73話 水曜 魔術実技③
制御リングを使用出来ないという事で模擬戦闘は無しになりました。どうしてシーさんがそんなに残念そうな顔でリングを触ってるのか全く理解出来ないんだけど…あたし的にはいきなり戦闘とか言われて正直ドン引きだったんで助かった
「じゃあ…今日何しようか…」
近くの石を蹴りながらそう言うシーさんに思わず「模擬戦闘だけで一日過ごす気だったのかよっ!!」と突っ込みそうになるのを慌てて口を押さえて止めた。うん、この人ならありえそうだし。だっていじけ方がハンパない。今時石蹴ってすねる人とかいるんだ…って本気で携帯があったら写メ取りたかった
「…というか昨日の魔術講義でも基礎しか教えて貰ってませんから、戦闘なんて無理ですよ」
一応正論をぶつけてみる。この人ならノリで乗り越えろとか実戦で感覚を掴めとか言われそうですけど…ね。
「…え?ラッシュの奴昨日仕事してないかったの?あたしがあんなに苦労して1人で仕事してたのに!!」
おぉ…ある意味予想外の正当な返事。ただ、このままでいくとラッシュの印象がいちじるしく損なわれそうなのでフォローを入れておく。
「いえ…ラッシュは仕事をきっちりしてらっしゃったんですけど、あたしの能力がそれに釣り合わなかったと言いますか…」
うん、間違っては無いと思う。だって帰り燃え尽きて廃人みたいになって帰られましたし…背中の哀愁が悲しみを物語ってましたから…ん?何でシーさんの眉間に皺がよってるんだろうか?
「…シーさん?どうしました?」
「それ!!それよっ!!!どうしてリュージュやラッシュは親しげに名前呼んでもらってるのにあたしは『シーさん』なわけ?」
どうしてそこ!?突っ込むべきところはもっと別にあるでしょう!?しかもさらにいじけてるし…この人が地面に『の』の字を書き出しても今ならあたし驚かないと思う。
「じゃ…じゃあ何て呼べば…?」
「もちろん『シー』って気軽に呼んで!!」
復活も早い…。
「それにしてもラッシュの授業についていけないって、手でも抜いてあげたの?あいつ魔法全般フェチだからそんな気遣いはいらないわよ?黒の加護者を間近で見れるなんてボコボコにしても喜んでると思うわよ」
「いや…ラッシュはあたしが黒の加護者だって知らないっていうか…」
「え?あいつ………わからなかったの?」
言葉と一緒に発せられたシーの今までとは全然違う怒気に気圧されてあたしは数歩下がってしまった。それに気付いたシーはすぐにそれを消してにっこり微笑んだ。いや…そんな似非笑顔で騙されませんから…どう考えても今の怒気の方がこの人の本性でしょう?
「ま、ラッシュの事は帰ってからにしましょう」
いやいや…このまま帰ると来週からラッシュさん来ない気がするし…っていうか生きていられるかも心配なので!
「あの…あたし今火系魔力が全然すっからかんなんですよ」
「?」
「だから…その火系魔力を一番最初に試されたので…力不足と判定されたらしいです」
シーはちょっと考える姿をとると、あたしに方眉を上げて尋ねてきた
「あいつ触診しなかったって事?」
「触診?」
「ほらあたしがアサミズちゃんに触れたみたいな事」
思い出されるセクハラの数々…。うん、あんな事を初対面の男にされたらそれこそどんな手を使っても亡き者にしますから!!それに…
「次同じ事したらいくら筆頭医と言えどもボコボコにします」
あたしの引けを取らない怒気に今度はシーが2.3歩下がってる。
「だ…だけど、医者にとって触診ていうのは大事な診療なのよ?」
「あれを百歩譲って医療行為と言うならば、あたしが診察室に伺って白衣を着た状態の時だけにして下さい」
うぅ…とシーが呻いている。どこでもかしこでも『医者』って言葉で全て片付くと思ったら大間違いですから、そこんところは釘を刺しておかないとね。あたしの視線にシーは苦笑を浮かべ、両手をあげて参ったと降参した。
「…あたしも筆頭医になってちょっと傲慢になってた、許してもらえる?」
「はい」
きちんと自分と向き合って反省出来る人に悪い人はいませんからね。ところでラッシュへのお怒りは解けたんですかね?…わからないけど、そう悪い事にはならないという事にしとこう。
「じゃあ…せっかく医療の話が出たし、こんな外で何なんだけど…医療術の実戦しとく?」
「医療術?」
「まぁ、あたしの得意分野でもあるし、何かあった時に覚えておいて損は無いから。普段の治療ではよっぽど軽い傷か重症でない限り魔力は使わないんだけど、戦闘中は自分で回復魔法をかけないと駄目な場合も多いからね」
そういうとシーはあたしの前で手の平を上に向け、その手に赤い透明な球体を作った
「これがあたしの魔力の塊。あたしは火系魔力だから赤い色してます。これを直接肌に当てるとね…」
シーは手の赤い玉をそのままの状態で自分のむき出しの腕に当てる。あたしはそれが治療行為だと思って何も言わずに見ていたら、どうみてもその赤い球体があたった部分がじりじりと焼け火傷状態へと変化していく
「…っく」
「なっ何やってるんですか!!!」
慌ててあたしが止めに入ろうとすると、すっと玉を外してふぅっと息を吐いた。自傷行為など目の前で見るもんじゃない……あたしが唖然とした状態でいるとシーが痛みでちょっと顔を歪めたまま笑う
「魔力はそのままの形では毒になる。それは自分自身の魔力でも一緒、だから気をつけて。でもね。ここに一つの魔法を発動させると…」
シーの言葉と一緒に手の赤い玉も変化し、今度は無色透明な玉へと変化した。そしてまたその玉を火傷した部分へ近づける。あたしはどうしてもさっきの映像が頭に残っていて目を背けたくなったけど、身を持って教えて貰ってる事を無駄にするのは研究者として出来ない。無色透明な玉は傷口にあてられるとその傷を包み込み、水の中の泡のような物が傷口から出始める
「…?」
そして暫くして最後の泡が弾けたのと一緒に玉も弾けとんだ。するとそこにあったはずの傷は消え元の白い腕に戻っていた
「ほぇ…」
「これが一番簡単な回復魔法。でも見てもらったからわかるように、傷をつけるのは一瞬で出来ても、治癒は倍以上の時間がかかるの」
あたしは自分の頭がどんどん研究者モードに変わるのがわかる。多分今の回復魔法は細胞再生能力を活発にさせてるような印象だった。つまり元の形に復元という事をすればもっと一瞬で回復するんじゃなかろうか?なんてどんどん色んな案が浮かんでくる。細胞組織を形成してる成分は……あ、しまった。これは違う。今までのあたしの方法で魔法を使っても仕方ないのであって…
「じゃあ、アサミズちゃんにもやってもらいましょうか?」
そう、あたしが今覚えるべきはこの世界の魔法!!
「自分の体内に魔力を感じる事は出来る?」
「いや…あんまり」
「そっか。まぁ慣れだからだんだん解るようになるわ。では、片手を上向けに前に差し出して、そしてそこに体内の魔力を放出するような感じで力を入れてみて、最初だから上手くいかないかもしれないけど、ちょっとでも出れば感覚が掴めると思うから」
シーに言われるままにやってみる。あたしは手の平によくわからないけど何かが集まっているのを感じた。ん?何だかこの感覚味わった事があるんですけど…そしてちょっとヤバイ気がするんですけど…
そう思ったのと同時に光が手から放出され、柱となって天を突き抜ける。
雲を突き抜けたそれを見て「あ…これ積乱雲に向けて発射したのと同じじゃん」なんて現実逃避するのを許してほしい
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