4話 素晴らしき『文明の利器』
隣国へ向かう次の中継地点は結構遠いので、この村に泊まる旅人の朝はとんでもなく早い。だから村人の活動時間には出立してる事が多く、今日もミレーヌの宿の食堂は既に閑散としててどこでも座りたい放題だった。そんな中でもあたしとミレーヌが座るのは入り口の付近の窓の席といつも決まっている。そこなら目の前の自分の作業場が見え、誰かが訪ねて来ればすぐわかる。大体一人目の客が来るまでこの食堂でお茶するのが日課になっていた。
店をやる気があるのか?と聞かれれば「ある!」と答えるけど、この世界というか村の特色が基本の~んびりなので、そんな村人相手の店で一人で頑張って経営しても意味が無かったりする。勤勉日本人のあたしにとってはの~~~~んびりぐらいで丁度いいのだ。
目の前には空になった食器達。もちろんライザさんの食事は全て美味しく完食させて頂きました。元の世界では味わった事のない美味しさに、初めてこの料理に出会った時は思わず「お母さんごめんなさい」と謝ってしまったのはつい勢いである
「ご馳走様でした!とても美味しかったです!!やっぱ、ライザさんの食事の中でもグリュスリーフは格別だ~!!」
元の世界のくせはやっぱり3年程度では抜けなくて、両手を合わせての食事の挨拶もそのうちの一つ。ライザさんも初めは不思議そうにその仕草を見てたけど、今ではそれをするとにっこり笑ってくれる。やっぱ何でも礼儀は重要だよね!料理を作ってくれたら作ってくれた人に感謝!原材料を作ってくれた人にも感謝!これ常識!
しかし、これを味わう事が出来たのならこの世界に来た意味もあったかもしれないと思わせてしまうこの料理とそれを作ったライザさんが恐ろしい。
「はははっ!いつも美味しそうに完食してくれるから、ひよには作りがいがあるよ!うちの亭主も娘もあたしが食事を作って当たり前だと思ってるからねぇ!」
料理はとても繊細な味付けなのだがライザさん自身はとても豪快なおかみさんで、例えるなら肝っ玉母さん!が一番しっくりくる気がする。あたしのこの世界でのお母さん…まだ了解は取ってないけど、心の中ではいつも「ありがとう、母さん!」って感謝してる
ミレーヌは可憐な容姿は父親似で、いつも玄関を破壊する中身は母親似なんだと思う。
いや…決してライザさんが不細工だとは言ってないよ?ただメルフォスさんの美しさが男の人!?っていうだけで。あれで自分の身の丈の倍ある槍を簡単に使っちゃうんだから…この世界って不思議。
「そういえばひよ、ちょっと調理器具の調子が悪いんだよ。見てくれないか?」
「あ、はい。どれですか?」
そう言うとライザさんは調理場に戻って行ったと思ったら、その調理場から声が聞こえてきた
「ひよ~~~~!ちょっとこっちに来ておくれ~~~~!」
あ~持って来れないサイズの物って事はオーブンとかおっきい物だな…。作業場で道具取ってこないと修理出来ないとは思うけど…とりあえず見てみるか
「今、行きま~す」
そう、この世界でのあたしの職業は道具屋さんだったりする。家庭で使うような小さな調理器具から、それこそ業務用の大きな土方アイテムまでお客様の要望によって様々な道具を作り出しちゃってるのだ。
調理場に入ると、そこはライザさんの世界でこんな村の宿とは思えないほどたくさんの調理器具が雑然と、でもある一定の法則できちんと配置されていた
そんな中困った顔でライザさんが立ってるのはやっぱり予想通りオーブンの前で、扉を開けたまま両手を挙げてお手上げポーズをしている
「オーブンですか?」
「そうなんだよ。最近こいつがご機嫌斜めでねぇ…今日もグリュスリーフを2回ほど焦がしてくれちゃったんだよ」
「えぇ!!グリュスリーフを!?」
それは大事件すぎるっ!!
「焼けないわけじゃないから、ひよの手が空いた時にで」
「すぐ直します」
グリュスリーフが食べれなくなるなんて考えられない!
とにかく原因を調べないと対応の仕方がわからないのでオーブンを空いた扉から覗いてみたら、以外とすぐに理由がわかった。
「あ~これ、暴発しちゃってますね~」
電気が無いこの世界では別の力が存在している。
それが民の生活を支えていて、その力は『魔法』と呼ばれている
なんとあたしはその『魔法』が使えちゃったり、つまり魔力があるらしく…らしくっていうのは魔力自体はあんまり自分で実感出来る物じゃなくて、魔法が使えるから魔力あるんだなぁ程度にしかよくわかってない。
ただビバ日本人!で、手先の器用さと魔法を使うのは一緒の感覚らしく、なんだかパズルを組み立てていく様な感覚で魔法が使えてしまう
で、このオーブンに使われてる魔法って言うのが魔石と言われる電池みたいなやつで、魔法を編んだ石を動力に動いている。詳しく原因を調べるためにオーブンから魔石を取り外す。魔石に触れた瞬間に魔石に編みこまれた魔法図が頭の中に流れ込んでくる。
「これ、あたしが作った魔石じゃないですね?」
「そうなんだよ。ひよが作ってくれた方のオーブンは調子ばっちりなんだけどね。これは少し古いやつなんだよ…」
その場でも直せそうだったが、過去にもっと小さな簡単な魔石を道具も使わずにその場で直したら、周りを驚愕させてしまったのでそれ以来作業は作業場だけでと決めている
「これなら魔石の再設計だけで何とかなると思いますから、道具必要なんで…この魔石一度作業場に持ってってもいいですか?」
そうあたしが言うと「急がないから頼むよ」とにっこり笑って言われ、その場で直せるのに直さない自分の良心の呵責が疼いた。母さんごめんよ。
「じゃ、一度帰ってまた来ますね」
今度はこんなちゃちな魔石じゃなくてもっとばっちりな高性能な魔石作るから!
あたしは魔石を握ると調理場を後にして、まだ食堂で朝食を食べてたミレーヌに簡単に事情を説明して「すぐ戻るから」といって自分の作業場に向かったのだった