60話 月曜日、言語
12時間の勉強時間に24時間分ぐらいの勉強してみ?…普通に死ねるよ?魂が放心された状態のあたしの目の前に立つのはこの国の宰相と呼ばれる男…あたしの中での命名は『リュージュだけ(ここ重要)ラブな腐れ鬼畜』いや…ラブと言っても元世界でもっぱら腐女子の方に人気のそれではなく…根っから心酔してますって感じ、あ、でも年上だから溺愛の間違いか…
彼のあたしの四畳半の部屋を見て第一声が「…アサミズのようですね」だったから…それは身体の事を言ってるのか、性格のみみちさを言ってるのか、それとも根っからの平民根性を言ってるのか判断しかねたのでとりあえず笑うしかなかった。それにしても木箱で一人勉強する平民の図はいいとして、4畳半に男の人と二人で居るのって息苦しい…しかも貴族様だから威圧感半端ないし…これは一人で四畳半は落ち着くけどカテキョがいる時はちょっと…なんて手を動かしながら考えてたら
「アサミズ、ここの綴りが間違ってます。余計な事を考えずに集中しなさい」
と言って宰相が持っていた指示棒であたしの手を軽く叩いた。…何度目かのその行為は軽いくせに地味に痛い。宰相が教えてくれてるのは貴族・その他言語各種と政治経済で初日の3時間ぐらいは休憩挟みながらゆっくりと進行してくれてたのに、あたしが実は25歳だと知った途端、態度が180度変わって超スパルタ方式に変換されたのだ。やはり若い子がいいのね!!と1時間ぐらいごねて愚痴ってやったら
「あのですね…12歳と25歳で態度が違うなど当然でしょう。はっきり言いますが12歳が持つ知識量と25歳が持つべき知識量では天と地ほど差があります。持つべき知識を有していない、つまり今の貴方は12歳してはお利口ぐらいです。そんな貴方がそもそもより博識を必要とされる魔術学院の試験に合格しようとは…はんっ」
…最後の『はんっ』はご想像通り鼻で笑われましたよ。それから休み無しで貴族言語の文法やら書き取りやら…書き続けて10時間。腱鞘炎で人って死ねる気がしてきた…右手親指の付け根部分からとんでもない悲鳴が聞こえる…。元世界のどの受験でもあたしこんなに勉強した事ないです…そしてこういうところにハイスペックが欲しかったと切に願い続けて8時間ぐらいです。
「…それにしても何でこの国には成人貴族文字だけで3種類もあるんですかね?言語的には一種類なのに」
「簡単には貴族の中にも高位貴族・中位貴族・下位貴族があるからでしょうね」
「あ〜公侯伯子男ってやつですか?」
「おや、爵位はご存知ですか?一概にそれだけとは言えませんが…高位文字は公・候、中位が伯・子、下位が男・騎を扱うと思っていただければ…」
改めて思うけど何故一つにしない…。あたしの不満が顔全面に出ていたのか、宰相は苦笑すると別の解釈も述べてくれた
「高位文字は主に政治や調印等に使用され、中位文字は貴族同士の手紙のやり取りなど、下位文字は中位文字に平民文字が混ざった物です」
うん…意味はわかるけどさ、何にしても…25歳で一から習うのはキツい〜〜〜。
「いたっ!」
「アサミズ、集中力が切れてますよ。ここの文法が違います」
「…うぃ〜」
下位文字は平民文字に近かったので結構楽にクリア出来たし、中位も下位からの流れで何とかなった…。問題は高位文字で中位や他の文字とも全く異なった文字で形成されてるからかなり大変。元の世界に例えるなら英語とか中国語などの辛うじてわかる物を習っててる中、突然アラビア語がやって来ましたな感じ。
手を叩かれた出したのもほとんど高位文字になってからだし…元々勉強嫌いじゃないけど…まじでこれを4週間で覚えるのはキツいんですけど…
「…高位文字って試験までにどうしても覚えなきゃいけないんですか?」
「覚えていて損はないです。陛下に言語は全てマスターさせるよう言い遣っておりますので」
リュージュの馬鹿やろぉ〜!って心で叫びながら満面の笑みを浮かべて宰相を見る。こう見えても営業で鍛えた笑顔を貼付ける技術は伊達じゃないです
「…少なくともアサミズは政治に向いてるようですね。どうです?魔術学院受験を止めて城に勤める事を考えては?それならば言語と政治経済だけで覚える事は済みますよ?1ヶ月なんて括りもないですし」
いやいや…政治なんて全然関心ありませんから…。そんな物に関わると碌な事が無いって知ってるし!それでなくても厄介事を一杯背負い込んでるんで、これ以上はご免被ります。っていうか魔術習えなきゃ意味ないしっ!
「結構です。地味に頑張ります」
「……そうですか?ならばもう100回この単語集の書き取りをお願いします」
…かなりのページ数ありますけど?視線だけで「全部ですか?」「全部です」の会話をした後あたしは思わず叫んでいた
「鬼ぃぃぃぃ!!!!」
まぁ…そんな泣きそうな宰相のスパルタ教育のお陰で3週間目には25歳が知っているであろう全ての言語が理解出来るようになりました。