29.【君は誰の子『私』の子】
バルドルとエリックは入れ替えられた。
それは事実だとすると、真っ先に出てくる疑問はエリックの父親は誰なのか?
ここへ来てまだしつこく絡んでくるエリックの事情に、私は諦念を抱いております。
サロンのソファにだらしない姿勢でもたれかかっているフリードも非常に疲れた様子でした
「父親は陛下と言う訳でないでしょう?」
「間違いなく王妃の不貞の子だろ。男を惑わして道を踏み外させる女だったらしいからな」
王妃として『監禁』されたのはそれもあったのでしょう。
何処からどう聞いても業が深い方なんて実在するものなのですね。
「どうして産ませただとかそこら辺も気になるが、取り敢えずバルドルとエリックの入れ替えたのか……父上達に聞くのは難しいか……」
思えば前リーノ伯爵はかなり奇妙な場所に行ったと思っておりましたが、今考えると『手出しが難しい場所』に逃げたと言えます。
私の両親とは違って、前リーノ伯爵は本当にエリックを子供として愛していたのでしょうね。
「……母上か」
そう言えば、私の両親はエリックに向ける前リーノ伯爵夫妻の愛情が『実子だから』という感じの事を言っていた覚えがあります。
嘘が必要な場面でもありませんでしたし、恐らく私の両親は取り替えの事など知らないのでしょう。
よく考えると、王妃を殊の外嫌っている母が、王妃の子であるエリックを知っていて可愛がるとは思えません。
私の方も母の反応を考えると、尋ねなくてはいけない事が憂鬱に感じました。
日が暮れる前にディアーモ公爵家に戻ってくると、父はまだ王城から帰ってきていませんでした。
廃太子寸前だったバルドルとは言え、現実にはまだ王太子でしたからね。王太子が側近に殺された事をどう公表するかなど、話し合う事は山程あると言う事でしょう。
屋敷内も不穏さに影響されてか、不思議と空気が張り詰めております。
母は自室で書き物をしておりました。
私を招き入れた母は何やら笑顔でした。
「フリードのところで面白い事を聞いてきた?」
「ええ。エリックが王妃様の子供で、バルドルとはすり替えられたと」
一番面倒な話題を最初に言う事にしました。
ある種、一番面白い話ではありますしね。
予想通り母は困惑して笑顔を崩す事を忘れて、
「は?」
「確定です。バルドルは王妃様の子供ではありません」
「はああああ!? どういう事よ!」
母もエリックが暗殺者に狙われている事は知っていたと思うのですが、それとこれとが繋がらなかったのでしょうね。
いつもの貴婦人の優雅さなど完全に放り出した母を見るのは私も初めてです。
「何で……前リーノ伯爵夫人の妊娠中から知っているのよ! 何でその子を入れ替えて王妃の子を育てているのよ?」
「分からないのでお母様に尋ねております」
「知らないわよ! ああ、もう! 確かに面白いじゃない。ちゃんとしっかり話を聞かせて頂戴」
母は直ぐに切り替えたので、私も説明を始めました。
割と長い説明になってしまいましたが、母は質問を挟む事もなく最後まで黙って聞いておりました。
話が終わると、母は眉間を指で何度も揉み込んでいます。
「……そう考えれば綺麗に繋がるわね。何故エリックと入れ替えたのか以外は」
「同時期に王妃様が妊娠していた事は御存知でしたか?」
「知っていたわ。大々的に発表があったもの。貴女の話を聞いた今となっては、とんだ陛下の意趣返しに感じるわね。きっと何処で不貞の子だったと発表するか考えていたんじゃないかしら」
国を挙げて懐妊を祝った後で不貞の子だと知らせるなら、国民の感情がかなり違うでしょう。
もしかするとラビナレットの事件が公に出来なかった分、王妃を『罪人』とする事に陛下は拘った上での計画だったのでしょうか?
でも、それだと……。
「バルドルが今殺された事と関係あるかも知れないわね」
「え?」
「エリックが王妃の子なら、バルドルは前リーノ伯爵夫人の子供の可能性が高いでしょう? その前リーノ伯爵夫人は今はどうなっているのかしらね」
「夫人が療養されているのはメイヴェナ公爵家関連の施設ですよ。万一の事なんかあり得ません」
「そういう意味ではないわよ。彼女は療養に行って王都にはいない。バルドルの死は療養所には届かないし、仮に知って大騒ぎしても誰も取り合わない」
エリックを消す予定だったなら、バルドルもいなくなる予定だった事は分かります。
「ですが、前リーノ伯爵夫人の子なのに……」
「演出の為でしょう。ただの王子が殺されるより、王太子が殺された方がセンセーショナルに決まっているじゃない。そして、主役が満を持して登場する」
そう言いながら心底嫌そうな目をしている母も、黒幕達の考えている事は不快なのでしょう。
確かにラビナレットの件では罪人として裁かれる者がおらず復讐を望む事は否定はしませんが、これによって破滅の巻き添えになっているのは全く事件を知らない世代です。
私もあの方も、これ以上巻き込まれたくはありませんし、ケインだって被害者でしょう。
「……私の方から前リーノ伯爵夫人には手紙を書いてみるわ。どうなるか分からないけど、私も真実が知りたいわ」
何故実子と取り替える事になったのか。
「……お母様は何があったら自分の子供と取り替えると思いますか?」
「取り替えないわよ。誰だって自分の子供が一番可愛いわ。でも……ああ、でも、前リーノ伯爵夫人だったら取り替えるかも知れない」
「何か心当たりでも思い出しました?」
「あの方はずっと前から優しさが方向違いなのよ! エリックの立場に同情して、前リーノ伯爵夫人は自分の子供と入れ替えたかも知れないわ」
まさかと思う反面、同情なら前リーノ伯爵夫人は動きそうだと納得する気持ちもありました。
前々から理屈で動く方ではなかったですから、危険を含めた損得勘定も一切しなかったのでしょう。
「……バルドルの父親が前リーノ伯爵という事になりますね」
「さあ、どうかしら? 前リーノ伯爵夫妻にはバルドルは似ていないわね。それにフリードを養育した前リーノ伯爵に恩義を感じている陛下が、前リーノ伯爵の実子を殺すかしら」
恨みと策略の中に差し込まれる恩義も、ここまで行くと疑ってしまいかけます。
ラビナレットの遺児であるフリード絡みの事ですし、母の言う通りとして良いとは思いますが、
「前リーノ伯爵夫人の不貞の子供を王妃の不貞の子と取り替えた?」
「面白ーい。でも今回の事情に関連は薄そうだから、前リーノ伯爵夫人の不貞は考えなくても良いんじゃないかしら」
ええ、そうですね。精々意味があるのは前リーノ伯爵の子供ではない部分だけですよね。
頭では理解していても、流石に長らく顔を合わせてきた家の夫人が不倫の末に子供を産んでいたという事実に動揺しております。
「調査していると本筋とは無関係でも、驚きな事実って見つかるものよ。ほら、しっかりしなさい」
母の助言は素通りしていきます。
以前、ノルーン男爵令嬢が自分の姉やリリアナの子供の父親を気にしていた事も思い出したからです。
流石に1世代ちがっておりますから別人でしょうけど。
一体誰の子供?




