第39章:神域の車検(メンテナンス)と、西の大陸の衝撃
第39章:神域の車検と、西の大陸の衝撃
「……おい、使者さんよ。この船、よく沈まなかったな。法規以前の問題だぞ。構造計算のやり直しだ」
エデン・ポートの第1ドック。盆山茂はヘルメットを被り直し、手にしたクリップボードをバシバシと叩きながら、西の大陸の魔導船『グラン・ゼニス号』を睨みつけていた。
彼の前には、西の大陸の特使カイルと、その船を設計したという高名な魔導技師たちが、盆山の放つ「現場監督のオーラ」に圧倒されて直立不動で並んでいる。
「そ、そんなはずは……! これは我が教国の至宝、古代の術式を幾重にも重ねた最新鋭の……」
「術式だか何だか知らんが、この配線(魔力回路)を見ろ。スパゲッティみたいに絡まってやがる。これじゃショートして火災の原因だ。それに、この船体外壁の強度不足……指で叩いただけで嫌な音がするぞ。積載荷重、ちゃんと計算したのか?」
盆山がコンコンと船体を叩くと、案の定、装飾用の金細工がポロリと剥がれ落ちた。使者たちは「ひいっ!」と悲鳴を上げる。彼らにとっての「神聖な装飾」は、盆山にとっては「ただの不要な重量物」に過ぎない。
「レルちゃん、非破壊検査装置(神格付きレントゲン)を出してくれ。内部のクラックを確認する」
「はーい! 茂さん、スキャン完了ですぅ! あちゃー……船底の竜骨、もうヒビが入っててバキバキですよぉ」
レルちゃんが空間に投影したホログラム(神の眼による透視図)には、船の骨組みが真っ赤なエラー表示で埋め尽くされていた。
「これ……放っておいたら次の航海で真っ二つだったぞ。……よし、全バラしだ。工期は三日。突貫で叩き直す」
「三日!? この巨船を三日で修繕するなど不可能です!」
カイルが叫ぶが、盆山はすでに腰袋から『神域の電動工具』を取り出していた。
「できないんじゃない、やるんだよ。安全第一のためだ。……おい、ポチ! タマ! 資材運びを手伝え!」
『ワォォォォン!』
『ギャウ!』
巨大な神獣フェンリルのポチが、大型トラック数台分に相当する鋼材を軽々と運び込み、古代竜のタマが、その超高温の吐息を「溶接バーナー」として使い始める。
使者たちは、自分たちが「伝説の怪物」として恐れていた存在が、盆山の手足となってテキパキと働いている光景に、もはや思考が停止していた。
「……カイル様、あの方は一体……?」
「わからん。だが……あの男が振るうハンマーの一撃一撃で、船が『生まれ変わっていく』のがわかる。魔力が、今までとは比較にならないほどスムーズに流れているんだ」
盆山は、ぐちゃぐちゃだった魔力回路をニッパーで切り落とし、整然と「モール」の中に収めていく。レルちゃんがその横で「絶縁テープ(神の加護付き)」をペタペタと貼っていく。
「よし、仕上げに船底の塗装だ。レルちゃん、例の『滑り止め兼・防汚コート』を」
「了解です! 『神聖なる撥水コーティング・オーシャンブルー』、いきまーす!」
レルちゃんがバケツからペンキをぶちまけると、船体は瞬く間に深海のような美しい青に染まった。それは単なる色ではなく、海流の抵抗をゼロにし、クラーケンの触手すら滑り落とす「絶対領域」の輝きだった。
三日後。
そこには、当初の派手だが脆弱な船影はなく、質実剛健かつ機能美に溢れた、西の大陸最強の『魔導装甲巡洋艦(盆山カスタム)』が鎮座していた。
「……信じられん。船が、呼吸をしているようだ」
カイルが震える手で船体に触れる。
「これで最低限の安全基準はクリアだ。あっちの大陸に着いたら、港のドックもこれに合わせて改装するからな」
盆山は汗を拭い、満足げに頷いた。
「さあ、出発の準備をしろ。次は俺が、お前らの大陸の『不安全』を根こそぎ片付けてやる」
カイルたちは、盆山の背後に「救世主」ではなく「絶対的な現場責任者」の神々しい後光を見た。彼らは確信した。自分たちの国は救われる。ただし、それは「魔法」によってではなく、「厳格な工期管理」と「整理整頓」によって。
【閑話:西の大陸の魔導技師たちのノート】
その夜、使者の技師たちは震える手で日誌をつけていた。
『――今日、我々は真の神を目撃した。彼は「魔法」を「欠陥」と呼び、世界の理を「施工ミス」として修正していく。
彼が持っていた魔法の筒から放たれる回転は、因果をねじ伏せ、あらゆる構造物を最適化する。
我々の大陸の王は、彼を「神の使徒」として迎えるつもりだろう。
だが、それは間違いだ。
彼は「監督」なのだ。この世界という巨大な現場を管理するために降臨した、最も恐ろしく、最も頼もしい、現場監督なのだ……。』
レルちゃんはそれを横から覗き見して、「えへへ、茂さんは最高でしょ!」と、誇らしげに鼻を高くするのであった。




