56話 夢見る聖獣
コハルが人語を操れる事は特殊な事だと知って、これはちょっとハイスペックに感謝した。だってやっぱ動物大好きとしましては彼等との意思疎通って憧れだったしね。それにしても泣いて喋ったら…凄く喉乾いた。と言ってもここ平原の真ん中だし、自販機もコンビニも無い世界で気軽にお茶を買うとかも出来ないし…
「…ねぇリュージュ、とりあえず家戻らない?」
「…ん?あぁ…そういえばここはどこだ?」
…ここは知らなかったのかよってツッコミをいれるべきなのか、それともそんな事も知らずにどうやってここに来たのかを聞くべきなのか悩む所だったりする。
「アサミズ…こんな何も無い所で何か用事があったのか?」
「いや…用事があったのはあたしじゃなくて貴方でしょ?」
「……」
無いのかよっ!!駄目だ。このまま会話続けてたら永遠に家に辿り着かない気がする
「コハル帰ろう」
[了解です。主]
「……リュージュもコハルに乗ってく?」
あたしとコハルの会話を聞いていたリュージュが不可解な顔でこちらを見つめてる。…そんなにあたしのここでの用事が気になるんでしょうか?説明しようにも特に用事なんかないから説明しようが無いですけど…適当な事でも言おうかと考えてるとリュージュが話しかけて来た
「…家までなら何故わざわざ聖獣に乗っていくんだ?転移魔法使えば簡単だろう?」
「………」
えぇ…忘れてました、すっかり忘れてました。さっきまでは頭がぐちゃぐちゃだったんで…考える力も無かったんですけどね…今は普通に忘れてました。ただ素直にそれを認めるのは何だか癪なので…
「…わわ、わかってたわよ。ただ…ちょっと空中散歩したい気分なの!」
「そうなのか…」
嘘です、ほんとはもの凄く喉渇いてるんで早く帰れるなら早く帰りたいです。あぁ…あたしの馬鹿。何こんなところで意地を張り合ってるんだか…これは弱い自分を見られた反動ってやつですかね…そんな腹の足しにもならないプライドは捨てるに限る。さっさと謝って転移魔法で帰ろ…
「コハルは火系の聖獣なので私とは相性が悪い。なので私も聖獣を呼ぼう」
「……はい?」
「ルシェーリア!!」
「いや…あの…転移」
リュージュが見上げた空を追って見上げるとそこに大きな魔力の渦が現れていた。渦の中から現れたのは…どう見ても影だけ見るとでかいワニ……コハルだけが凶悪なのかと思ってたけど…もしかして聖獣って全部こんなのばっかなの?聖獣って言葉に夢を見ちゃいけなかったの?しかもその見た目にルシェーリアはないでしょう…
「………」
リュージュのワニこと、ルシェはどんだけ凶暴な見た目なんだろうって思ったけど側に来ると意外や意外…美しかった。ワニのような姿だけどあんなごつごつした皮膚じゃなくて、魚の鱗のような物が身体を覆い、透き通りそうな水色をして光り輝いてる。瞳も全体的には透明で宝石のキャッツアイのように縦に一筋だけ青いラインが入っていて、こちらをじっと見つめている。
「…綺麗」
「そうだろう。ルシェとは一番長い付き合いだ」
微笑みながらリュージュは優しく側にいるルシェの身体を撫で、ルシェもそれを気持ち良さそうに受け止めている。うぅ…聖獣呼ばれちゃったら、それで帰るしかないよね
「コハル…んじゃ、さっさと帰ろう」
[では背にお乗り下さい]
「ん…」
あたしは伏せたコハルの背中にうつぶせに乗ると、何気なくリュージュの方へ視線を向けた。いや…だって空飛ぶワニとかって…普通見てみたいでしょ?しかもリュージュの乗り方とか気になるじゃない。まさか綺麗なルシェの背に立ったりとかは無いでしょ?
[主…飛びます]
「いいよー」
リュージュ達より先にコハルが翼を羽ばたかせ飛び上がる。全然翼によって揺れる衝撃がないから翼をはためかせなくても飛べそうな気がするんだけど…まぁ…見た目も重要だよね。
先に飛び立ってしまったので疑問が解決されてないんですけど……なので空中で安定した状態になってすぐ後を振り返ってしまった。
…ワニが飛んでます。普通に水の中を泳ぐみたいに前脚がふにふにと動いてらっしゃいます…ふにふになのに凄いスピードだし…うん。聖獣には陸海空は関係ないのかもしれない。そしてそれに乗るリュージュは…
「……何故横乗り」
あれですよ、あれ!好きな男子の自転車の後に女子が乗るあれですよ!
いや…美形なんで風に髪をなびかせてすっごく絵にはなるんですけどね……なるんですけど、せめてさっきあたしを抱きしめてくれた人には少なくとも少年のように股がっていて欲しかったというか。
「ねぇ…コハル。乙女心は複雑だね」
[主?]
「うん…複雑だ」
一人納得するあたしにコハルは首を傾げたけど、それ以上は深くつっこんでこなかった。あたしの状態が回復したからか高度を上げて飛んだので、さっきコハルが言っていた民家は見えなかったし、降りるまでとは全然違う速度だったのであっという間に村まで戻ってくる事が出来た。あたし達が村の外れに降りた後すぐにリュージュとルシェも降りてくる。
そして降り立ってすぐルシェは軽く浮くとリュージュの周りを一回りしてまた空中に戻り、魔力の渦を発生させその中へと潜ってしまった。
「…あれはどこに行ったの?」
ルシェの一連の行動を見つめながらあたしは側のコハルに聞いた。
[私たちは魔力の塊ですので、通常の空間でこの形態を取る事は自分と主の魔力を常に消費してしまいます。ですので普段はその力を使わずにすむ魔空間に身を寄せます」
「へぇ…じゃあコハルも?」
[私は…魔力を持て余してるぐらいなので…それに主が常に補給して下さいますし…]
「………」
ガソリンスタンド安佐水。ふふ…もう開き直ってきたよ
[ですが魔空間に入る事も出来ますから、何かあるようでしたら仰って下さい]
「まぁ…その都度考えるよ。今は別に居ていいから」
[はい]
居ていいと言われた事が嬉しいのか尻尾がブンブンと揺れている。可愛い奴め…ぐりぐりしてやろうか…
「アサミズ…何やってるんだ?」
はっとして声をかけられた方を見るとリュージュが呆れた視線を向けていて。どうやら想像でコハルをぐりぐりとしていたら手がワキワキと動いていたらしく…そんな場面を見られ…固まってしまう。
「…手の…運動?」
「……アサミズは時々おかしな行動をする」
いやいや…ワニに横乗りしてた人に言われたくないしっ!!
とりあえずリュージュの発言は無視してあたし達は家に向かったのだった
なんだか入試だけで結構な長さになりそうなので、章のタイトルを魔術学院入試編へと変えました