15話 嫉妬の対象
あ~…エリル?さん。
せっかくの綺麗な顔が雌ライオンから般若と化してますよ。
怖い…夢に見そうです。
猛然と迫ってくるエリル?さんを見て、このままじゃ確実にフルボッコな目に合いそうな予感がしたので、とりあえず慌てて人身御供を立ててその影に隠れてみた。
「どきなさいっ!!!宰相!!!」
「……あさみず…色んな意味で仕返しですか?」
エリルさんの前に押し出された宰相が口を引くつかせながら振り向いてくる。
はて…あたし的にはナイスチョイスだと思ったんだけど…
「え?だって彼女は嫉妬の権化でしょ?火に油注ぐような事してどうするんですか!」
どう見てもエリルさんの瞳は嫉妬の目に燃えていらっしゃるので、皇帝と宰相で比べるとまさか嫉妬の対象が宰相であるわけが無く…皇帝の後ろなんかに隠れて引火されたら困るでしょう
「……別のところで引火どころか大爆発を起こしてますよ」
蒼い顔の宰相が見つめる先を辿って、彼の影に隠れたまま後ろを振り向いてみる…。
ひぃぃぃっ!!悪魔がいた…悪魔が!!
すぐに顔を元の位置に戻し、宰相に話しかけたが余りの恐怖に思わず小さな声になってしまう
「な、何で皇帝あんな怒ってるの!?」
「わかってないんですか!?」
驚愕な色を浮かべた大きな目で宰相があたしを見つめてくる。
いや、エリルさんの嫉妬は分かるんですよ?
皇帝との寝所に突然現れたらしい手配書の女がまた皇帝に接触してるなんて聞いたら、そりゃ飛んで来ると思います。それは皇帝への思いがあってこそですよ。素晴らしい!!
なので穏便に受け流すべくあたしは宰相の影に隠れたんですけど…
何ですか?後ろの伏兵は……全然身に覚えないんですけど!!!
「あ…」
つまりあれですか?この皇帝の怒りは「何隠れてるんだ?俺の好きな女に心配をかけたのだから素直に殴られろ!」ってやつですか?
えー…出来れば痛いのは御免被りたいんですけど、男兄弟の中で育ったんで、女性に殴られるぐらいなら…我慢出来る範囲です。
まぁ、アポとらずにこの部屋を直接訪れたのは事実ですから……一回は我慢ですかね
あたしは覚悟を決めると宰相の影からゆっくりと前に出て、直立した
「…いい覚悟ですわね」
振り上げられる手を見たけど…そ、そんな振り上げますか?っていうぐらい振り上げられてたので相当の痛みを覚悟した。
思いっきり痛いのは一瞬!!耐えろあたし!!!
ぎゅっと目をつぶって衝撃に備えた。
…けど、いつまで経っても予想した痛みが来ない。
…あれ?
恐々と薄目を開けて状況を確認してみると、あたしの前には大きな背中。それはさっきまで隠れてた宰相の背中とは違い…
「…皇帝?」
しかも皇帝の後ろから前の状況を確認して唖然とした。
「離しなさいっ!!宰相!!私を誰だと思っているのですか!!」
「エリルトーラ伯爵令嬢ですかね…」
え?何でエリルさんが拘束されてるんですかね…しかも宰相に拘束されてるし、皇帝は皇帝で悪魔から魔王へと表情を進化してらっしゃいます!!
え~っと…何がどうなってるのでしょう…
あたしは現状を把握するべく周りの会話に集中した
「側室一の位の私を公爵位呼ばわりするとは…宰相、身分をわきまえなさい!!!」
「すでに解散させた後宮での位など何の役にも立ちませんよ。私は…筆頭侯爵。貴方が太刀打ち出来る相手でないのはわかっているはずです。『エリルトーラ伯爵令嬢』」
相手が逆上する中で静かに宰相が『エリルトーラ伯爵令嬢』と繰り返した時の声色に思わずトリハダが立つ。エリルさんもそれが分かったのか、話をする相手を変えてきた
「陛下っ!!!私を手に掛けたこの者をどうか罰して下さいませっ!!」
宰相に拘束されながらも、必死になってエリルさんは皇帝に訴えかけてくる。
その時「陛下っ!」と叫ぶ声に自分の記憶の中の彼女が誰だったかを知った。
「あの時…皇帝と寝室に一緒にいた女性…」
あの時はベッドの灯りだけでは、暗くてしっかりと顔はわからなかったが、『陛下っ!!早くその者を殺して下さいませっ!!』という記憶の中にある彼女の声と今の『陛下っ!』の声がリンクした。
ただ、あたしの呟きは誰にも聞こえてなかったようで、会話はあたしを無視して進んでいる。慌てて思考を会話に戻し、キャッチボールを見ているように会話の先に目を追わせた。そしてその先にあった皇帝の凍えるような冷たい視線に思わず彼から一歩距離をとってしまう。
「何故だ?…解散を言い渡して3年も経っているのにいつまでも後宮に居座るそなた達の為に何故私が動かねばならないのだ?」
「へ…陛下!?」
「解散命令に従わぬそなた達が後宮で豪華な生活をおくるを放置していたのは、一重に今までを労っての事。素直に親元へ戻れば、我が側室であった事実に再び良縁に結ばれたであろう…それを…まさかあさみずを襲うとは…」
「……あさみず」
あたしはエリルさんに人を殺さんばかりの視線を向けられた。
そんな憎憎しい視線は生まれて一度も受けた事がなかった。