第38章:荒波を越えた使者と、現場の「おもてなし」
第38章:荒波を越えた使者と、現場の「おもてなし」
「……おい、なんだあの船は。喫水線がガタガタじゃないか。過積載か、それとも設計段階の計算ミスか?」
アステリア王国の海の玄関口、今や世界最大の物流ハブとなった『エデン・ポート1』。
巨大なクレーンが唸りを上げ、コンテナが整然と積み上げられる岸壁で、盆山茂(盆ちゃん)は眉間に深い皺を刻んでいた。
水平線の向こうから現れたのは、これまでの大陸では見られなかった異様な形状の魔導船だった。
装飾過多な船体は左右のバランスが悪く、波に揉まれるたびに危うい角度で傾いている。
「あわわ、茂さん! あれ、遠い遠い『西の大陸』からの使者さんたちみたいですよ!」
ピンクのヘルメットを被ったレルちゃんが、望遠鏡(神格による超高性能ズーム機能付き)を覗きながら声を上げた。
「西の大陸? ……ああ、例の太陽の電球交換をした時に、ちょっと眩しくなっちゃった方の連中か」
「『ちょっと』っていうか、あっちの大陸では『神の怒りによる極光』だって大騒ぎになって、その原因を突き止めるために、命がけで調査団を送ってきたみたいですぅ……」
レルちゃんの説明をよそに、盆山は接岸しようとする船を見て「危ない! 誘導灯を見ろ! 速度が出すぎだ!」と、メガホンを手に怒鳴り散らしていた。
一方、魔導船『グラン・ゼニス号』の甲板では、西の大陸の特使一行が絶望に震えていた。
彼らが目にしたのは、空に輝く「ムラのない一定の光を放つ太陽(LED仕様)」と、山脈の向こうに見える「雲を吸い込む巨大な換気扇」。
「……間違いない。この大陸は、とんでもない邪神か、あるいは世界の理を書き換える狂った魔王に支配されている……!」
特使のリーダー、カイルは剣の柄を強く握りしめた。
しかし、いざ接岸して彼らを待ち構えていたのは、玉座に座る魔王でも、空を舞う天使でもなかった。
「おい、そこ。タラップを降ろす前に指差喚呼しろ! 足元注意だ!」
色褪せた作業着を腕まくりし、首にタオルを巻いた男――盆山が、険しい顔で彼らを見上げていた。
「き、貴様がこの地の支配者か……!? 我らは西の大陸、聖ルミナス教国からの……」
「挨拶は後だ。それよりその船、バラストの調整が狂ってるぞ。あとでドックに入れろ。あんな不安全な乗り物で大洋を越えてくるとは、命がいくらあっても足りんぞ」
圧倒的な「現場監督」の威圧感に、カイルたちは言葉を失った。
「まあいい、遠路はるばるご苦労さん。とりあえず休憩室に入れ。水分と塩分を摂れ。今のこの現場、WBGT(暑さ指数)が危険域だからな」
盆山に促され、使者たちは港の脇に建つプレハブ小屋へと案内された。
「こんな質素な建物に……」と侮ったカイルだったが、一歩足を踏み入れた瞬間、その疑念は驚愕へと変わった。
「……涼しい。なんだ、この魔法のような冷気は……!?」
部屋の隅にあるダクトからは、第37章で確保された氷龍(冷媒担当)の冷気が、盆山式の「高性能熱交換器」を通じて、完璧に調温された極上のドライエアーとして吹き出していた。
「ほら、麦茶だ。あと、自販機のメンチカツも食え。揚げたてだぞ」
神域スペックの冷蔵庫から出されたキンキンの麦茶を一口飲んだ瞬間、カイルたちの脳内に衝撃が走った。
渇いた喉を潤す黄金の液体。そして自販機から出てきたとは思えない、サクサクの衣と溢れ出す肉汁のメンチカツ。
「こ、これは……聖域の供物か? 王宮の晩餐よりも美味い……」
「ただの現場メシだ。あまりガツガツ食うな、腹を壊すぞ」
盆山が呆れたように言う横で、レルちゃんが使者たちの持ってきた「調査依頼書(実質的な宣戦布告書)」をこっそり手に取っていた。
(うわぁ……『貴殿の不敬なる天体改造を糾弾する』なんて、茂さんが見たら怒っちゃう……! 茂さんはみんなのために、一生懸命お掃除しただけなのにぉ……!)
レルちゃんの「過保護」が発動した。
彼女が指先で書類をなぞると、神格の力で文字が勝手に書き換わっていく。
『――我が国の大陸は、インフラがガタガタで夏は暑くて困っています。盆山工務店様の高い技術力で、ぜひ海外支店を作ってリフォームしていただきたい。予算は言い値で払います。安全第一。』
「茂さーん! 使者さんたち、茂さんの腕を見込んで、海外進出をお願いしたいんですって!」
「……海外出張か。まあ、あのボロ船を見せられた後じゃ、放っておくのも寝覚めが悪いか。インフラの不備は『現場』の敵だからな」
盆山は麦茶を飲み干すと、腰の道具袋をパチンと叩いた。
「よし、まずはあの船の修繕(車検)からだ。西の大陸の安全基準、俺が叩き直してやるよ」
こうして、盆山工務店の「現場」は、ついに海を越えて世界全体へと広がっていくことになるのであった。
【閑話:レルちゃんの神様ザッピング】
天界のモニター(4K仕様)を見つめながら、レルちゃんは鼻歌を歌っていた。
「えへへ、茂さんの『安全第一』が西の大陸にも広がれば、お星様全体の寿命が延びちゃうかも!
あ、でも使者さんたちが持ってきたあの船の設計図……茂さんに見せたら『ゴミだ!』ってシュレッダーにかけちゃいそうだから、こっそり『強度300%アップ』の魔法をかけておこうっと! これで茂さんのゲンコツにも耐えられますね!」
レルちゃんのささやかな加護により、西の大陸の魔導船は、物理法則を無視した「絶対に沈まない装甲」を手に入れた。
……盆山がその「異常なまでの耐久力」に気づき、「どこの規格の鋼材だ!?」と問い詰めるのは、もう少し後の話である。




