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子供のままの婚約者が子供を作ったようです  作者: 夏見颯一


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33.【終わりの朝、偽りの霧が晴れる日の始まり】

 まだ王都に住まう大半の者が王太子の死を知らない朝。


 リーノ伯爵邸には以前の持ち主が敬虔な信者であった為に、家人用で小さくとも見事な装飾を随所に施された礼拝所が存在している。

 信仰心の高さを示す為の華美な礼拝所は、リーノ伯爵家の所有になってからは長らくインテリア状態で掃除をする程度だった。

 その礼拝所は近頃、燭台に蝋燭が灯されるようになった。


 従者に付き添われ、一人礼拝所で祈りを捧げているのはセルジュ。


 ただ一人の愛しい人を救えなかった父である国王が、彼女の復讐の為としてどれだけの人間を巻き込んできたのか、セルジュには父の考えが到底理解しがたかった。


罪を犯した当人だけならいざ知らず、その家族さえも復讐の道具として追い込み、王太子にまでつけたバルドルさえも父の道具として死んだ。


 例えフリードに保護されるまで裏の事情を何も知らなかったとしても、王子の身であれば知らなかった事自体が罪であろう。

 父の心を知る事も止める事も出来なかったセルジュは、犠牲になった者の為に祈る事しか出来なかった。


 その祈りは今は誰も救えなくても、必ず復讐の皮を被った父の暴虐を兄達とヒルダと共に止める決意を込めて。


「ディアーモ公爵が捕まった。捕まった事について公式発表は特になく、理由も明らかにされていない」


 朝の挨拶もなく、フリードは手短に報告をした。


「……他の公爵家は?」

「動きはない」


 まるで事前に示し合わせたかのように、どの公爵家も静かに王家の次の出方を待っている。

 そして、渦中のディアーモ公爵家も表立っては沈黙を続けている。

 全てがかつて国王と公爵達が結んだという密約の内であったかは、フリードにも分からない。


 侯爵家以下の多くの貴族家は未だ情報収集に明け暮れ、ディアーモ公爵の捕縛を知ったとしても動けずにいる。

 貴族家に出入りする平民の使用人や商人も、王妃の死だけではないただならぬ雰囲気に口を閉ざした。


 それでも誰もが動けず、止まったように見えるのは今朝までだ。

 セルジュは立ち上がり、フリードに並んだ。


「それにしても、父上達はエリックを『古き部族』からよく引き出せたな」

「……言葉が通じないとは言え、父の命と交換ぐらいは部族も理解出来る。道理で帰って来ないと思っていたよ」


 領地の屋敷に怪我をした前リーノ伯爵が運び込まれた知らせは途中足止めを食らわされていた為に、今朝になってようやくフリードの元に届いた。

 基本的にはリーノ伯爵領内の事でもあったので、フリードも前リーノ伯爵の事を全く心配もしていなかった。多分、前リーノ伯爵自身も油断をしていただろう。


 恩人である前リーノ伯爵を人質に取られては部族も為す術もなく、エリックを渡すしかなかった。

 フリード宛の前リーノ伯爵の手紙には短く「すまん」とだけあった。

 前リーノ伯爵はフリードとエリックの不仲を理解しているので、残りの問題全てをフリードに押しつける結果になった事への謝罪だった。


 2人は黙って玄関に向かう。

 昨夜、王城からの呼び出しが来ていたからだ。

 片や第2王子として、片や伯爵家当主として、腹違いの兄弟は王城で行われる審議会へと向かう。




 ディアーモ公爵家の代表として、王城から私に呼び出しがありました。

 それ自体は待っていた事ですが、いくら私が成人している次期当主とは言え、本来当主に次ぐ権限を持つ公爵夫人の母の同行を禁じられるのは珍しい措置です。


「……何を考えて禁止を出したのかしら」

「さあ? でも、内緒話は少ない人数でやるものです」


 母は知っている事をガンガン利用する性格ですからね、そこを警戒されたのかもしれません。

 それを考えると父は行動力でしょうか?

 まあ、高位貴族なんて誰もが何処か癖が強い方達が多いのですけど、今回は陛下も余程警戒しているという事でしょう。


「では、茶番に付き合いに行きます」

「次は茶番などではなくお茶会がいいとお伝えしてね」


 冗談交じりに母は私を送り出しました。

 父が捕まったと聞いた時は動揺していた母も、表面上はすっかり元の調子を取り戻しています。

 そもそも陛下の今後が我が家にも明確にされている時点で、王家はディアーモ公爵家を文字通り糾弾する気はなく、直ぐに始まる次を考えれば父を害してはいけない事が分かっているからです。


 ここまで付き合ったディアーモ公爵家には特別報酬が頂きたいものですね。



 到着した王城には言葉に出来ない緊張感が漂っていました。

 本来起きていたバルドルの事件を伏せ、今現在王城に勤めている者が一度として見た事もない王妃の暗殺が公表されれば、流石に教育の行き届いた王城の使用人にも混乱や動揺が隠しきれるものではないのでしょうね。


 案内係の侍女は普段とは違う道に逸れました。


「何処に行くのかしら?」

「……今はお静かにお願いします」


 違う場所に行かせたいなら事前に言うべきでしょうに。

 私は足を止めようか迷いましたが、護衛を外せとは言わないだけに様子を見る事にしました。


 ……母には内緒話と言ったけれど、本当に内緒話がしたい方がいらっしゃったようね。


 何度も道を曲がりながら奥へ奥へと進んで行き、着いた先は予想通り側妃様のいらっしゃる離宮でした。

 警戒心が強い方とはあの方から聞いておりましたが、用心の仕方が少し病的で気になります。


 離宮の中の更に奥、通されたのは何とか窓のある部屋でしたが、側妃様は窓から距離が遠い壁際のソファでした。


「……きちんとしたお呼び出しが出来ず申し訳ありません。私は側妃のルゼリアータ。第2王子殿下の生みの母で御座います」


 実母とは言え、この国では王子王女より側妃の方が下の扱いとなります。

 ルゼリアータ様も実の子を王子として敬い距離を取らざるを得ないというのは悲しい事でしょうね。

 幼い頃のあの方にお目にかかる際にもルゼリアータ様は同席出来ず、私とルゼリアータ様はこれが初対面でした。


「初めまして、私はディアーモ公爵の娘、ヒルダと申します。お招きは第2王子殿下との婚約の打診の件ですね? 時間が押しておりますので、直截な物言いはご容赦下さいませ」

「そうですね、私としても話は早い方が有り難い事です」


 ルゼリアータ様の侍女はお茶の準備もせず、ただただ警戒心を剥き出しにして周囲を警戒しております。

 私の後ろの護衛騎士達もその様子に辺りの様子を警戒しながら私を取り囲みました。


「私の子である第2王子殿下は王にはなりません。隣国とのもめ事の種は回避しなくてはいけませんから」

「……噂では隣国の王家は今の王の何番目かの姫君を嫁がせたいというお話でしたね」

「あくまで噂です。隣国の王は姫を嫁がせる気はありません。既に姫君はいずれも婚約者がいるか内定が決まっております」


 隣国の王家の事情は隣と言ってもなかなか入ってくるものではありません。

 時に付け入られ、攻められる理由になりかねない王家の内情は、特に念入りに隠すので、正確に知り得る事は難しいものです。


「そう王家が決めたとしても……完全に黙らない貴族は何処にでもいるものです。邪魔な私と第2王子殿下を殺した上で、メイヴェナ公爵令息と生まれる予定の姫の婚姻を推し進めようとする動きもありますね」

「そこまでですか……」

「私がこうやって暮らさなければいけない程度には」


 私は咄嗟に返す言葉が出てきませんでした。

 何度も隣国の王家と縁を結ぶ必要はなく、側妃様と第2王子殿下がいらっしゃる事自体が断りの理由になります。

 それを単に目障りと思うだけでなく長年暗殺を試みる程度に、相手は貪欲で何かしらの権力を持っていると言う事です。


「……1つだけ教えて下さい。メイヴェナ公爵ではなく陛下の側妃になられたのは、それが原因ですか?」

「ええ。陛下は守って下さると約束して下さいました。メイヴェナ公爵から奪った形にすれば私を狙う者もある程度諦めるからと」


 ある程度諦めたにせよ、未だに襲撃はあるのでしょう。

 ルゼリアータ様の周囲の侍女と護衛の並々ならぬ警戒がその証拠です。


 少し慈愛院の件を聞いてみたい気がしましたが、時間は有限なので止めました。

 発案者となれば開設などの式典もあり表に出ねばならず、危険がある為に発案者を王妃とした事は想像に難くありません。


「第2王子殿下を嵌めたのも、隣国からの刺客を止めさせる為。最悪の手だとは私も思いましたが、王子でなくなれば狙われる事はありませんから」


 直ぐに収まる筈の疑惑を騒動にまで大きくして、わざと王族ではいられなくなる瑕疵を作ったと言う事ですか。

 息子を思う母の計画だったと言いたいのでしょうが、私からすれば方法的にも大分クズ親だと思いました。


 審議会の時間も迫る中、私はクズ親である父にも取り敢えず面会をしました。


「今の気分は?」

「引退するしかない嵌められ方をしてしまったな。早く結婚して孫を見せてくれ」


 やはり会うのではなかったと思いましたが、服も整えている所を見ると、父も審議会に参加するようです。


「公爵として参加ですか?」

「いや、参考人だ。そっちは任せる」


 任せられるようなものはないと思いますが。

 私は面倒だとようやくため息をつく事が出来ました。

 ちょっとは緊張していたようですね。


「陛下も参加されるのでしょうか?」

「分からんな。自分の息子かどうかを審議する場とは言え、血を引かないって知っているからな」


 茶番の本番はここからです。


 王妃の子だと分かったエリックが『王の子供』であるかを審議する会議が始まろうとしています。




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