34.【道化は観客を選ばない】
私達の苦しみが復讐のエッセンスだったなんて、とんだ悪趣味です事。
どんな理由があったとしても陛下に大小の協力をした高位貴族達もまた、愚者として連なっております。
最早私としては、そこまでやる必要があったのかの一点だけ。
同様に隣国の動きに翻弄される側妃様の行動も、息子から王子殿下としての価値を損なう為だったとは言え、そこまでやるべき事だったのか。
そして最大の問題が、死んだ王妃が不貞をしていた事を発表する前に、その遺児であるエリックが王子かどうか……判別する術がないので王子に相応しいかどうかを審議する事もまた、私には必要な事とは思えません。
審議会の会場に入る直前、お会い出来たあの方は介添えの手もなく立っておられました。
治療中の怪我人に無理はして欲しくはないのですが、現実的に今の『動ける』王族は第2王子殿下だけでしょう。
計画を進める為に自分の息子を大怪我を負わせた陛下の気持ちも私には分かりません。
「……例の件はやはり側妃様が関係されていたようです」
「だろうな」
元より庶子疑惑に実母が反論をしなかった事もあり、殿下は真実に納得しかなかったようです。
私は敢えて黙しましたが、実はルゼリアータ様は庶子騒動の真実を告げた後に、
「殿下には何もなかったのだから、貴女達は婚約すると良いでしょう」
と続けられました。
先程の秘密の謁見で、ルゼリアータ様は計画通りに第2王子殿下との婚約を決めない私を説得したかったのでしょうが、あまりに傲慢すぎる考えでした。
例え庶子騒動が結果的にはえん罪だったと証明されたとしても、その間の私が悩んで苦しんで……諦めた事がなかった事になる訳ではありません。
折れた心は元通りになる事はなく、私のあの方へ向ける愛は過去のものとなりました。
全ては遅く、今更なのです。
それに、人の気持ちが分からないルゼリアータ様なんて義理の母がいるような方とはそもそも結婚はしたくはありませんね。
審議会が開かれる議場に入ると、既にディアーモ公爵を除いた公爵達が席に着いて談笑しておりました。
無言で第2王子殿下が王族席に座り、私は一礼してディアーモ公爵の席に座ります。
一番年齢の高い公爵が私の顔を見て不快げに顔を顰めました。
「君を一時的にも公爵の席に座らせようなんて、本当に悪趣味だ」
「座らせる為の理由に笑ったね」
本当に笑っておられるのは、一番若い公爵です。
こんな茶番に公爵全員揃えるなんて、私も笑ってしまいます。
あの謎の2週間は、もしかすると遠くに出かけた公爵を呼び戻す時間が必要だったからなのかも知れません。
「ディアーモ公爵令嬢。今回の会議にも関係する事だから、義母からの手紙を渡しておこう。読んだ後は本来の返事の相手である公爵夫人に渡すと良い」
メイヴェナ公爵から一通の手紙を差し出されました。
手紙を母に送る前に私に見せようとする意図は分かりませんが、会議の始まる時間が目前となっていましたので、私は素早く開封して目を通しました。
程なく開始時間となり、主要な人間が会議に集まっているのを確認したメイヴェナ公爵は静かに立ち上がると、議長席へと移った。
その上にある陛下の席は不在のまま。
「これより王妃の子である『エリック』の審議会を始める」
審議会に見物をかねて陛下は参加すると思っていたのですが、この最後の舞台は欠席ですか。
いえ、ここまで揃えた以上は何処かで見ている事でしょう。
『エリック』の審議に入る前に、冒頭でメイヴェナ公爵からバルドルが偽王子だったと淡々と説明がありました。
遠くの席がざわめきますが、公爵家に近い席に座っている上位貴族達には目立った動揺はありません。
それにしても……当初の私達の見立てではバルドルの死を華々しく演出して盛り込むと予想しておりました。
蓋を開けてみればスパイス程度の扱いに、私は首を傾げました。
相手方に何か大きな計画変更せざるを得ない事情があったのでしょうか。
「バルドルとすり替えられた子供である『エリック』について、王子と認めるか審議する」
私は侯爵位の者が座る席に目を向けます。
各公爵家への初報でバルドルを殺したとされたカルナートの父であるマーキス侯爵は、案の定欠席しているようです。
「お待ち下さい。バルドル様については噂にあったような死の発表も、王太子位剥奪の知らせも我々にはありません。まずはそちらを明確にして頂きたい」
普段は貴族議会の議員を務めている伯爵が、立ち上がって意見を述べました。
「バルドルは偽王子であった。己の出自を知り、国王を害そうとした為に王家の忠臣により討たれた」
「は?」
「陛下が審議におられない事から察するべきであろう?」
メイヴェナ公爵はどこまで実兄である国王に協力しているでしょうか。
流石に貴族にしては直接的な嫌みに、伯爵は憤りながらも他の公爵達が全く態度も変えないのを見て黙って着席をされました。
メイヴェナ公爵が仰る事が本当なのか、私には分かりません。
もしこれが国民への発表を『王妃の暗殺』に変更せざるを得なかったイレギュラーだったとしたら、これも策を弄しすぎた報いでしょうね。
「では、審議を始める。『エリック』を入室させよ」
会議場にはフリードの姿がありません。
私は最後の仕掛けを警戒し、入ってくるエリックを静かに睨み付けました。
不貞不貞しく入ってきたエリックは、大勢の貴族当主を前にしても何ら緊張をしている様子はありませんでした。
「今日から僕が王子だ! さあ、早く頭を下げろ!」
偉そうに言い放つ子供を前に、議場は何とも言えない空気に包まれました。
やはり審議前の説明を受けたであろうエリックは自分が既に『王子』だと誤解しているようね。
「君は王妃の子であるのは確実だが、陛下の子供かどうかは分からない。それを今から審議……」
「王妃の子なんだから王子に決まっているだろ。不敬なおじさんは黙ってろよ」
不確かな出自と判明した上、リーノ伯爵家からの籍から外れた自分が現状は平民である事など全ての前提を1つも理解していないエリックですから、当然メイヴェナ公爵の立場は勿論、ご尊顔も知識にある筈もありません。
とんでもない不敬をされた側であるメイヴェナ公爵は、貴族令息として育った筈のエリックのあまりの無知な言動に言葉をなくしております。
事前にエリックの人物評価も見ているでしょうに、情報は情報でしかなく見るまで正しく理解しておられなかったのでしょうね。
他の公爵達もなまじ情報があった分、呆気にとられております。
私としては予想通りな展開となってきましたが……陛下の協力者であられる方々はどうやって収拾をつけるつもりなのでしょうね。
貴族達の反応を明らかに都合良く解釈して、得意げな顔をしたエリックは、
「ふふん。このまま僕が国王になってやっていい。全員ちゃんと地面にまで頭をつけて謝罪するなら、家来として使ってやろう」
「家臣として仕えたい者は起立せよ」
信じられない存在にメイヴェナ公爵が固まっているのを見て、年長の公爵が代わりに参加している貴族達に意志を問いました。
当然誰も立ち上がりません。
ここまで酷い姿を見せられては、エリックを傀儡として使おうと思う者もいないでしょう。
「は? お前ら、王子に不敬だぞ! 全員死刑にするからな!」
「……お前が王子であるかどうか審議する場だ。王子でもない身分で何かを命じる事など出来る訳もない」
「僕は王子に決まってるだろ。審議なんて必要ないのに、そんな事も分からないなんて……どこの平民だよ?」
一度は気を取り直したメイヴェナ公爵は再び押し黙りました。
エリック以外の全員がきちんとした身なりで貴族にしか見えませんのに、エリックの特殊な目には違って映っているんですね。
これでちょっとだけ分かりました。
陛下は絶対に『王妃の子』だけでエリックを呼び出したのでしょう。
しかし、これを本当にどう収拾付ける気なのでしょうか。
「あ、お前、ヒルダ!」
エリックは存在に気付いて私を指さすので、思わず目を眇めました。
「お前、ちゃんとミレーア達の世話をしているんだろうな! サボっていたら追い出すからな」
妻に逃げられたとは認識していないようです。
都合の良い事しか考えられないって幸せな事なのね。
「それで、乳母はきちんと僕好みのをたくさん揃えただろうな? ちゃんと胸が大きくて……」
「相変わらず気持ち悪いわね。話したくないから話しかけないでくれる?」
瞬間的にミレーアの子がエリックの子ではなかった事を告げる事などどうでも良くなって、私は蔑みきった目を向けます。
「はあ!? 何やってたんだ!」
「何もやる必要がないからです。貴方はとうの昔にディアーモ公爵家とは縁が切れて平民になっております」
「僕は王子なんだぞ!」
「王族として認められていない者を王子とは呼びません」
「不敬だぞ! 早くこいつの首を刎ねろ!」
私がメイヴェナ公爵に目を向けると、ただただ青い顔になって固まっておりますので、他の公爵方に目を移しますと、こちらは手で顔を覆ったり俯いております。
一番面倒な者を利用しようとしたと今頃後悔しても遅いのですけどね。
「王族でも死刑は手順通りだ」
本来は会議の象徴でしかない第2王子殿下が口を開きました。
公爵達に任せていても明らかに埒があきませんから仕方ないでしょう。
「はあ? 僕は王子だぞ!」
「私も王子だが?」
ようやくエリックは口を閉ざしました。
これで自分が殿下より年齢が上だと分かったら更に面倒な話が続くでしょうし、余分な事は誰も口を挟みません。
取り敢えず、陛下が憎らしい王妃の血を引くエリックを貶めたかったにしてもエリックはそもそもこちらの常識は通用しない存在です。
王妃の不貞を公表するだけに留めておいて欲しかったと私はつくづく思いました。
この面倒なエリックの性格を知っている父なら回避を模索するでしょうし、この件に父はそれ程協力はしていなかったという事でしょうか。
「ディ、ディアーモ公爵の入室です!」
微妙な空気の中、入り口に立っていた警備の者が声を上げました。
エリックに関しては父は責任者です。
これで何とかなると思いたい所ですが。
入ってきた父の顔を見た途端、エリックは嬉しそうに、
「王子なのでこれでヒルダなんて関係なく、僕がディアーモ公爵になってミレーアを公爵夫人に出来ますよね!」
「出来る訳ないだろ! 馬鹿か!」
青筋を立てて怒る父ですが、エリックの無知は父の責任でもあります。
でも、恐らくこれで審議は何とか終わらせる事が出来そうです。




