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好き好き大好きいじわる義妹

作者: 小津 小酒
掲載日:2026/07/31

「こんな安っぽい泥水なんて飲めるもんですか!」


 義妹のメニィはアロットの頭上でティーカップをひっくり返した。

 アロットの長い黒髪から「特製メニィ用ブレンド」の最新作ハーブティーがしたたり落ちる。


 十六歳のメニィは亜麻色の豊かな巻き毛を揺らしながら、あどけない顔いっぱいに醜悪な表情を浮かべた。


「陰気なお姉ちゃんが、私の視界に入らないで。調子に乗っちゃったのなら、何度でも教えてあげる」


 黙りこくっているアロットの顎に指を添えると、そっと引き上げ、メニィは至近距離でほほ笑む。


「かわいくない人間なんて、この世にいらないのよ」


 そういうメニィは確かに美少女だ。

 真っ白な陶器のような肌に、サファイヤのような青い目。

 亜麻色の睫毛はカールを描いて目元を縁取っている。


「私はかわいい。おねえちゃんはかわいくない。分かるでしょう?」


 アロットは誰よりもわかっていた。

 メニィが超超超絶美少女であることを。


 アロットは涙ぐむと、口の中で小さく「最高すぎます」と呻いた。


 ***


 賢明なる読者諸賢はブラウザバックしようとしているだろうとアロットは考えた。


 叶うなら、「違うんです。私は変態じゃありません」と一人一人に説明して回りたい。


 アロットはメニィの立ち去った居間で、無残にも床にこぼれたハーブティーを雑巾で拭きながら、小さく嗚咽を漏らす。


 だって考えても見て欲しい。


 家に帰るたびに美少女が「おねえちゃん」って言いながら見下してきたら、それは一般的にご褒美だ。


***


 アロットは紡績商人の一人娘として生まれた。

 母を亡くして早々に、父親は後妻とメニィを連れてきた。


 それから蝶よ花よと育てられるメニィを尻目に、アロットは家の中の雑用を任された。

 ボロボロの服を着せられ、大きな屋敷で家事に追われる毎日である。

 絵に描いたような「虐げられ令嬢」だ。


 しかしアロットがつらいと思ったことは無い。


 人目につかない仕事ほど「私の代わりはない」と思えてやる気が出る。

 過酷な一日のあとほど、寝る前のハーブティーが美味しい。


 何より、かわいいメニィのために労働することが嫌であるはずがないだろう。


 苦しめば苦しむだけ良いことがある、アロットはそう考える者である。

「苦痛の絶頂において、同時に快楽の絶頂がある」を信条とする者である。


 アロットは哲学者なのであって、決して巷で言う「ドM」ではないことを重ねてここで説明しておきたいものである。


***


 アロットは三年前の十八歳の時に、近所の研究所で働くことを決めた。

 最近流行の機械開発が主な業務で、紡績機の改良などを担当している。


 違法工場や児童労働がはびこるこの王都で、最も劣悪な就労環境だと聞いたのが就職の決め手だった。


 ところが同研究所の所長の婚約者が、鮮やかな手腕で見事なホワイト企業に変えてしまっていたのが誤算だった。

 アロットが就職する二年前には既に職場改革が終わっていたらしい。


「やりがい搾取」という言葉があるが、アロットは「やりがい」以外のものは特に欲しいと思わない。

 ハードな人生が好きだ。

 労働も好きだ。

 誰も何も言われなければ、アロットは多分無限に働き続けることができるのに。


 アロットは今日も白衣に包まれた肩を落としながら、机に向かってはんだごてをいじっている。


 ちょうど昼休みで、同僚たちが食事をとりながら談笑する声が研究室に響く。

 どことなく遠巻きにされているのは、アロットの陰気でパッとしない雰囲気からだろう。

 愛想がない分仕事で貢献しているつもりだが、ほんのりと寂しい気持ちになることがある。アロットは指先ではんだごてを小さく回した。


 背後から同僚たちが騒ぐ声が聞こえた。

 他社に営業に行っていた所長が帰って来たらしい。


「所長、お帰りなさい」


「おう、俺様のお帰りだぞ」


 研究所に白髪をポニーテールにまとめた身なりの良い若者が入ってくると、研究員たちが立ちあがる。


「どうでしたか」


「無事通った」


「所長、試薬の作成に占星術を組み込みたいのですが」


「機械工が占いなんか信用するなよ。却下だ却下」


 同僚と二言三言話すと、所長――親が決めたアロットの婚約者のレギオンは、机に向かうアロットの背後に立った。


「おい、俺様が帰ったぞ」


「はあ、お帰りなさい」


 アロットは隈の付いた虚ろな目でレギオンを見た。


「なんだよ、一仕事終えたんだぞ。ハーブティーを入れろよ」


「何でも適当に飲んでください……」


「俺様に生水を飲んで腹を壊せってか? 『レギオン用ブレンド』な」


 アロットはしぶしぶ立ち上がり、大きなゴーグルをつけたまま部屋の隅で湯を沸かし始めた。

 レギオンはアロットが座っていた席に座ると、アロットが組み立てていた歯車を勝手にいじりながらぺちゃくちゃ話す。


「いまだに驚きだ、まさかアロットがうちの研究所に来るなんてな。そんなに俺様と働きたかったのか?」


「はあ、いえ、そういうわけでは全然」


「最近はどうなんだ?」


「はあ、報告書と研究ノートの通りに」


「私生活の話だってば」


「はあ、特に変化なく」


「おいおい、また山中でハーブを刈ってくることと、フリーホラーゲーム自主制作に夢中になっているのか? 何でそうハードな趣味ばっかり持つんだよ」


 レギオンはけたけたと笑い声をあげた。

 この通りレギオンは組織運営の手腕はすぐれているが、なにかとうるさい所長である。


 アロットが『レギオン用ブレンド』を差し出すと、レギオンは欠けたティーカップを両手で取って静かに飲みだした。

 アロットがハーブティーを与えた時だけ大人しくなるのである。


 頼みごとをするなら今だ。


「あの、レギオンさん、お願いが」


 アロットが切り出すと、レギオンは目を見開き、やがて顔をにやにやと歪めた。


「ほおーん? アロットが俺様に頼み事ォ? とうとう俺様の真価がわかってきたんだな」


「その通りです。残業代を固定にしてほしくて」


 レギオンは怪訝な顔をした。


「それは……残業代を引き上げて欲しいということか? しかし固定残業代では時間単位で給料が支払われないから、モチベーションが下がるだろう」


「いいえ。労働基準法ギリギリの、劣悪な固定残業代にしてほしいんです」


「何を言っている? アロットが毎日ド深夜まで自主的に残業していることなんて、みんな知っている。泊まり込みもするって聞いたぞ」


 アロットは虚ろな黒い両目を潤ませ、両手を祈るように組んだ。


「この労働には何の対価も払われないという、特大の虚無感の中で働きたいんです」


「……何を言ってるんだ?」


「わかってください、レギオン所長。私は――追い詰められれば追い詰められるほど輝くんです」


 アロットはどんよりとした根暗な顔を幸せそうに緩めた。

 聞き耳を立てていた周囲の研究員たちがざわつく。


「お金というモチベーションなしで残業したいってこと?」


「すげえ、世が世なら産業の寵児だ」


「アロット研究員の熱烈な労働意欲に敬礼!」


 レギオンはしばらく絶句していたが、やがて吐き捨てるように言った。


「アロット一人のために研究所を無法地帯にしろと? 金なんていくらあってもいいんだから、ちゃんと受け取って使え。そ、そうだ」


 レギオンはアロットに人差し指を突き立てると、嘲笑う。


「お前のすすだらけの恰好! 少しはファッションにお金を割いたほうがいい。可愛らしい妹のメニィを見習ったらどうだ?」


 アロットは思わず目を見開いた。

 レギオンは勝ち誇ったように言う。


「メニィはかわいいよなぁ。ふわふわの亜麻色の髪に、真っ白な肌、いつも豪華なドレスを着ている。アロットみたいな地味女、俺様の婚約者にふさわしくないだろ」


「ヒヒッ、フヒャヒャヒャ!」


 アロットは腹を抱えて埃っぽい床で笑い転げた。

 バタ足のように動かした足がぶつかり、机が音を立ててずれ動く。


「なっ、何がおかしい」


「それは聞き捨てなりませんよ、レギオンさん。メニィのかわいさなら私がいちばんよく分かっております。レギオンさんよりずっとね」


 アロットは立ち上がって腕を組むと、悦に顔をゆがめる。


「あの子は誰にでもかわいくぶりっこしているけれど、私が相手の時だけ見下してこき使ってきます。これがどういうことかわかります?」


「えっと、アロットはめちゃくちゃ舐められている」


「違います」


 アロットはゴーグルを引き上げた。

 虚ろな黒い双眸がらんらんと輝いている。


「メニィは私にだけ本性をさらす。つまり、メニィは私になついているのです。まぁ、レギオンさんには分からないでしょうけど?」


「アロットさん、発想力がぶちあがっています!」


「妹を都合よく解釈しすぎだ!」


「一つ屋根の下で暮らしているのに、妹に無理解すぎます!」


 途端に周囲の研究員からブーイングが上がる。

 レギオンは薄い唇を震わせた。


「くそ、くそ、いつも調子のいいこと言いやがって」


 レギオンはくるりと背を向けると、叫びながら研究所を飛び出していった。


「俺様とメニィ、どっちが大事なんだよ――!」


「所長! 本音が出ちゃってます!」


「所長、あんたモラ男向いてません――!」


 研究員たちがキンキンと声をあげながら騒ぐ。

 どブラックを数年でどホワイトに塗り替えただけあって、研究員たちからのレギオンの人気はすさまじい。


 対して陰気なアロットの言葉など、誰も聞いてはくれまい。


「ああ、けっきょく承諾してもらえなかった……」


 窓の外で昼光が木の葉を透かして輝いているのが見える。

 アロットはしょんぼりと肩を落とした。


***


 真面目に勤務しているつもりなのだが、この通りアロットの社会人生活はなかなかうまくいかない。


 メニィと過ごす家の時間だけが唯一の憩いとなっている。


「お姉ちゃん、私の部屋を掃除してよ!」


「お姉ちゃん、ブランドバックが買いたいからお金を貸してよ。四百万円!」


「お姉ちゃん、今すぐ新興宗教に入信してよ!」


「お姉ちゃん、化粧が汚くて口が臭いホストにシャンパンコールしてよ!」


「お姉ちゃん、飲むと健康になるこの水道水を買って商売してよ! もし売れなかったら自分で飲めばいいじゃない!」


 ラブリー・ラブリー・マイ・シスターがかわいいおねだりをしてくる瞬間がアロットの生き甲斐である。


「もちろんです。なんでもしますよ、メニィ」


 家の中でのアロットの立場は無に等しいが、それでもなんとなく、メニィとは上手くやれているのではないかと思っている。


***


「おいアロット。メニィに構うのはもうやめろ」


 仕事終わりに路上で新興宗教のチラシを配っていると、後ろから肩を掴まれ声をかけられた。

 振り返ると、レギオンが眉をひそめて立っている。


「はあ、私は今、宗教活動中ですので」


「それはもうしなくていい」


 レギオンは首を振る。


「新興宗教団体とは話をつけたし、悪質ホストクラブとも話をつけたし、マルチ商法団体にも話を付けた」


「すごい組織運営力ですね……」


「メニィがただお前に甘えているわけじゃないって、本当は分かっているだろう。あいつはアロットをいたぶるのを楽しんでいるんだ」


 アロットは鞄からチラシをレギオンに差し出した。


「レギオンさんもいります?」


「いらん」


「いいんですよ、いたぶられていても」


 アロットはチラシを数枚取り出すと、角を整える。


「メニィが小さいとき病弱だったのを覚えていますか? 両親はずっとメニィのことを心配していて、家の中はどこも暗かった。だから私、嬉しいんです。メニィが元気になって、私にわがままを言ってくれる」


 アロットは虚ろな目を小さくほころばせる。


「メニィのために、私にできる事なら何でもしてあげたいんです」


 レギオンは眉間にしわを寄せると、やがて深くため息をついた。


「勝手にしろ。俺様はもう知らない」


 レギオンは踵を返すと、すたすたと家路を歩いて行った。

 がらんとした夜空に一つ二つ星が輝いている。


 深夜になる頃、アロットはチラシ配りの手を止めた。


「レギオンさんに迷惑をかけてしまいました」


 アロットはチラシを鞄にしまいながら、細くため息をつく。


 レギオンはめっちゃうるさいが、めちゃくちゃいい人である。

 アロットとは人生における志向性が大分違うが、そういうところを好ましく思っている。


 そんな彼にここまで世話を焼いてもらったことを猛省せねばなるまい。


 アロットは凝り固まった肩を手でもみほぐしながら、ガス灯の橙色の光を眺める。

 乾いた眼球で空に瞬く星を数えた。


 アロットは今が楽しいと思っている。

 二十一年生きていて、今こうしているのが一番楽しい。


 職場では一応居場所を作っていると思うが、家の中での立場は微妙で、レギオンと本当に結婚するかも分からない。

 未来はひどく不透明だ。


 しかし一番楽しいことは、いつまでも、いつまでも続いて欲しいと思っている。

 そのためにはどんなことでもしてみせると思っている。


 ――だが、迷惑をかけられるのは楽しくても、迷惑をかける方は守備範囲外だ。

 どんなに楽しくても、レギオンのようないい人に迷惑をかけるのは、やめなくてはいけない。


「今日、私はメニィと話さなければなりません」


 潮時が近づきつつあった。




 アロットが居間に入ると、窓辺のソファーに腰かけていたメニィがくすくすと笑いを漏らした。


「お帰り、お姉ちゃん」


「ただいま、メニィ」


「お帰り」と言ってもらうのは久しぶりで、アロットは思わず浮き立った。


「あのですね、メニィ。大事な話が――」


「ねえ、お姉ちゃん。これを見て」


 メニィは水色のドレスの裾を揺らしながら、靴音を響かせてテーブルの前に歩み寄る。

 テーブルの上には十丁の拳銃が、電燈の光を反射して黒々と輝いている。


「この中の二丁に実弾が入っているの」


「はあ……」


「ねえ、お姉ちゃん」


 メニィは可愛らしい顔いっぱいに醜悪な笑みを浮かべた。


「一人ロシアンルーレットをやってよ!」


「もちろんですよ、メニィ。私のために銃まで用意してくれたんですね!」


***


 早朝の病棟は静まり返っている。

 薬品の匂いが漂う静かな個室の窓辺に、小さな寝台が据えてある。

 真っ白なシーツの上に黒髪を垂らして、頭に包帯を巻いたアロットがか細い息を漏らしている。


 寝台のわきの椅子に座ったレギオンが、かすかに震えながら俯き、声を引きつらせた。


「あの時……あの時、俺様が『もう知らない』なんて言って放り出したから……」


「ほらぁ! この女やめようって僕は言いましたよね!」


 レギオンの助手の主任研究員がわめいている横から、ぬっと初老の医師が現れた。

 医師はカルテをめくりながら蒼白な顔のレギオンに淡々と語りかける。


「銃弾が頭を貫通し、意識不明の重症です」


「死んでいないのが不思議なくらいだ……」


「頭蓋を外から数回叩くことによって、脳の損傷は完全に修復しました」


「壊れたテレビみたいだな」


「問題なのは出血量です。アロットさんは希少な血液型で、輸血ができる人間がいません」


「そんな、小説みたいな」


 医師は重々しく言った。


「lovelove.my sister-型という、本国には0.5%しか存在しない希少な血液型で」


「なんてェ!?」


「あ、それ僕も聞いたことありますよ」


 主任研究員が鞄から分厚い本を取り出した。


「血液型占いの本に書いてありました。『根気強い』『行動力が強い』『姉妹に執着する』とあります。やっぱり当たりますねぇ」


「機械工が血液型占いなんか信じるなってば……」


「とにかく、一刻を争う事態です。レギオン所長、どなたかlovelove.my sister-型の方について知りませんか」


「俺様はそんな血液型なんて、今聞いたばかりです。医者が知らないものを知るわけがない……」


「そうですか。そうでしょうね。弱りました」


 医師はカルテをめくりながらため息をついた。


「アロットさんの父親が以前こちらに運ばれてきたときに、lovelove.my sister-型と診断されたという記録があるばかりです。あいにく父親は商談のために異国へ行っている。別の病院に連絡を取っていますが、これから見つかるか」


 レギオンはしばらく考え込んでいたが、やがて椅子をひっくり返して立ち上がった。

 病室に椅子が床にたたきつけられる音が響く。


「俺様に心当たりがあるかもしれない」


「レギオンさん……」


「ちょっと行ってくる!」


***


「lovelove.my sister-型の人間を探しているですって? 一体また何故」


 メニィは首を傾げた。

 土砂降りの大雨で室内は薄暗く、メニィの屋敷の居間には無機質な電球だけがほのかに灯っていた。


 レギオンは感情を乗せない声で語りかける。


「アロットに輸血をしたいんだ。父親がlovelove.my sister-型なら、誰か親戚に心当たりはないか」


「はあ? あの女、まだ死んでいなかったのね」


 メニィは吐き捨てるように言うと、顔をあげてほほ笑んだ。


「探すまでもないわ。私の血液型がlovelove.my sister-型です」


 レギオンは息をのんだ。


「そうか。じゃあ、今すぐ輸血を――」


「条件があるわ」


 メニィは軽やかな靴音を立ててレギオンに歩み寄ると、人差し指でレギオンの顎を引き上げた。


「お姉ちゃんと婚約破棄して、私の婚約者になりなさい」


 雨音が強まった。

 レギオンは無表情で黙っていたが、やがて首を振った。


「メニィが思うほど俺様とアロットは進展してねえ。俺様とメニィが婚約したところで、アロットは悔しがらねえよ」


「はあ? 何それ、全っ然使えないわね」


 メニィはレギオンの顎から指を離すと、大げさにため息をつきながら踵を返す。


「私のおもちゃにならないなら、あなたに用はないわ。さっさと帰って頂戴」


「俺様は懇願に来たわけじゃねえ」


 メニィは振り向くと、あどけない顔に妖艶な微笑みを浮かべた。


「あら、じゃあ脅しにきたの? お姉ちゃんが自分で自分を撃ったんだわ。私は何もしていない」


「分かってる。あまり直々に証言されると頭を抱えたくなるけど、それも分かっている」


 レギオンは腕を組んで眉を寄せた。


「お前、病床のアロットを見てねえだろ。後悔すんぞ」


「後悔? 私が? 『お姉さまカワイソウ』って?」


 メニィは目を見開くと、机の上の扇をひったくり、顔を隠して大爆笑した。


「あらぁ! じゃあつまり、レギオン義兄様は懇願でも恐喝でもなく、わざわざ忠告に来てくれたのね、御親切に! ちょっと笑っちゃったわ。今すぐ帰って」


「俺様は新興宗教団体にも行ったし、悪質ホストクラブにも行ったし、マルチ商法団体にも行った。お前が何を考えているのかよくわかったよ」


 レギオンは眉間に深くしわを刻んで、メニィを睨みつける。


「アロットを足掛かりに、闇社会を手玉に取る気だな?」


 メニィは笑みを浮かべた。

 あどけない顔いっぱいに口角を引き上げて、まるで老いぼれた女狐のような笑みだった。


「頭がいい男性って好きよ。お姉ちゃんも気づいていなかったことを、ちゃんと理解するんですもの」


「アロットが死ねば、もう二度とあいつを利用できないぞ」


「私がそんなことも分かってないとでも?」


 メニィは片手で扇を閉めた。

 扇骨がぶつかり、乾いた音が居間に小さく響く。


「あなたのこと気に入ったから教えてあげる。私はね、楽しいのが好きなの。そして大嫌いなお姉ちゃんが自滅するのは楽しいの。これ以上に求めるものなんてないわ」


 レギオンはつかつかとメニィに歩み寄った。

 メニィはにやにやしながら泰然と立っている。


 レギオンはメニィの隣に立つと、流し目でメニィを見た。


「アロットの寝顔、すっごく幸せそうだったぞ」


「……は?」


「『メニィが私のために拳銃まで用意してくれた』ってうわごとが聞こえてきそうだった」


 メニィの顔がこわばった。

 レギオンは大げさに肩をすくめてみせる。


「メニィはアロットを虐げたつもりなんだろう。だが、考えてみれば理想的な死因だよなァ、一切苦しまずに病院送りなんて。このままアロットが死ねば、あの幸せそうな寝顔を葬式で見ることになるだろうな」


 メニィの口角がぴしりと引きつった。

 レギオンはその様子を観察しながら、さも困ったような声色で言い募る。


「葬式ではスピーチされるんだろう。『アロットが最後に見たのは最愛の妹の顔です。美少女のために生き、美少女のために死ぬ。考えようによっては一番幸せな人生を送った女性なのかもしれません』とか」


「い、嫌ァァ!」


「天国で亡者たちに自慢しまくるアロットの姿が目に浮かぶようじゃねえかァ?」


「キモキモキモキモォッ!」


 メニィは血走った眼を見開いてわなわな震えると、絨毯の上に膝をついた。

 レギオンはそっとかがむと、後ろからメニィの肩の上に右手を置く。

 レギオンの切れ長の目が電球の光を反射して静かに輝いた。


「お前の言うとおり、俺様は忠告をしに来たんだ。今、アロットに輸血さえすれば、メニィはこれ以上損をせず、嫌な気持ちになることもない。闇社会の支配者になるなら、win-winの重要性を知っておいた方がいいぞ、と」


 メニィはレギオンの手を払うと、靴音を大きく立てて戸口に早歩きで歩み寄る。


「勘違いしないでちょうだい。私はあなたに説得されたんじゃないわ。理由は、そうね――」


 メニィは振り向くと、扇で勢いよくレギオンを指した。


「あなたの顔がかわいいから!」


 乱暴に閉じられた扉を眺めながら、レギオンは病室で聞いた主任研究員の言葉を思い出していた。


 ――血液型占いの本に書いてありました。『根気強い』『行動力が強い』『姉妹に執着する』とあります。


「……占いって当たんのかよ……」


***


 意識が戻り間もなく退院したアロットだが、しばらくの間は自室療養となる。

 真昼の日差しが窓から差し込む窓脇のベッドの上で、アロットはハーブティーの調合をしていた。

 無機質な屋根裏部屋は甘やかなハーブの香りで満ちている。


 医師に「誰が輸血をしてくれたのか」と聞いてみたが、「守秘義務がありますので」と青ざめて震えるばかりで、何も教えてくれなかった。

 不憫な医者に闇組織からの脅しがかけられていることを、アロットは知る由もないのだった。


「よお、俺様が来たぞ」


 扉を開けてレギオンが入ってきたので、アロットはサイドテーブルに置いてある茶器に手を伸ばした。


「来るかと思って、ティーポットを温めてありますよ」


「え、おう」


「茶葉は『レギオン用ブレンド』でいいですか。とっておきのお茶菓子があるので、よかったらどうぞ」


「お、おお?」


 レギオンは首を傾げしながら、ベッドの脇の椅子に腰かけた。


「なんだァ? 急に」


「私が意識のない間、毎日お見舞いに来てくれたそうですね」


 アロットの言葉に、レギオンは目を丸くすると、やがてにやにやと笑い始めた。


「ほおーん? ようやく俺様に感謝する気になったか」


「いつも感謝していますよ」


 ティーポットに湯を注ぎながら、アロットは小さな声で言った。


「根暗な私に話しかけてくれて、心配してくれて、本当は感謝しているんです」


 アロットははにかみながら小さく微笑んだ。


「ありがとうございます、レギオンさん。お返しは必ずしますから、困ったことがあれば私にも話してくださいね」


 レギオンはしばらくきょとんとしていたが、やがて八重歯を見せて顔いっぱいの笑顔を浮かべた。


「ふん、おもしれー女ッ!」


「はあ、どうですかね……」


 アロットは引き出しを探っていたが、やがて首を傾げた。


「どうした?」


「ハーブティーのストックが一つ足りないんです」


「ふーん。何がないんだ?」


「『特製メニィ用ブレンド』の最新作だけ」


 レギオンは顔を引きつらせながらそっぽを向いた。


「俺様は、あの女が義妹になるのだけは勘弁してほしいよ……」


***


「味は悪くないけど、お姉ちゃんが配合したものだと思うと、すこーしもありがたい気持ちにならないのよね」


 ピンクのカーテンが揺れる窓際のソファに腰かけながら、メニィはティーカップを揺らした。


「お姉さまの命が助かってよかったですね。情報を探りたい組織がまだ三十組ほどあります」


「それだけどね、もう少し慎重になった方がいいかも」


 脇に控えた侍女の言葉に、メニィは眉をひそめる。


「あの男、『アロットが死ねば、もう二度と利用できない』とは言ったわ。でも、『生きていれば利用していい』とはとうとう言わなかった。この局面でよ? あの性格で、とんだ狸よ」


「では、しばらくの間は様子見ですか」


「取り込んだ闇組織との地盤固めに励むわ」


 メニィはハーブティーを飲みながら、顔をしかめる。


「……奇妙なほどに悪くない味ね。こんなの、飲んだことないわ」


 侍女は思わず顔を緩めた。


「私たちには再現不能ですよ。メニィ様の味覚を研究して、689回もの試作を重ねたらしいですから」


「うわあ! キモキモキモッ!」


 完


メニィは最後に出てきた侍女と付き合っています。彼女と暮らす幸せな未来のために頑張っているらしいですね。


おまけ漫画を活動報告欄に投稿します。

イチャイチャしているだけですが、イチャイチャなんてなんぼあってもいいですからね。

よろしければついでにご覧いただけると幸いです。

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