30.【嘘の中の真実は苦みの奥に甘さがある】
私達がバルドルの出自を探っている一方。
ホーウェン子爵家を騙した者達の正体は、ニナリアの協力で粗方終える事が出来たと連絡がありました。
それにしても、恋文に偽装する使い古した方法での連絡なんて最早通用するものではないと思っておりましたが、案外まだまだ現役の手段なのですね。
するりと私の手元に恋文もどきが届けられたのを目にして、私は思わず声に出して笑ってしまいました。
「怪しくても恋文ならば他の家の諜報も遠慮するのかしら?」
「時期の問題でしょう。今回の事でお嬢様の婚約者の座は再び空席となり、今なら自分程度でもつけ込めるのではないかと動いている者がそれなりにおります」
最終的に手紙を届けてくれたメイド長は淡々と説明してくれます。
つけ込めるかもしれないと思われているのは私としては腹立たしいですが、隙を窺うのは貴族の性分ですから仕方ありません。
ただ、そんなときに忍び寄ろうとする相手には嫌悪感を感じる事をお忘れのようで。
事件が起きてから一週間経ちました。
当日、深夜に帰ってきた父は「よく分からない」とだけ私に言いました。
あれからずっと詳細が分からないまま、父は他の公爵家や主要な貴族と何度もやり取りをして忙しく動き回っており、私と顔を合わせる事は食事の席でも珍しくなりました。
バルドルの死はまだ正式には公表されておりません。
王城側は公爵達の要請する会議の開催を拒否し、王都の民にはジワジワと噂として王太子の死が囁かれているそうです。
「利益確保に走る程度には他の家も動揺が少ないのね」
「支持者が少ないので、こんなものかと」
母親とされていた王妃が政治的な派閥を作れる程だったら違っていたのでしょうが……そんな王妃だったなら完全に別人でしょうね。
現実に私達が言う『王妃派』はノルーン男爵の日記にあった加害者の家で、ニナリアが確認した所やはりホーウェン子爵を騙した大半は彼らだったと、今回の報告書にありました。
同じ『王妃派』であってもリリアナ達の件で加害者と被害者に分かれていますが、結局は嵌められ方が違うだけで現在はどちらも騎士団の手が入り、同じように破滅の道を辿っております。
これでこの一件は一応の終わりかと思っていましたが、数人、本名を名乗っていた人物がいたそうです。
グリフィスの考える策によくある『嘘の中の真実』の真実に当たる方は、ノルーン男爵の挙げた加害者の家の方ではありませんでした。
その人物は笑顔でニナリアに「良かったね。君に価値がなくなれば売られずに済むと思ったんだ」と言ったそうです。
ホーウェン子爵はやはり例えようのないクズ親だったという事です。
王家に物申すような問題だらけの家であれば、飛び火を恐れて相当な好事家も娘を買い取る事は避けるでしょう。
考えようによっては確かにリリアナの件があったから、ニナリアは最低最悪な場所には行かずに済んだと言えます。
ニナリアが会った人物は、まさにニナリアの回避が計画の内であったと仄めかしたのです。
私にはこれが正解の方法だったのかは分かりません。
ただ、報告書の最後にニナリアの言葉として「苦さの中の甘みは結局、苦みが勝つのです」と書いてありました。
詳細が伏せられている中には、王太子妃となる予定だったソルシアーナも含まれているそうです。
静かな緊張が続く中、ソルシアーナからお茶会への誘いの手紙が届きました。
普段なら喜ぶ所ですが今は時期的な問題を感じ、直ぐに母に相談すると、今は王太子の死は『噂』でしかなく、喪中のように振る舞うのは宜しくないと助言されました。
貴族の多くが『噂』ではなく事実だと知っているのに、王城はいつまで沈黙を続けるのでしょう?
「カルナートが王太子を殺した訳ではないからでしょう」
お茶を飲みながらソルシアーナははっきりと言いました。
王家の影などを気にして曖昧な事を言う事が多く、大変珍しい事です。
「それは言っても宜しい事ですか?」
「もう盤面は終了を待つだけ、巻き込まれるのを恐れる必要はないのよ」
ノルーン男爵の日記にあった加害者の系譜は最早貴族から名前が消えるのを待つしかない状態となっており、陛下の復讐は王妃の事を残して大半が終わっていると私も見ています。
取り敢えず、確実に王妃となるソルシアーナにはバルドルの正体などそれ程意味はないでしょうが、
「私達が調べた結果、バルドルは前リーノ伯爵夫人の子供で陛下の子供ではありませんでした。それについて王家から何かしら聞いておりませんか?」
「聞いているかと言われたら、何も聞いていないわね。バルドルの事も最近教えて貰ったくらいで、知った時には一応仰天したわ」
もしかして教えたのはフリードでしょうか?
この2人の関係は……まあ、障害などなくなったも同然の従兄弟の恋愛事情などどうでも良いですね。
どうでも良いとは思うのですが、何故かここでニナリアの話を思い出しました。
バルドルが亡くなったことでソルシアーナはフリードと?
いえ、それは違うでしょうね。
見切りを付けられていたバルドルはそれ程高い壁ではなく、フリードが王家の嫡子だと発表されれば簡単に立場が入れ替わる程度でした。
やはりバルドルの死は演出の一部と考えるべきでしょう。
「……しばらく憂鬱ね。多分、数年くらいバルドルの死で悲しむ婚約者を求められるわ。ほとんど交流もしていなかったのに」
「夜会でもダンスをしていなかったから、不仲は誰でも存じ上げていると思いますよ」
「察してくれる方々ばかりでもないのよ。特に若い令嬢はね」
不思議な事に、時々身分も何も比較にならないのに一方的にライバル視してくる令嬢は現れます。
エリックに唆されて消えた下位貴族令嬢達も、結局は発言からして私に謎の対抗心を持っていたと思っております。
あれって本当に何でしょうね?
「ああ……そう言えば、ホーウェン子爵令嬢も一度遠くから私を睨んできたわね」
ニナリアは夜会に参加した事はないと言っておりましたし、睨んだ令嬢はリリアナでしょうね。
「睨んだのがホーウェン子爵令嬢だとよく分かりましたね。下位貴族令嬢の顔も全部覚えていらっしゃるのですか」
「確かに覚えてはおりますけれど、かの令嬢に関してはバルドルに珍しく紹介されたことがありましたから、私もよく覚えておりました」
「下位貴族令嬢を? ……何の為に紹介したのでしょう?」
「口うるさい侍女達に替わって見習いとして身の回りの事をさせるからと言っていたけど、そう言えばあれ以降は見ていない……」
私が息を呑み込んだ事に気が付いたソルシアーナも片眉を少し動かしました。
しかし、私もソルシアーナも頭に浮かんだ事は口にはしません。
ああ、ここまで来てリリアナを連れ回していた令息達からも、リリアナの子供の父親が出て来ない訳が分かりました。
つまりは出せなかったのですね。
リリアナ達を連れ回していた加害者である『王妃派』の令息達もまた、バルドルから脅されていたのでしょう。
王族が下位貴族とそんなに繋がっているなんて誰も考えません。
「……嫌な計画ね。立案したグリフィスは相当嫌な人間でしょう」
息子や娘で落ちぶれていく『王妃派』は王妃に縋ろうとしても王妃に連絡が取れず、王妃の子であるバルドルに縋ったと言う事ですか。
よくもまあ、グリフィスは繋げたものです!
こんな事を考えついて実行するグリフィスを見つけて引き入れた陛下にも、言いようのない恐ろしさを感じ、私は目眩でソファの背にもたれかかりました。
「以前グリフィスに気を付けろと仰ったので私も注意してきましたが、気を付けてどうにもなるものではありませんね……」
フリードが追い切れていなかった事だともっと理解しておくべきでした。
私は大きなため息をついてしまいました。
「……確かに私はその意味でも気を付けろとは言ったのだけど、ここまで来て貴女はまだグリフィスが自分の敵だと思っている?」
「え? それは、どういう意味でしょう……」
「本当に分からないの?」
じっとソルシアーナに見つめられますが、私には心底見当がつきません。
私の敵ではないと言われても婚約者のケインを遠ざける理由を作ったのはグリフィスなのですから、敵以外の何者にも思えません。
「敵ではなかったら、味方だと仰いますか?」
「貴女にとってはそうだと思うわ。だってエリックの騒動を仕込んだのもグリフィスでしょう」
カルナートが私に「可哀想な令嬢を助けたかった兄」だとグリフィスについて言っていたのを思い出しました。
過去の話だと思い込んでいた私は真実に、ただただ言葉をなくしてソルシアーナを見つめます。
誰も助けてくれないと私は泣いていた。
誰も救ってくれないと私は嘆いていた。
視界がぐるぐる回っているような気がして、ソルシアーナの言葉を止めたかったけれど何も言えない程気分が悪くなっておりました。
ソルシアーナもカルナートもヒントを出していたのに、見ない振りをした私が一番悪いのでしょう。
「グリフィスはなかなか暗殺が行われないエリックから一刻も早く貴女を助けたかった。きっと彼は貴女の事が好きなのでしょう」
その事実は苦みが強すぎて、微かな甘みは苦みに飲み込まれました。




