第1話 王様だった大魔法使い
かつて王様だった大魔法使いのセカンドライフ
「では、あとは頼んだよ、みんな」
ゲートリンゲンは王城の門前で立ち止まって振り返り、そう言った。
腰まである長い銀髪に金の模様が入った黒いローブとマントが風になびく。
白い肌に赤い目をした中性的で美しい青年、ゲートリンゲンは笑顔を新しい王とその配下たちに向ける。
彼の腕には茶トラとサバトラの2匹の猫が抱かれており、どちらも不機嫌そうな顔をしている。
そして、足元には白い長毛の猫がおとなしく座っている。
「はい、ゲートリンゲン様がこれまで積み上げられた功績を無下にはいたしません。この国の平和と発展に懸命に努めて参ります。」
王冠を被った美麗な中年男性がゲートリンゲンに応えた。この国の新しい王、リードリッヒである。
ゲートリンゲンはふふっと笑い、リードリッヒに話しかける。
「リードリッヒ、そんなに堅苦しくしなくていいのに」
「フーッ!フーッ!」
「あなたたちなら、大丈夫だってー」
「フニャー!」「シャー!」
「もう!ケンカしないの、二人とも!」
ゲートリンゲンの腕に抱かれていた2匹の猫が突然ケンカを始めた。必死に止めようとする彼とケンカの様子を呆れた顔で白猫は見上げる。
使用人2名が彼に近づき、尋ねた。
「代わりに抱いてあげましょうか?」
「ごめんなさい、いつもはケンカなんかしないのに。城の外に出るのは初めてだから気が立ってるのかな」
ゲートリンゲンはまだシャー、シャー鳴く2匹の猫を使用人に預けた。
気を取り直し、ゲートリンゲンはリードリッヒに向かい合って語りかける。
「それではリードリッヒ。長い間、私の側についてくれてありがとう」
リードリッヒはゲートリンゲンの目を真っ直ぐ見て答える。
「ゲートリンゲン様のお側に仕えたこと、この上なく名誉でございます。その上、魔法使いでない私を新たな王にお選びいただき、誠に光栄でございます。」
「ははっ!そんな真剣な顔で見ないでくれよ、なんか笑ってしまうだろ!」
ゲートリンゲンは子どものように笑った。
リードリッヒはすぐにぎこちない笑顔を作った。
「ああ、これは失礼いたしました」
「いいんだよ、無理に笑わなくて。堅苦しいのがあなたの良いところだからさ」
ゲートリンゲンはリードリッヒから顔を背け、腕をさすりながら言った。
「魔力と体の衰えで王を降りるという私のわがままを聞いてくれてありがとう、
リードリッヒ、それに私について来てくれたみんなも」
リードリッヒの笑顔は消え、また真剣な表情に戻った。
「わがままなどでは決してございません。ゲートリンゲン様は戦争を終わらせ、
この国を建国し、200年も長きに渡り人々のために尽くしてこられました。私や他の誰にでも真似できぬ偉業を成し遂げられたのです」
「200年…長いようであっという間に感じたな…」
「ゲートリンゲン様は今後はどうかご自身を労り、穏やかにお過ごしください。
国を導くのは安心して全て我々にお任せください」
「本当にありがとう、みんな…」
目を細め少し寂しそうな笑顔を浮かべ、門の外へ歩み出た。
「何かありましたら、いつでも我々にお申し付けください。いつでもお力になります」
リードリッヒは最後にゲートリンゲンへ声をかけた。
ゲートリンゲンは再び振り返り、リードリッヒと配下たちに向かって手を振った。
そして馬車に乗り込み、王城を後にした。
王城の門楼を通り抜けると大勢の民衆が大通りに集まり、ゲートリンゲンへの別れを惜しんで声を上げていた。
花束やかごいっぱいの花びらを通りに投げる婦人たち、泣いている人たち、感謝の言葉を叫ぶ人たち、この国の旗を掲げ、振る人たち。
旗はゲートリンゲンの瞳を模した赤に、美しい銀髪を模した銀色の太陽が描かれている。太陽は戦争終結へ導いた彼の魔法、「黒い太陽」をモチーフにしている。
ゲートリンゲンは馬車の中からその光景を感心して見ていた。
「すごい人でいっぱいだね…」
ゲートリンゲンは3匹の猫にそう話しかけた。猫たちは人の多さと喧騒に怯えているのか、彼の足元で縮こまっている。
「ごめんねぇ、あともうちょっとで静かなところに着くからね…」
猫たちを撫でて落ち着かせるゲートリンゲン。
「それにしても…私って、すごい人間だったんだね…」
窓の外を再度を見て、彼はそうつぶやいた。
これまでの200年間、戦後の混乱もあり、人々のために働いてきた自分はそれを実感する余裕がなかった。
自分がどれほど慕われていたのか、どれほど多くの人に愛されていたのか初めて実感したのだった。
ゲートリンゲンが乗る馬車は群衆の中をゆっくりと走り城門へ向かっていた。
しばらくして、馬車は近隣の村々へ入った。
国の民衆とは逆に大勢の村人がゲートリンゲンを歓迎していた。踊ったり、歌ったり、花がたくさん上空に投げられたりなど賑やかである。
白猫がゲートリンゲンの膝の上に乗って窓の外を眺め始める。
「賑やかだね、私が来たのがみんな嬉しいみたいだ」
彼は白猫を撫でながら優しく話しかけた。他の2匹はまだ足元で丸まっていた。
村人たちがゲートリンゲンを歓迎していたのには、理由があった。
村々を抜けた先の森の湖に彼と猫たちが新しく住む小さな城が建てられたからである。
村人にとってとても遠い存在だったゲートリンゲンが、村の近くに来て身近な存在になったため喜んでいるのだ。
馬車は村々を抜け、森に入る。村人はいなくなり、静かになった。
湖が見えた。中心の小島に小さな城があり、橋も架けられている。
橋の前に各村の村長が出迎えており、中心に華やかな紫色のドレスを着た女性が立っていた。
馬車が彼女らの前に止まり、ゲートリンゲンは降りた。
2匹の猫は使用人におとなしく抱きかかえられており、白猫はゲートリンゲンについて歩いていた。
「ようこそおいでくださいました、ゲートリンゲン様」
ドレスの女性がお辞儀をしてあいさつしてくれた。
ゲートリンゲンは彼女に笑顔で話しかけた。
「ベアトリーチェ夫人、新しい家を建ててくれてありがとう。助かったよ」
「滅相もありません。ゲートリンゲン様と猫様たちが安心して、穏やかに過ごせるよう設計いたしました」
「楽しみだね、もう入っていいかな?」
「はい、中をご案内いたします」
そうして、城の中へベアトリーチェ夫人の案内で上がるゲートリンゲン。
ベアトリーチェ夫人はリードリッヒの妻で魔女である。
王だったゲートリンゲンへの恩と、夫を国の新しい王に任命してくれた恩返しとして彼の新しい住居となる城を魔法で建てた。
細かい内装や装飾品まで、全てベアトリーチェ夫人がこだわり抜いて選び、国中の職人に依頼して家具などを作らせた。
だが、中は王城のような豪華絢爛さは一切ない。
派手さはなく、日差しがよく当たる、暖かくて落ち着いた城内だった。
「すごく気に入ったよ!ありがとう、ベアトリーチェ」
ひと通り城内を見て回ったゲートリンゲンは子どものような笑顔で彼女に伝えた。
「お気に召していただき、大変光栄です。不足がありましたらいつでもおっしゃってください」
ベアトリーチェ夫人はゲートリンゲンに深々とお辞儀して言った。
ゲートリンゲンは城に入ってからずっと階段下で警戒して固まっている猫たちに近づく。しゃがんで優しく語りかける。
「今日からここが新しいお家だよ。怖がらないで、大丈夫だから」
そんなゲートリンゲンの様子をベアトリーチェ夫人はどことなく悲しげな笑みを浮かべて見守っていた。
それからはベアトリーチェ夫人と村長たちによる歓迎会が行われた。
王城から呼び寄せた料理人による豪華な食事がたくさん振るわれて、踊りや歌まで披露されゲートリンゲンは楽しい夜を過ごした。
しかし、翌朝にちょっとした事件が起きて城内は騒然となる。




