36話 メルフォス家の事情
皇帝から紹介された赤髪爆発の美人筆頭医は『シフォンレイ・クラスグリム』と名乗ってにっこりこちらに微笑んでくる。
「『シー』って呼ばれてるから」
「あ…はい」
…にっこり笑顔は200点満点の美人さんなのに…もったいない。
「痛いところない?」などの優しい台詞を言いながら、怪我が無いかあたしの体を念入りに調べてくれるシーさんだったけど…
……でもねどうしてもあたしの目に赤髪が飛び込んでくるのよ。そうしたらやっぱり気になる物は気になるし
…どうやったらこんなに髪が爆発するの?これはもしかしてわざとなの?
鳥でも飼っていそうな赤髪はどうやっても櫛なんて通らない。これは断言出来る!アフロみたいなお洒落な感じは一切ないので、やっぱり鳥の巣でしかなく…
…き、気になって仕方ない。
「………」
ただ…天パなどで実は触れてはならない部分だったりしたらそれはやっかいで…聞くにきけず、あたしは手をワキワキと動かすしかなかった。
「何?どうしたの?手に怪我でもあるの?」
「いやっ…これは……怪我とかじゃないんで…」
大慌てであたしが否定すると、シーさんはもう一度微笑んでくれた。そして皇帝に向かって「大丈夫」と合図をしている
「皇帝との話が終わったら、絶対医療部に寄ってね」
あたしの耳元でそう囁くとシーさんはキッシュの方へ向った。あたしと皇帝はシーさんがキッシュを診察しているのをただじっと見ていた。
「こっちも意識ないけど、大したことないわよ」
そう言うと彼女はやって来た警備兵に気を失ったキッシュを運ばせる手配をして、皇帝には「帰るわ」という言葉と、あたしにはウィンクを一つ残し颯爽と去っていった
そして警備兵がキッシュを連れて行った後、残されたのは皇帝とあたしなわけで…
「………」
「………」
この間は何なんでしょう…質問とか今していいんですかね?
…立ち話で聞いていいのかしら?
「あのぉ~」
黒呪の事とかメルフォスさんとのつながりとか、聞きたい事はいっぱいあるんで時間は有効に使いたんだけど…ただ質問ありすぎて何から聞けばいいのかわからないってのが正直な話で。
「………あっ」
そこで今一番重大な事を忘れてた事に気付いた
「あぁ~!!!!誘拐っ!!」
すっかり命の危険に遭って頭のすみっこに追いやってました!
ご、ごめんっ誘拐された子供達っ!!
あたしは皇帝に慌てて事情を説明すれば、呆れるような皇帝の視線に晒されて…
…あたし間違った説明しましたっけ?
「…落ち着け。すでに犯人は捕縛されて、子供は保護されてる」
「へ?」
「メルフォスが近衛を指揮して、全て解決ずみだ」
「め、メルフォスさん?」
そういえば…メルフォスさん。昔、騎士だったって言ってた。
家を見に来たついでに…騎士に再就職したって事?
え~…1人でテンパって空回りをしたのすんごい恥ずかしいんですけど…
「ブジニカイケツシテヨカッタデス」
ちゃんと心はこもってる!…はず
なら、別にそちらの心配はしなくて言い訳で…やっぱりこの時間、あたしの質疑応答タイムでいいんですかね?
「さっきは…アサミズを置いて戻ってしまってすまなかった」
「………」
と思ったらびっくり皇帝が話しかけてきた。
……そう言えばそんな事もあったな。
その後に起こった事の印象がきつ過ぎて、そんな話すっかり影が薄くなってるさ。
「メルフォスさんに用事だったんですか?」
「メルフォスは、ずっと城で捜していた人間だった。12年前に騎士団長を一枚の紙で突然辞め、それ以来行方不明だった」
「行方不明!?」
普通にテリサン村で『メルフォス』で生活してましたけど…あそこ、隣国との中継地点だった筈なのに、どんだけテリサン村って隠れ家なのよ?
…しかも皇帝の探し人が全員テリサン村に居たって……ウケる。
それにしても、突然紙切れ一枚置いて責任のある立場を辞めてしまう人と、あたしの知ってる責任感の強いメルフォスさんがどうも一致しない
「よっぽどの事があったんですかねぇ…」
例えばライザ母さんに『別れるっ!』って啖呵切られたりとか…いや「あたしのせいで辞めた」みたいな事を言ってたし…。
そんな事言われたら絶対メルフォスさん、すぐ仕事やめると思うわ
……ライザ母さんが関わると責任感とか無いに等しいね、あの人。
半分冗談はさておき、この話の時には二人とも深刻そうな顔してたし…何か事件があった事はわかるけど、直接聞いて二人の傷を抉る事はしたくないし、保護者の就職先が決まって解決って事で…まぁ…いっか。
と勝手に自己完結してたら皇帝が話し出した。
「メルフォスが騎士団長を辞める一月前、帝都での暴動と国境付近の町が襲撃される事件が同時に起こった…私は暴動の鎮圧を指揮し、メルフォスには国境付近の警備の強化に遠征へ出た。しかし中々思うように警備体制が整わず、子を身ごもっていた奥方の産み月になっても帝都へ戻る事が出来なかったんだ。悪い事は重なって…奥方が切迫流産で母子共に命を失いかけた。かなり辺境地に居たメルフォスがその事を知ったのは帝都に戻ってからで、彼はその時、奥方の側に居てやれなかった自分を責めた」
ライザ母さんの「ほんと絵みたいな光景だったよ」と嬉しそうに語る顔と「辞めさせたのはあたしなんだけどね」と言った時の翳った顔の意味がわかった。
…ライザ母さんの誇りと罪悪感。
騎士団長であったメルフォスさんはライザ母さんにとって誇りだった。そして夫からその場所を奪ってしまった罪悪感。出産のトラブルなど自分でどうする事が出来なかったとしても、ライザ母さんの性格なら自分自身を責め続けただろう。
ただ想像だけど中身は、そんな事があったライザ母さんから離れるのをメルフォスさんが極端に嫌がり「仕事続けろ」とライザ母さんが制止するのも聞かず我侭を押し通して、騎士団に連れ戻されないようにライザ母さんが全快するまでに全部隠して田舎に引っ越したってのが妥当だと思うけど…ライザ母さんの事、狂愛だし…あの人。
…で、今度はメルフォスさんの罪悪感で戻る事になった
だってきっとテリサン村に居る限り、ライザ母さんは性格上「あたしが辞めさせてしまった」って表には出さないけど陰で自分を責め続ける筈だし、妻のそんな様子に気付かないメルフォスさんじゃないし…
あたしとミレーヌの事がいい切欠になったんだろう。
何てまたまた自分の考えに没頭してたら、皇帝の話は続いてて
「…最近、急激に帝都の治安が悪化しつつある。メルフォスが騎士団長に戻るだけで犯罪者へかなりの抑止力となるのは明確で、国としてはメルフォスが見つかったのなら元の立場に早急に戻ってもらう必要があった」
居るだけで抑止力って…どんだけメルフォスさんって最終兵器なんですか。
「はは…そんなにすごい人なんです…ね」
あの美人の微笑みが最終兵器だとは…家族の前でどんだけ猫被ってたんだよ…
「確か『微笑みの槍使い』とか呼ばれていたな…」
得てして戦闘名に柔らかな助詞がつく人間は碌なもんじゃない。
思わず笑顔が引きつってしまう。
「私の槍の師でもあるが。今回は見つけたはいいが、騎士団長へ戻る事は散々渋られた。下流騎士として働くなどとほざいていてな。帝都に来る家族の安全を考えろと言えば一発でやる気になったが…」
…あぁ、それはとてもメルフォスさんが言いそうです
家族ラブですから…っていうかライザ母さんラブ?
「まぁ…押し付けであれ何であれ、早々に職が見つかってようございました」
そう言うと皇帝が笑った。
何故笑われる…だって無職でライザ母さんの収入に頼って『ヒモ状態』とかありえませんから…日本人『働かざるもの食うべからず』ですから
ま、これで帝都に慌てて来たメルフォスさんの件は解決したので、帝都に来てから発生した問題について解決しましょうか…
「あの…ところで皇帝…黒の加護って何で…」
何ですか?と続けようとしたところを皇帝に手で口を塞がれた
「ふごー!ふごー!」
「静かに。黒については人に聞かれたくない。私の部屋へ場所を移そう」
いや、そんな理由は初めて知ったので!
人に聞かれたくないって言いますけど、さっきのフロなんとかは『黒の加護』って何度も連発してましたんで今更な気がしますけど?
あたしの怒りなんて何処吹く風のようで、突然皇帝はあたしを横抱きに抱え上げるとすたすたと歩きだした。
「あの…」
…あたし歩けますから。
そう言おうとしたら
「何も喋らないように」
横抱きだったのでお互いの鼻があたる位置で皇帝からそう言われてしまう。すっかり自分が12歳扱いだという事を忘れていたので…キスされるかと思ってしまったじゃないか
「ぐぅぅぅぅ…」
顔が赤くなってしまってるのが自分でもわかる。
だって、ほんとにすぐ目の前に美形男がいてキスされるかも!とか錯覚したらそりゃ赤くもなるでしょう!?
人の視線から逃げたいのと、赤い顔を隠したいのであたしは皇帝の胸に素直に隠れた
えぇもちろん口も貝のようにぴったりと閉じましたよ!
すみません36話かなり修正しました。
そしたら2話分ぐらいになってしまいまして…ほんとに申し訳ないです