近くに合わせとけば間違いないんだよね?
…ミレーヌっていくつだっけ?
あたしの頭はフル回転で記憶を辿る。きっとこの返事があたしの生命の助かるボーダーラインだと何となく察した。
ただ慌てた頭は上手く回転してくれなくて「ミレーヌは魚介が食べれない」とか「ミレーヌは首に黒子がある」とか下らない情報だけを提供してくる。そんな中でぱっと思い浮かんだケーキの映像に思わずあたしの下げてた頭が上がる
「12本!!」
「……じゅう!?」
そうだ、先月のミレーヌの誕生日会のケーキの本数を思い出した!あぁ…サンキュ~あたしの頭、お疲れ!じゃあ…それから計算してあたしの外見で通用するような年齢を考えてと思っていたら、机の方から皇帝のか細い声が聞こえてきた
「12…とはな。もう少し上だと思ったが…」
…はい?
「15歳差か…」
…あれれ?
「12歳か…」
ぎゃ~~~っ!!違うよ!!!
それ、ミレーヌの歳だから!!ケーキの話ですからっ!!
いくらあたしでも12歳は口に出来ません!!
さすがに13歳サバ読むのとか犯罪じゃないでしょ!
ってあたし見た目そんな若さ通じるんですか!?
今12歳って、3年前は9歳ですよ?
少なくとも見た目は髪以外、全然変わってないのだからありえないでしょ!!
気付けよ皇帝っ!!!
とにかく混乱に陥ってるあたしは口をパクパクさせるだけで、言葉が出てこない
皇帝も口元に手をあて何か考えているようだった。
「ところで、あの時どうして私の寝室にいたんだ?」
それ今聞く!?
普通最初に聞かないですか!?
そして、皇帝の口から再び年齢の話は出てず…あたしの12歳は決定事項になったようで…
12歳って、中一じゃないですか…去年までランドセルの年齢じゃないですか…
しかし、下手に自分から年齢を上に訂正した事によって罪を問われても嫌だし…まぁ、今しか関わらないから……なんて納得できるわけもなく。
いや~~~~っ!!!!
あたしから言えないんだから、皇帝…この不思議に突っ込んでよっ!!
もちろん心の叫びは誰にも届かなく、訂正もなく、とにかくあたしは口と喉がカラカラでこの後「何か飲みたいです」と皇帝にお願いしたのだった。