31.【あなたの愛を証明出来ますか】
私にとって愛とは何でしょうか?
気が付いた時には両親はエリックだけを可愛がっていました。
衣食住、教育に関しては全て最高の物を私の為に揃えてくれましたが、両親の関心はいつもエリックに向けられておりました。
エリックが別の女性を選んだ事で両親はエリックを捨て、私を優先した時は確かに嬉しかった。
ただ一方で、それまで愛していたとしか思えないエリックを簡単に切り捨てる両親の姿は、それまでとは違う意味で私の心に深く傷を付けました。
愛とはこのように軽く、簡単に捨てられるものだと。
もしかすると私は愛され方も、愛し方もきっとよく分かっていないのかも知れません。
私は自分がケインの事を愛していると思っておりましたが、一時泣いただけで頭を切り替えることが出来た時、自分の中にあった筈の愛を疑いました。
そもそも私は本当にケインを愛していたのでしょうか?
深夜、自室で1人になった私は、ケインから夜会の前に贈られたネックレスを眺めておりました。
これが届いた当日はマーシャと随分はしゃいだ記憶があります。
ほんの少し前の事なのに、楽しかった思い出は全部遠い昔のような事に感じています。
婚約者がエリックの時はこちらが贈る一方で、時々エリックが手配していない事を知って慌てて前リーノ伯爵夫妻が用意してくれた程度でした。
ケインだけが私を優先してくれた。
それは私には愛以外の何物にも見えず、あの時の私はケインの愛を疑ってなどおりませんでした。
先に愛を失ったのは、私だったのかケインだったのか。
ネックレスの鎖に指を絡めても、私の心には以前のような高揚感は生まれません。
アクセサリーやドレスを贈る事は貴族では義務であり、愛の証明にはならない事を思い出してしまった所為でしょうか。
あの日、カルナートが出かけた直後でも、ケインは手紙に返信を返せた筈。
運命が変わる予兆を見逃したのは、私もだけどケインも同じでしょう。
グリフィスを家族に持ったケインは最後の最後で、私を信用出来なかった。
愛が貰えなかった過去を振り切れていない私は何処かで、ケインを疑っていた。
指から鎖が音を立てて滑り落ちました。
私はじっともう着ける事もないかも知れないネックレスを見て、長いため息をつきます。
関係を維持出来なかったことは、愛がなかった証拠にはなりません。
けれど、私達の間に本当に愛があったのか、今となっては証明するものは何処にもなく。
これだけの事をしたグリフィスに私への愛があったとしても……それが本物だとどうやって証明するのでしょう?
そして、失った愛に縋るこの一連の事件は終局へと進んでいきます。
〈第三者視点〉
「何を調べているんだ?」
書類仕事を終えたフリードがセルジュの様子を確認しに部屋に入ると、資料を床に散乱させながらベッドの上で読み込んでいるセルジュがいた。
ノックもなしに入ってきたフリードを咎める事もなく、
「マーキス侯爵家」
セルジュにとって恋敵の家だから、と言う訳ではなかった。
カルナートが利用されたのはグリフィスの目眩ましの一環ではなく、もっと別の意味があると思っていた。
その考えはフリードの頭の中にもあった。
ただ、ヒルダに紹介する時点でフリードマーキス侯爵家を一通り調べており、グリフィス以外は問題ないと結論づけた事だった。
とは言え、フリードも事態が変わった今なら同じ資料からでも違うものが見えてくる可能性を感じた。
「何か分かったか?」
「ないね。明確にこれだと言えるものは綺麗さっぱり何もない」
フリードが床の書類を拾い集めて纏めると、別の書類の束が床に滑り落ちた。
不安定なベッドの上に書類を重ねているのが問題で、仕方なくベッドの近くにテーブルを置いた。
「問題があるとしたら、先代のマーキス侯爵ぐらいだね」
「先代がラビナレットの実父かも知れないと言われていたのは噂だったんだろう? 繋がりなんてそれくらいだろ」
「確かにラビナレットとの関係は噂だけだね。だけど、王妃の妊娠前後の時期に爵位を現マーキス侯爵に譲っている」
前回フリードがマーキス侯爵家の歴史を確認したのは、王妃が問題視される前だった。
慌ててセルジュの持っていた書類を取り上げ確認した。
前マーキス侯爵の年齢的には不自然ではない嫡男への爵位の移譲ではあったが、直後に前マーキス侯爵は事故死している。
現在の事情に直接関係している物事ではなく、事故も不審な点もなく処理が終わっており、フリードは以前の確認では特に疑問は持たなかった。
今見ると、時期的にも前マーキス侯爵には何かがあったのではないかと勘繰らざるを得なかった。
「事情を知っている者が見たら不審に思う事自体を見越していそうで怖くないか。まだ真実かどうかは分からないけど。調べてくれる?」
「当たり前だ。だが……」
故人でもある前マーキス侯爵は、とてつもなく女性が好きだった。
それこそ今のディアーモ公爵や前リーノ伯爵の世代も未だに話題にする程に、女性への欲が凄まじかった、もめ事がなかったのが不思議な人物であった。
更に世代の違うフリードでさえも、夜会を始めとしたパーティーで何度か逸話を聞かされていた。
現マーキス侯爵が貴族としては大人しい人間なのは、父親があまりに強烈すぎたからだとも言われていた。
「手を出すかな……」
フリードの呟きは疑問ではなく、呆れだ。
いくら女好きだったとは言ってもよりにもよって王妃に手を出すだろうか?
年だって親子程離れており、フリードもそんな事は考えつかなかった。
「元々男を破滅させる女だったんだろう? 実は前マーキス侯爵も破滅させられていたって事だな」
これは駄目だろ、とフリードは思った。
眉間に皺を寄せているセルジュも沈黙をした。
もしも想像通り、エリックの父親が前マーキス侯爵だとしたら。
グリフィスが策を弄してヒルダからケインを引き離したのは、当然だろう。
既に暗殺されているので茶番ではあるが、王妃の件で国王が裁きをする時に絶対に王妃を永久に貶める為にも不貞を入れてくる。そのとき、国王が王妃の不倫相手の前マーキス侯爵の名前を出さないとは限らない。
「……可哀想にな。計画者はヒルダに暴いて欲しかっただろうに」
セルジュの言葉に「今のヒルダには余裕はないだろう」とフリードは淡泊に返した。
グリフィスの事を考えると自然にケインに思考は向かうだろう。
フリードが見た限り、言葉ではケインを罰する可能性を口にしていたヒルダだったが、まだケインを言う程捨て切れてはいなかった。
「……『王妃派』がホーウェン子爵達を騙す時に名前を使った者達って……ヒルダの知り合いのみだろう? ちょいちょいヒルダに向けてのヒントは挟んで来ているし」
「いくら何でも知り合いの名前だけで繋げられるわけがないだろ」
「ヒルダに分かって欲しいだけで、解明されたくはなかったんだろう? 恋心を伝えていい立場ではなかったんだし」
前マーキス侯爵の事情とマーキス侯爵家が危険な状態にあるとグリフィスが知っていたとしたら、思い人だったヒルダが弟と婚約した時の心情はいかばかりだったか。
前マーキス侯爵の為人を無視して、迂闊にヒルダにケインを紹介したフリードには後悔しかなかった。
「これをどうヒルダに伝えろと言うんだ……」
「普通に伝えれば良いだろ」
「お前……」
書類を持った手が届かず、少し乱暴に書類をテーブル上に投げ出たセルジュは、
「ヒルダだもの、大丈夫だよ」
セルジュがヒルダに向ける愛は信頼であった。
それは出会った時から変わらず、静かにずっと続いていた。
ヒルダも同様に静かにセルジュを信頼し、愛していた。
絶対の自信を滲ませるセルジュの言葉に「そうか」とフリードも不安に思うのを止めた。
迷っても戸惑っても、ヒルダは正しく受け止め次の行動に繋げる。
男としてフリードもセルジュも思いを直接届ける事の出来ない事に関してはグリフィスには同情していた。
そして、恐らく前マーキス侯爵の罪で国王に加担している事にも同情したが、ここまでグリフィスは罪を重ねてきてしまった。
「いくらヒルダを助けたとしても、犯罪は愛の証明にはならない」
ヒルダはそれを愛とは認めない。




