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子供のままの婚約者が子供を作ったようです  作者: 夏見颯一


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32.【始まる断罪は誰の為?】

 私達は次々明らかになる事実の多さに翻弄され、それを事実としても気持ちとしても整理する事に躍起になっていました。


 それが相手の狙いだったと知るのは、丁度バルドルの死の知らせから2週間後の事でした。



「『王妃』の暗殺が発表されました」


 父ではなく母から呼び出された私は、固く緊張した表情の母にそう告げられました。


「王妃が、ですか?」


 思わず私は母に聞き返しました。

 母にも王妃がかなり以前に死んでいる事は伝えております。

 その母が王家からの公式発表として口にしたのは、バルドルの死ではなく今更の王妃の死という事実に、私は呆然と母を見つめました。


「私も驚いたわ。でも、まだここはそんなに驚く事ではないの。王妃の本当の子供としてエリックの存在も公表され、王城には既にエリックは連れてこられているそうよ」


 王城が沈黙を続けていた事は私達の誰もが不思議に思っておりました。

 実際に前リーノ伯爵がエリックを連れて逃げ込んだ場所がどれ程の距離にあるのかは私が知る由もありませんが、


「まさかエリックを連れ出す時間稼ぎだったなんてね」


 王城側の暗殺がギリギリの所で食い止められていた理由。

 ある程度事情を知った第三者にも王城側はエリックなどいらない人間だと思わせるだけの目眩ましであったと私も理解をしました。

 最後の最後で陛下は『エリック』を王妃の断罪の為に生かし続けていたと言う事でしょう。


 ああ、フリードもいるリーノ伯爵家にエリックを預ける意味をもっと深く考えるべきだった!


 私達の世代に引き起こされた悪しき流れの真の原因はエリックの存在でした。

 王妃が既に殺されているのですから、陛下にしたら王妃の代わりに誰を断罪するかと言えば、エリックしかなかったのです。


「……破棄されているとは言え、ディアーモ公爵家はエリックを貴女の婚約者に据えた事は事実です。貴女のお父様は嫌疑をかけられ王城に拘留されております」


 そこは仕方ない事ですね。

 持て囃されるような人物であっても、策士とは策に溺れるものです。

 いくら陛下の考えが気になったとしても、高が領地の授受の問題を探る為だけに一人娘の婚約者に据えるなんて、全ての事情を知った私から見てもやり過ぎでした。

 婚約を認めた陛下の時間を置いた意趣返しもまた、父の浅慮の結果ですね。


「お父様は大丈夫ですか?」

「拘留後の事は分かりませんが、貴族牢に収監されているので命に関しては大丈夫でしょう」


 本来王家からいない者として扱われていたエリックを婚約者にしていたディアーモ公爵家は、見方によっては王妃の不貞に関わっているか、最悪エリックを傀儡にして王権を狙っていたと疑われるでしょう。

 破棄したとしても過去は消える訳でもなく……両親は疑いが晴れたとしてもエリックに関わった事で何らかの責任を取らなくてはいけないかも知れません。


 最悪な考えが私の脳裏を横切りますが、目の前の母は緊張していても落ち着いています。


「お母様、王家からの通達は本当にそれだけでしたか?」

「エリックの件については、貴女の婚約者に第2王子殿下を迎えるなら王家は罪に問わないと言う事です」


 ここに来て王家は直接ねじ込んできましたか。

 バルドルを踊らせる為に留め置いた第2王子殿下の役割も、これで完全に終えたと言う事でしょう。

 とは言え、実際には問題を起こしていない第2王子殿下を王家から追い出すやり方には私も思う所がない訳ではありません。


「従うのですか?」

「公爵家としてえん罪を晴らしたとしても、エリックの件で王家とは溝が出来たと周囲からは見なされるわ。ならば、一度問題を起こした扱いとなった第2王子殿下を公爵家の婿として入れる事は王家との『和解』の自然な筋書きとなるでしょうね」


 あくまで母の言葉は王家による筋書きで、ディアーモ公爵家の判断ではない。

 私は公爵夫人として続けなくてはいけない母の言葉を待ちました。


 長い沈黙の後、母はため息をつきました。


「貴女、本当にお父様に似ているわね。私なんて動揺しきりなのに」

「顔に出ていないだけです。私も動揺し狼狽えております」

「……ふふふ、私の方が修行が足りなかったみたいね」


 笑った事で母も父が捕まっている緊張感が少しだけ薄れたようです。

 いつものような何処か楽しげな笑みを浮かべた母は、


「我が家としてはどちらでも構いません。貴女が第2王子殿下を選ぶも良し、選ばないも良し。どちらにしても今の陛下は王妃の事で心を痛めたとして退位し、メイヴェナ公爵令嬢が女王か王妃になって新しい態勢となります」


 メイヴェナ公爵が仰った『早くて20年程度』と決まっていた陛下自身の終わりとは、ラビナレットから始まった一連の問題に対しての断罪だったと言う事でしょう。




 事情を聞いた後はフリードの所に行きたかったのですが、当主が捕まっている家の子女がふらふら外出する訳にもいきません。


「私が手紙を届けましょうか?」

「いえ、屋敷の様子を見に行きたかっただけだから」


 外から眺めるだけにしてもナーシャは私の侍女として顔を知られているので、難しい所です。

 ここまで来て仕掛けはないと思うのですが、どうにもまだまだ不安でした。



 今の王都は異常な静かさを保っています。


 何年も人前に姿を現していなかったとは言え、王妃は王妃という事でしょう。

 表面上は平和だった王都に突如『王妃暗殺』のニュースがもたらされるやいなや王都民は酷く動揺し、あたかも戒厳令がひかれたかのように王都の表通りからは人の姿が消えたそうです。

 心当たりのない筈の貴族が恐怖で家の奥に引き籠もったり、先々の予定を立てて商品を仕入れていた商人が途方に暮れているという話も飛び込んで来ます。



「エリックについてはどう?」

「どの食堂でもいっぱい人はいても「誰だよ、そいつ」程度ですね。庶民には発表のあったエリックの名前しか分かりませんし」


 労働者向けの食堂はまず閉めないので、メイドの少女はわざわざ情報を探りに食事をかねて潜り込んだそうです。

 他にも王都の様子を見て回ってくれたメイドの少女には、ナーシャが対価としてお菓子を袋に入れて渡してあげました。

 兄弟姉妹が多いと言っていたメイドの少女は喜んでお菓子の袋を抱えて戻っていきます。


 ついでにリーノ伯爵家の様子も見に行ってくれると良かったのですが、そこまで一般のメイドがやってしまうと監視の目にどう映るか分かりません。

 結果的に危険を避けたので良しと思いましょう。


「王都民には王妃の子は『エリック・リーノ』ではなく、ただの『エリック』としたのね」

「廃嫡したのですから正しいのではないでしょうか?」

「正しいけれど、本気で父に婚約の件で嫌疑をかけるつもりなら、エリックが平民になっていては難しいでしょう?」


 エリックは王妃の子として発表はされました。

 実に中途半端な言い方で、今は混乱が勝っている王都民達はいずれ王妃の子なのだからエリックを王子と呼び始めるのは間違いありません。

 恐らく言外の意図に気付けない貴族もエリックを王子と認識するでしょう。


 そうエリックを王子と誤認させる事で、どうしたいのか、どう転んでも良いようにしたいのか。

 陛下達の考えている事が見えず、私は悩みます。


「予想外でありそうな意図があるとしたら、何かしら?」

「……エリック自身に自分を王子と思わせて、落としかったとか?」

「面白い話ね。ここまで大がかりにして、やりたかったのはそれだけだったら……」


 笑いかけた私は、結局笑うのを止めました。

 エリックにも向けて何かを仕掛けるとしたら、私でも最初に同じ事をすると思い至ったからです。


 王子だと思ったところで不義の子と知らせる。


 普通に考えたら、絶望は深い事でしょう。

 ですけど、あのエリックです。


 果たして想像通り上手くいく?

 それとも常識外に都合の良い発想をする事も計算内なのかしら?



 私はうっかり今後の流れが楽しみになってきました。




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