39.【最初にして最後の、罪人】
たくさんの人間がそれぞれの思惑で動いていました。
どうしようもない欲もあれば、生き残りをかけた必死な思い……それぞれの混じり合わない思惑の中で私達は翻弄されました。
その多過ぎる思惑の中で消えた人の人数を、聖職者ではない私は数える事はありません。
ただ、当たり前ですけど、私も含めた大半の人が全く関係のない物事に巻き込まれて死ぬなんて、普通に誰でも嫌ですよ?
人に自分の意志を押しつけるばかりの貴族には、そういった当たり前の事も分からない人が多いようです。
私の父も分からない人です。
ただ、行きすぎれば母も私も諫めますし、フリードやメイヴェナ公爵も言葉だけではなく現実的に止めます。
誰か止めてくれる人がいるかどうか、それだけで全てが変わります。
「カルナートを……ケインを誘導したのは貴方だと思ったのだけど」
最大の協力者であるグリフィスを陛下が止める事はないでしょう。
それでも身内を関わらせる事に、何らかの良心の呵責が働いてくれても良かった筈です。
「ケインが手紙を見つける事まではね。でもね、これでも私は弟には釘を刺したつもりだったんだ。公爵家に婿に行くのに、ただ漫然と好きだけで行って良いのかと」
実際にグリフィスとケインの間でどんなやり取りがあったのか、私には知る由もありません。
ただ、良くも悪くも素直なケインは、どこまで言葉の裏を読めたでしょう?
他人事のように語るグリフィスにフリードは苛立って、
「いいや。お前は、ケインがカルナートに手紙を見せる可能性は考えていた筈だ。弟の行動なんだから、それくらい読んでいただろう?」
「ああ。読んでいたよ。ただ、同じくらい君かディアーモ公爵令嬢に相談する可能性も考えていた。頼らなかったのはあくまでケインの判断だ」
ケインは1度たりとも強制はされませんでした。
私以上にケインとその状況を知っているフリードも、口ごもりました。
他の貴族達が仕掛ける企みよりも遙かに易しい筈なのに、ケインが選んだのは家族であり、カルナートだった。
「せめて私がどうして罪人なんて言ったのか、もう少し考えて欲しかった」
グリフィスは少し寂しげに見えました。
もしもケインがグリフィスが疑われていると聞いて直ぐにも調べていたら、何かマーキス侯爵家の裏の事情が掴めてその後の行動も変わったかも知れません。
ですが、ケインは結局何もしなかった。
マーキス侯爵家の置かれていた複雑な立場を知った今なら、貴族子弟として致命的に危機回避が出来なかったケインに私は最早語る言葉を残しておりません。
グリフィスは私達についてくるようにと、王城の奥まった場所に案内しました。
傷の具合が悪く調子を崩した第2王子殿下には自室に戻って頂くよう、私達はお願いしましたが、
「これで最後だから、付き合わせてくれ」
フリードが第2王子殿下に手を貸しながら私達が辿り着いた先は、城の中の普段使われない区画にある部屋の前でした。
グリフィスがノックもせず扉を開けると、あまり掃除の行き届いていない部屋は天窓から僅かに光が差し込むも薄暗く。
黴びた匂いもする掃除の行き届いていない部屋の中央には真新しい棺がぽつんと置かれ、その横に非常に疲れた顔をした……陛下が1人静かに椅子に座っておりました。
誰の元へ連れていこうとしているか薄々気付いていたとは言え、思わず入って直ぐに立ち止まった私達を残し、グリフィスは陛下の側へと移動しました。
顔を上げた陛下は私達3人の中から真っ先に私を見て、
「ラビナレットに少し似ているな」
懐かしそうに目を細めましたが、愛しい者を思い出した顔にしては私は違和感を覚え。
「……発言を宜しいでしょうか?」
「構わぬ。セルジュもリーノ伯爵もここはプライベート空間だ。気にせず話すが良い」
この小さな部屋にはどんなに見回しても私達しかおりません。
護衛も控えていないのは驚きですが、棺に入っている者が問題なのかも知れません。
「王妃様の死を発表してバルドル様の死を伏せたのは何故です?」
結局これが一番分からない話でした。
このタイミングである必要がどうしても分からなかったのです。
「ああ。前リーノ伯爵夫人……あれが生きていると思っていたからな。別れる時にバルドルを王太子にする約束もした。あれが死んだら殺そうとは思っていたが、まあ……実際にはバルドルより先に流行病で死んだようだな」
「偽王子とされたバルドル様は陛下の実子です。前リーノ伯爵夫人の最期の言葉も信用出来ませんか?」
陛下はバルドルが眠っていると思しき棺を見下ろしながら、
「信用出来ん。前マーキス侯爵が言った言葉が反芻して、どうしても信用出来ん」
「それは嘘だと分かったのでしょう? 反芻しようがお認め下さい」
フリードや第2王子殿下も私と共に陛下を睨み付けるも、私達では怯ませる事も出来なかった。
「ふふふ……そうして、私に実子を殺したと突きつけたい訳か? なかなか度胸がある令嬢だ」
「その疑心暗鬼だけで、何人の人生を狂わせました?」
ラビナレットへの加害者達が陛下に嵌められても、当時は逃げ切った分それはある種仕方のない事でしょう。
ですが復讐するにしても、何度も言いますが、その家族や周辺の者まで巻き込まれるのはおかしい事です。
陛下は、あまりにも巻き込みすぎた。
「私には到底信じる事が出来ない」
「なら、どうして陛下は自分の子ではないと思ったバルドルの棺から離れないのですか?」
実子である事を公表しなかったフリードの詰る声に、陛下は返事をせず、静かに私達を見ているだけです。
否定もしなかったという事は、棺の中はやはりバルドルの遺体のようです。
偽王子となった以上、バルドルは陛下の子として王家の墓に入る事は出来ません。
前リーノ伯爵夫人との約束を守ったにしろ、結局前リーノ伯爵夫人もバルドルも陛下にとって何だったのでしょう。
「どうして、バルドルを嵌めてまで殺したのですか? 王太子から引きずり下ろすだけでは駄目だったのですか?」
立場的にもバルドルに疎まれ、何度も狙われていた第2王子殿下からしても、陛下のやり方は非情過ぎたのでしょう。
怒りと悲しみが溢れた殿下の言葉は、いっそ穏やかでした。
「バルドルは私に人を巻き込んで何をしているんだと言った」
感情の抑揚のない声でした。
陛下の手は棺の上を何度も撫でております。
「止めるように言ってきた。だが、私は止める気はなかった。だから、バルドルは私を剣で止めようとした」
バルドルだって教育をされた王太子だったと言う事です。
グリフィスが用意したダミーの手紙から情報を読み取り……無能と侮られる身でも真相に近い所に辿り着いたのでしょう。
ただし、剣を陛下に向けるとは、王太子であっても許される物ではありません。
「それをカルナートが制した。カルナートはバルドルを殺そうとしたのではなく、止めようとしてもみ合って、結果的にカルナートは助かってバルドルが死んだ」
これを聞く限り、事故、でしょうか。
バルドルを殺す気だったにしても、事故は事故。
確か審議会でもカルナートの事を忠臣と呼んでおりましたので、これが本当であろうとなかろうと『真実』となるのでしょう。
「カルナートは国王を助けた事で、王太子殺害の罪を問われる事はなくなった。詳しい事を聞きたければカルナートから聞くと良いよ。同じ事を言うだけだね」
私達が疑っているのを感じ取ったのか、グリフィスはそう補足します。
貴族にしては腹芸の出来ないカルナートを自由にさせるというなら、陛下が仰った物語は真実という事です。
弟のカルナートごとマーキス侯爵家を危険に晒したグリフィスを、私がつい睨み付けると、
「国王である私の身を守ったカルナートに免じて、前マーキス侯爵の不貞の罪とは相殺し不問とする事にした。私の退位とソルシアーナの王位継承での恩赦を待つ必要だけはなかったな」
バルドルの死により、陛下がかねてより決めていた期限が来たと言う事です。
恩赦を待って、なんて口上ですが、実の息子達よりも側に置いて使っていたグリフィスを誰より信用し重宝した褒美ようにしか思えません。
「……貴方は、どうするのですか?」
「引退後に住む予定で整えた離宮がある。そこで適当に余生を送る」
自分勝手な事です。
私的には退位した後は、大人しく引っ込んでいてくれれば良いのですけど。
収まりがつかないのは第2王子殿下です。
「1人で? 側妃様は?」
「さあ? 流石にお前が臣籍降下したら隣国も手を引くだろう。その後は自分で考える筈だ」
「閉じ込めていたくせに!」
「私ではない。側妃を閉じ込めていたのは隣国の者だ。逃げ出さないように見張っていただろう」
色々あった上にどうでも良かったので、離宮でお目にかかった側妃様への違和感は放置しておりました。
隣国からの暗殺を警戒しているのに、本国と繋がっている隣国の者だけで固めるってかなり変ですよね。
「逃げ……?」
「あれは王女ではなく公爵令嬢だった。嫁ぐ前に王女が死んだので替わりに来た。あれの周辺も思惑だらけだから、私も距離を取っている」
政略結婚の相手に陛下が愛などなかった事は今更驚く事ではないでしょう。
何せ、愛した女性も、愛した女性の子供も、信じる事が出来なかったのですから。
流石に母親の事実に戸惑い、第2王子殿下は次の言葉が出て来ないようです。
替わりにフリードが、
「それで、1人で行くのですか?」
「ふん……そんなに聞くならお前も来るか?」
「一緒にいて疑心が膨れ上がったら私も殺すんでしょう? 行かないに決まってますよ」
「……バルドルの子供と行く。まあ、成長しても何も告げる気はないが、それくらいはいいだろう」
バルドルが父親ではないかと私が疑ったのは、ホーウェン子爵令嬢だったリリアナの子と、エリックの妻となった元ノルーン男爵令嬢の子供です。
でも、実際にはどうなんでしょう?
「まあ、1人くらいは当たりがいるんじゃない?」
グリフィスが軽く言いますが、軽い事ではないでしょう。
いつか殺してしまうかも知れないバルドルの為にも子供を作らせようとした。
発想がおかしくて腹が立ちます。
黙ったままフリードは陛下の前に進み出ました。
生気の失われた目がフリードを見上げます。
復讐を考える程愛しく思った女性との子供に対する態度とは思えませんが、陛下にはフリードが自身の子供だと信じる事も出来ないのでしょう。
「バルドルには子供はおりません。リリアナの姉であるニナリアが調べきりました。バルドルに限っては、子供なんて作っていないんですよ」
「……何?」
「恐らく、何を目的としていたかバルドルは見抜いていたんですよ」
ニナリアは王家の影と共に、リリアナの子供の件で関わった者達の調査を繰り返す中で、先日とうとうバルドルが一切性的に女性に触れなかった事を突き止めたそうです。
ソルシアーナの前で紹介したのは、あれはあれで周囲へ騙されている振りの一環だったという事です。
「まさか……」
「バルドルの替わりなんて、何処にもいません」
棺を撫でていた手が止まり、陛下は棺を抱きしめるようにゆっくりと倒れ込みました。
前リーノ伯爵夫人は偶然ですが流行病を拗らせて亡くなりました。
バルドルは陛下の罠で事故死をしました。
そして、その2人の血を繋ぐ者はこの世の何処にもおりません。
失って嘆くくらいなら、早くから疑うのを止めれば良かったのに。
聞くべき事も言うべき事もなくなった私達は、誰と言う事もなく部屋から退室する事にしました。
出る途中に最後の最後で上手く行かなかった事に呆然としたグリフィスの手を私は掴み、一緒に外に出ました。
扉を閉じると同時に、嵐のような慟哭が聞こえました。
疑って、信じられず、殺して、嘆く。
もしかすると、保護されてからフリードを産んだ事以外は不明なラビナレットの死の理由も、最終的には陛下が手を下してしまったのかも知れません。
フリードも第2王子殿下も遠ざかる部屋を振り返る事なく前に進みます。
しばらくして困惑気味のグリフィスが、
「ディアーモ公爵令嬢……?」
「あれは最後まで愛した者を信じられなかった男の末路よ。もう、誰も付き合ってはいけません」
きっと、カルナートはバルドルがどういう思惑を抱いていたのか少しも知らなかったでしょう。
事件の小さな証拠となる手紙を持ったバルドルが父親である国王に詰め寄ったのは、実力行使に出ようとしたのは、結局、父親を止めようとしたからでしょうね。
愛を殺した罪はどこまでも己の罪。
人生を歪める程に愛した女性がいない、その子供も殺したか見捨てられた人生を送る事は、陛下の罰となり得るでしょう。
いくら悔いたとしても愛を取り戻す事は、2度と出来ない。




