37.【貴方の欲しいもの、私の欲しいもの】
グリフィス・マーキス。
これまで何度も名前を耳にしてきたけれど、やはり私はその顔には覚えはありません。
ここまで分かりやすく表舞台に出る事なく、ひたすら裏方に徹していた方です。
どのような名目で隠されているのかと思っていましたが、『陛下付きの雑用』なんて聞いた事もない役職を与えられていたとは。
その役職名だけでも貴族当主からは困惑の声が聞こえてきますが、文官の方々の方は当たり前のように受け入れている様子。
恐らく、私達が事件を知るもっとずっと前から、陛下の傍らで『仕事』をしていたのでしょう。
「マーキス……」
「前マーキス侯爵の孫で、先日一部の方々を驚かせてしまったカルナートの兄です」
バルドルを誰が殺めたのか知っている耳の早い一部の貴族達は、グリフィスのあまりの堂々とした発言に息を呑みました。
バルドルの死さえ知らない者でも先程まで王妃の不倫相手と名指しされていた前マーキス侯爵の孫が現れた事で、驚きのあまり言葉をなくしております。
隣に座る父は不機嫌そうに鼻を鳴らしました。
それ以外に近くに座っている他の公爵の方々も目立った反応を見せません。
果たして父達はどこまで知っているのでしょう?
ある程度は審議会前に聞いていたか、もっと前から知る立場だったのか。
少なくとも動揺が顔に出てしまっているメイヴェナ公爵は、全く知らされていなかった側でしょう。
陛下からの信頼がなかった事は可哀想な気もいたしますが、メイヴェナ公爵もかき乱す要因になりかねないと判断されたのですね。実際にフリードを勝手に審議会にかけようとしていたので、それは仕方ない事です。
「証拠と仰いますが、この審議会の開催を決定したのは陛下です。陛下が王妃の子だと断定した上で疑いがあるから審議しているのです」
「いや……法的には産んだかどうかの証明が」
「王妃の出産には前マーキス侯爵が関わっている証拠は、我が家が『提出した』不倫の証拠の中に御座います」
先程メイヴェナ公爵が仰ったのは押収、今度は提出。証拠は2種類あるのか、言い換えただけなのか。差は随分あるのですけどねぇ。
こういう場面では一番口を挟みそうな父は口を真一文字に結んでおります。
これも王家と各公爵家が結んだ密約の範囲内なのでしょうか。
我が家を含めた公爵家側のここまでの反応を見ていると、少なくとも何かしら公爵家側が不利な立場にあった上での密約だったかも知れません。
高位貴族なんて大抵大なり小なり真っ黒なんですけど、やり過ぎてしまったのかしら?
公爵としては少し善良な性格のメイヴェナ公爵が逡巡を見せると、
「少なくとも王妃は私の祖父の前マーキス侯爵と不倫をしていたのは事実です。そして生まれた子供であるエリックは、担保であったバルドルの命がかかっていた前リーノ伯爵夫妻により監視されておりました。故に、間違いなく王妃の子です」
グリフィスの態度には威圧感こそはないものの、明瞭に発せられる声には不思議な程詭弁を感じられず、どこからもその言葉に対しての反論の声は上がりませんでした。
道理で陛下が抱え込む訳です。
老いも若いも頑固な者が多い貴族相手にするりと言い聞かせる事が出来るなんて、何処でも誰でも欲しい能力です。
一瞬、私も是が非でも欲しいと思ってしまい、慌てて首を振って願望を追い出しました。
色々な人間を嵌め、ケインを追い詰めた存在です。……それでも、欲しい。
いえ、それはそれとして、エリックが実子だから前リーノ伯爵夫人は腐心していたと私は思っていました。
自分の子であるバルドルの命がかかっていたから、余計にエリックを何とかしようと足掻いていたなんて、聞くと馬鹿馬鹿しさも感じてしまいます。
「事実をお認め下さい。陛下の子供であると証明出来るものは、エリックには何一つありません。この場合の可能性は所詮空想です。王妃は不倫の発覚を恐れて外で産んだ、ただそれだけの事でしょう」
私はメイヴェナ公爵が無茶苦茶にしてしまった話を『元の形』に修正していくグリフィスをじっと見つめます。
視線に気が付いているでしょうに、グリフィスは私を振り返る事はありません。
「ならば……エリックの処遇はどうする?」
「既にリーノ伯爵家の籍からも外れた平民なので、どうもしません。と言いたい所ですが、無罪放免とするにしてはエリックは色々と問題を起こしてきました。そうですよね、ディアーモ公爵令嬢?」
グリフィスが振り返り、初めて私と目が合いました。
その目にあるのは穏やかな思慕と……満足そうな達成感。
ああ、なるほど。
捨て置いても良かったエリックをこんな場所まで引きずり出したのは、陛下の確執ばかりでもなかったと言う事ね。
これまで花を始めとした贈り物はたくさん貰ってきたけど、こういう私の心情を思いやった洒落た贈り物は誰も私にくれなかったわね。
私はここ10年以上はなかった満面の笑みを浮かべたかも知れません。
「ええ。まるで『王子様のように振る舞う』誰かに随分と苦しめられてきました」
私がエリックを断罪するだけの為にここまで仕込むのは、これこそグリフィスの愛の証明だと認めてあげなくもないでしょう。
審議会が終わって会議室を出て行く方々の波に私とフリードは紛れました。
終了直後には公爵である父達はなかなか会う機会のない貴族達に囲まれて談笑しており、私達はその間をかき分けてまではこれから何をしようとしているかは伝えませんでした。
廊下の先に立っているのは第2王子殿下です。
「行くか」
陛下の復讐はこれで終わりました。
最後に残っていたエリックも、『王族詐称』で裁かれました。
仕方ありませんよね。
公爵である両親が異常に甘やかしていた理由なんて、そう言う事でしょう?
私は何でも使う質なので、王族詐称していたエリックが両親に強請った事にしてしまいました。
フリードもグリフィスもいましたから、あっという間にエリックは王族詐称をしたとして、実刑を受ける事になりました。
貴族詐称より王族詐称は厳しいものです。
周囲が言っているだけの何も知らない子供であっても許されるものではなく……特にエリックの立場では高位貴族相手に『王子様のように振る舞う』事は詐称に取られます。
フリードも殿下も、エリックを嵌めた私に何も言いません。
審議会では隣にいた父も何も言いませんでしたけど。
私達は互いに聞きたい事があっても沈黙したまま王城の奥へと足を進めます。
途中で誰かに制止される事もありません。
廊下の奥へ足を踏み入れ、いくつかの扉の先に向かっても、誰も止めません。と言うよりも周囲には止めるような人の数そのものが減り、目的地に着くまでになると長年掃除の手さえ遠ざけられていたのか、高く積もった埃や蜘蛛の巣が調度品より目立っておりました。
「こんな状態だったんだな……」
1度は来た筈の殿下が呆然と呟かれました。
「気が立っておられました?」
「それもあるが、元々この周辺の警備が手薄なのは夜だった」
今は何処にも警備する騎士の姿はありません。
もう王妃の死を悟られる心配がいらないからでしょう。
実に王城の中でも一際辺鄙な場所にある王妃の部屋に近付くと、割れた花瓶やめくれた絨毯に気付きました。
「それは私が逃げた痕跡だな。誰も片付けないならそのままか」
これは自分が片付けなければいけないのか、なんてぼやいておりますが、事が終わった後に人を入れるだけでいいでしょうに。
その一方で、王妃の部屋の扉の前だけは掃除されておりました。
それが意味するのは、
「もう入っても無駄だよ。遺体も全部片付けたから」
私達より先に会議室から出ていたグリフィスは、割れた廊下の窓の外におりました。
同じく壊れかけた欄干に軽くもたれかかるようにして、私達が来るのを待っていたようです。
ここならグリフィスと会えると思ったのは正解でした。
「そうか……流石に遺体がそのままなのかと気にはなっていたんだ。弔ってくれてありがとう」
「……まあ、否定はしないよ。化けて出られても困るし、陛下の希望は希望であって、全部叶える必要はないからね」
陛下は当然のように一緒に眠る事になる王族の墓には入れなかったのね。
繋がりを絶たれた血縁者の墓地に葬られるのも無理な王妃でしたが、グリフィスは最低限の弔いはしたようです。
グリフィスは姿勢を直し、私達の前に立ちました。
「改めて自己紹介をさせて貰おう。私はグリフィス・マーキス。今はバルドルに襲われて動けない国王の……代理人だ」




