68話 おかえりなさい
まだ授業中だと思ってる人達が助けてくれるとも思えないし、ラッシュが帰ってくる可能性も無い。窓から放水なんて考えもあるけど…あくまで最終手段。グルグルと部屋の中を漂いながら打開策を考えようとしても、水に体温を奪われて思考力が段々無くなっていく
「さ、寒い…部屋でタイタニックとかありえないし…」
どうしようかなぁ…と思ってソファにしがみつき直そうとした瞬間、ソファがレザーのような素材だったのが悪かったのか、悴んだその手は見事につるんっと滑ってあたしは頭から綺麗に水の中に落ちた。水の中で身体が回転しどちらが水面かわからない状況にパニックに陥る。
「ゴボッ!!ゴボボッ」
咄嗟に「助けてっ!」という言葉を叫ぶように口を開くと、そこからはもちろん声など発せられず、代わりに体内の酸素が無数の泡となって水面に上がっていく。後から考えると水中で口を開けるなんて気がふれていたとしか思えないが、パニック状態に陥った時の人は冷静さなど保てるわけが無く、開けた口からは空気の代わりに大量の水が入り込んでくる。泳げる人がどうして溺れるんだろう?なんて不思議に思っててすみませんでした。あたしも人並みには泳げるけど今、普通に溺れてます。水を含んだ服は手足をもたつかせ思うように動いてくれないし、何より苦しい。
”誰か…誰か助けて!!”最後の息が「ゴボッ」と泡となって口から出ていくのをその目で追いかける。その時水の中にいるあたしにも聞こえる程の水音がし、何かがこちらに向かってくる姿が見えた。逆光で影にしか見えなかったのに、あたしはその姿を見て手をそちらへ伸ばす。その影は何かであたしを包むと一気に浮上していく。水の中なのに濡れる気配のない毛皮はいつもと同じベルベットな触り心地で暖かかった。浮上は一瞬、ザバァという水音がしたと思うと水面より天井の方が近い位置にあたしは居た
「ゴホッ!!ゴホッ!!」
包まれた尻尾に大量の水を吐いても一瞬にして蒸発するが、あたしが触れても火傷するような事はない。それどころか尻尾が触れた部分の服がどんどん白い蒸気を出して乾燥していく。
[主、大丈夫ですか…]
心配そうにこちらを見つめる赤い目に泣きそうになる…だって…だって…
「こ…コハルぅぅぅ、わ”ずれ”ででごめ”ん〜〜〜〜”」
はい、城に来てから見学やら目新しい事に心奪われ、すっかりコハルの存在を忘れていました。そんなダメ主人なあたしをコハルはここぞという時に救ってくれる。あたしはその体に思い切り抱きつき、顔をこれでもかというぐらい擦り付けた。何て…何て使役獣の鏡のような子なんだぁ〜。ダメ主人にはもったいないぞぉ!!そんな事を考えながらグリグリするあたしの頭にコハルが自分の鼻先をコツコツと当ててくる。
「うん…ごめんよ。あたしはコハルのお陰で大丈夫だよ…」
[主…そうでは無くて、いい加減この水を何とかしなくては]
「………」
…蛙の子はやはり蛙。コハルはあたしの安全確認だけした後は、感動の再会より被害状況の判断が先でした。いや…別にいいんだけどね…。
[私に少し案があるのですが…それを行っても宜しいでしょうか?]
「…どうにかなるなら何でもいいよ。やっちゃって」
あたしのその言葉を聞くとコハルは[では…]と言い、大きく開けた口から熱風を噴出した。熱風に触れた水はどんどん気化し白い蒸気が部屋に立ちのぼる。部屋から水を大半蒸発させた時には部屋が湯気で充満し、違う意味でしんどくなってきた。
「こ…コハル、この状況はちょっと苦しいわ」
部屋の中は湿度100%近くになっていて、不快感ハンパない。乾いたはずの服も身体にへばりつくし、何より暑い。あたしはシャツのボタンを上から胸のぎりぎりのラインまで外し、手で必死に扇ぐけど…とても解消されない。
[…この水の量でしたらシールドを解放しても被害はそれほどではないと思います]
「あ〜…そっか、シールドか…」
それを聞いてあたしはコハルから降りると、くるぶしほどになった水の中を部屋の真ん中にある魔法陣まで歩き、手をその魔法陣に翳してシールドの一部解除する。全部解除してしまうと城の中に残った水が流れ込みそうなので座標指定を使って、窓部分だけを解除した。そしてそのままの足で窓まで行きそれを開け放った途端、一気に部屋の中の湯気が外へと放出され、それと一緒に、気圧の事をすっかり忘れていたあたしは窓から外に放り出された。慌てて手すりに掴まって必死に耐える状況に陥ってしまう。
「うひゃぁぁ!!助けてぇ!!」
情けない叫び声が部屋に響きわたるのが、自分で泣けてきた