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子供のままの婚約者が子供を作ったようです  作者: 夏見颯一


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9.【親を選べない子供達】


 リーノ伯爵夫人からエリックの名前が出た事を、私は特に不思議には思いませんでした。

 夫人にとっては息子という事もありますし、元々リーノ伯爵よりも夫人はエリックを溺愛しておりました。


 けれどもそれ以上に。

 刺繍の会で会った時、再度エリックの名前を聞かされた私が内心物凄く腹を立て視界が狭くなっていた事は、リーノ伯爵夫人に起きていた事を見逃す要因となったかも知れません。



「……リーノ伯爵夫人は前メイヴェナ公爵夫人の紹介で遠くの病院に入ったそうよ」


 母は私を部屋に呼び出し他言無用と前置きをして、そう告げました。

 私が会の事などすっかり忘れ去っていた頃でした。


 この為だけにわざわざ人の目の少ない母の部屋に呼び出した理由も、母が憔悴している理由も、私にはいまいち分かりませんでした。

 

「……前メイヴェナ公爵夫人がリーノ伯爵夫人が病気だからと仰っていたのは、その場から連れ出す口実と思っておりました」

「それは正しいわ。けれど、本当にリーノ伯爵夫人の様子がおかしくて、メイヴェナ公爵家お抱えの医師に診て貰ったそうなの」


 母は重いため息をつきました。

 私の目にも分かるほどの後悔を滲ませ、


「……領地から逃げ出したエリックがリーノ伯爵夫人を殴っていたらしいの」


 想像外の事実に、私は言葉を失いました。


 エリックが、母親を殴っていた?


「あんな子を娘の婚約者にしていたなんて」


 私には小さな母の呟きは聞こえませんでした。

 あまりにもリーノ伯爵夫人がエリックに殴られていたという事実が衝撃だったからです。


 様子がおかしかったのは、没落を回避した事への周囲からのやっかみとエリックの事での心労が災いしたからだけではなかった?


「それは……」

「残念だけど本当の事よ」

「どうしてエリックが殴っていたのか分かっているのですか?」

「……思い通りに行かなかったから、らしいわ」


 私は何と言えば良いのでしょう。


 エリックは子供だと思っておりましたが、私はエリックを子供っぽい性格なだけだと軽く思っていたようです。

 子供っぽいではなく、事実エリックは『子供』だったんです。


 思い通りに行かないから?

 大抵の物事は王族であっても思い通りに行きません。

 殴って上手く行く?

 子供でも物に当たっても何も解決しません。


「でも、エリックには妻がいましたよね? 妻となった方はどうなっていますか?」

「田舎に残してきたそうよ。殴られていたかは分からないわ。……リーノ伯爵は今回の件で家督をフリードに譲り、息子を監視する為に一緒に領地に行くそうよ」


 私は体が震えているのを感じました。

 母は元友人の身に降りかかった事にだけ目が行っておりますが、私は妊娠中であるだろうエリックの夫人の事が気になって仕方ありません。


 刺繍の会で会ったリーノ伯爵夫人は、外見は顔色が悪い程度に見えました。

 つまり、殴られていたのは目に映らない場所と言う事です。

 リーノ伯爵夫人が入院治療が必要な程エリックに殴られていたのなら、エリックの夫人になった女性は?


「お母様……エリックの子供は大丈夫なのですか?」

「分からないわ……。私達もお別れの挨拶として、リーノ伯爵から先程聞いたばかりなのよ」


 どうやらリーノ伯爵本人の話ならば、全て事実なのでしょう。

 信じたくない気持ちは諦めるしかありません。


 複雑な気持ちの整理を付けたいと母に言われたので、私は母の部屋から退室をしました。

 私自身も心が酷く揺れていて、まずは落ち着こうと部屋に向かって歩き出しました。


 世の中、何が起こるか分からないものです。

 リーノ伯爵夫人はあんなにエリックを溺愛していたのに。


 いえ、そもそもリーノ伯爵夫妻はエリックを愛するあまりに育て方を間違えていました。

 余所で子供まで作ったエリックが道を踏み外した時でさえ、エリックの歪みに気付かなかった。


 結局お別れの挨拶にも呼ばれなかった私は、リーノ伯爵夫妻からエリックの件で直接謝罪を受ける事はないままでした。


 リーノ伯爵夫妻は最後までエリックが悪かったとは思わなかったという事だと私は判断しております。

 そして、全てを内密にしたという事は、自身が殴られたとしてもリーノ伯爵夫人はエリックを悪いとはしたくなかった。

 立場を捨ててエリックと領地に向かうリーノ伯爵もまた、最後までエリックの罪をきちんと問う事は出来なかった。


 それが愛だったとしても、私はそれを美しいとは思う事は出来ませんでした。




 色々私が知らないところでも物事は変わっていく中で、ケインと夜会に参加をしました。


「夫人の用意した隠れ家があったらしい。流石に全部フリードが解約したって」


 マーキス侯爵夫人の件で少し距離が開いた私達でしたが、エリックが王都に舞い戻ってきた事をフリードから知らされたケインは、私を非常に心配してべったりとなりました。


「もう領地に行って元リーノ伯爵が見張っているんでしょう?」

「それでも怖いんだよ」


 伝え聞く所、エリックはディアーモ公爵になれない事でも暴れていたそうです。

 絶対になれないなんて事実はどうやっても頭に入らないようで、思い通りに行かないからとエリックは私を狙う可能性があると父達に指摘されました。


 殴られていた元リーノ伯爵夫人は今後一生病院だと言われており、ケインが心配するのは仕方ないかも知れません。

 

 でも、互いに寄り添って仲の良い婚約者らしい雰囲気は、私にはちょっと嬉しい気が。


「あら……?」


 夜会の参加者が中央近くから逃げるように離れていきます。

 あまり見た事のない光景です。


「何だろう?」


 私はケインと顔を見合わせました。


 周囲に人が多く人の壁に阻まれ、私達の位置からは中心部で何が起きているのか見えませんでした。


「例の子爵令嬢だよ……」


 誰かのひそひそ話が聞こえてきました。

 聞こえてきた声のトーンは何処か忌々しげで、その子爵令嬢を嫌っているのが伝わってきました。


「誰が呼んだんだ……」

「主催者はどうしたんだ……」

「どうしても王族と繋がりたいのが……」


 漏れ聞こえる話から、誰が来たのか分かりました。

 こちらも因縁のある人物です。


「いるのは貴方の元婚約者の妹さんのようね」

「ええええ……」


 ケインは情けない声を出しました。

 普通はこんな場所に来られるような方ではありませんものね。


 妊婦ですから。


「ねえ、シャンパンを下さらない?」


 余程関わり合いになりたくなかったのか、大勢の参加者が壁際に向かったので、私達の目にも第2王子の子を宿しているかも知れないという子爵令嬢が見えました。


 私も淑女の仮面がずれてしまう程、その子爵令嬢の格好は……まさに娼婦の出で立ちでした。

 今は型遅れとされた体の線を見せる真っ赤なドレスは胸部を大胆に開き、スカート部分にはスリットが入っていて歩く度に足が腿まで露出します。

 ただ、それ以上に彼女を異様に見せているのは、大きいお腹。


「妊娠中でしょう。酒は駄目です」

「いいじゃない、ちょっとくらい」


 聞こえてきた話では、王家と繋がりかねない女性に媚びを売る為に連れてきたと考えられていました。

 それはなくはないのですが、私には見世物として悪意で連れて来られた可能性も頭にあります。

 貴族という存在はとても性質が悪い。


 周囲をざっと見ると、一部の若い男性達がニヤニヤしてますね。

 他は何かあったら一大事だと慌てふためいているか、眉を顰めて距離を取っているかなのに。


「良いのかな?」


 一応心配そうにケインは口にしましたが、


「大丈夫でしょうね。彼女は王族の子を宿していないと見なされておりますから」

「え?」

「子供がいる中、あんな好き勝手する女性を王家が保護と言う名の監禁をしない時点で察しますわ」


 やがて言いくるめられて子爵令嬢は連れて行かれました。

 その後周囲は何事もなかったかのように、とは行かず、興が冷めた雰囲気になってしまいました。


 妊婦ではなければ叩き出すだけで済んだのに、主催者も大変ですね。


 徐々に白けてしまった参加者が帰り支度を始めた中、関係者が会場で誰かを責めている姿が見えました。

 どうやらその人物が子爵令嬢を連れてきたようで、一斉に非難されています。

 より興醒めるので奥でやって欲しいのですが、これだけ完全に夜会をぶち壊されては誰が悪かったのか知らしめたい気持ちもあったのでしょう。

 私もこんな稚拙な行動を取った者とは付き合いたくないので、誰だったかは確認をしました。


「ねえ、あの方達はもしも子爵令嬢が産気づいたらどうする気だったのかしら?」


 夜会の会場から馬車止めに移動しながら、私はケインに聞いてみた。


「そこまで考えられるならやっていないだろうね」

「そう言えばそうね」


 今回夜会に子爵令嬢を連れてきた男は、今後かなりの確率で夜会の参加を拒否されるでしょうね。

 ちょっとの娯楽の為に失うものは大きかった。

 間違いなく今夜の夜会の費用は男の家に請求されますし、ずっと後悔するでしょうね。



 子爵令嬢が第2王子の子を宿してなかったと確信した私はケインが横にいながらも、ちょっとだけ喜んでしまった。




今後1日3話ぐらいを目安に掲載していきます。

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