27.【傲慢な公爵令嬢は嵌められた策さえ貪欲に利用する】
「お帰りなさい、フリード」
リーノ伯爵邸に帰ってきたフリードは、フリードの執務室でお茶を飲みながら悠然と待っていた私に余程驚いたのでしょう。
しばらく部屋に入ってきた姿勢のまま固まっていました。
驚かせたいからと使用人の方達に悪戯の協力を頼んでみるものですね。
「……何でここに? いや、まず落ち込んでいないわけ?」
「1度は人並みに私も落ち込みましたわ。結論的には今の私は私を嵌めた者に怒っております」
私が一瞬でも踊らされたなんて、返す返すも忌々しい事です。
今まで自分が今回の計画には『重要なピース』ではなく、ほぼ立場だけを利用される人形扱いの存在だと思い込んでいただけに、今回の事件は私も標的の1人だったと気付くのが遅れてしまいました。
どうやら私は思ったよりも相手に踏み込みすぎたようです。
しかも、他の手段など知恵者からしたらいくらでもあったのに、自分の足下にも響く筈の血縁者を利用する手段を取ったと言う事は、考える以上に私を邪魔に思っていたと言う事でしょう。
計画が終盤であるにしても大胆な事です。
「あー……」
「まあ、1度は私がとても大きく衝撃を受けているのを見せる事が出来たので、恐らく何処かで様子を窺っていた相手は成功を確信して油断しているでしょう」
「わー、強いな」
平坦な声で褒めてくるフリードを睨み付けます。
ノルーン男爵の日記を机の上に置きます。
慌ててメイヴェナ公爵は出かけていったので、日記は私の手元に残りました。
「今すぐしおりの挟んだ部分だけでも読んで、全部理解して頂戴」
「横暴だ……」
「私と同じで後手に回った立場を理解していて?」
不満を口にしていたフリードは諦めたように日記に手を取りました。
読み始めると、直ぐに食い入るように読み進めていきます。
貴族当主は多くが速読でありますが、フリードが読み終えて顔を上げるのはメイヴェナ公爵よりもずっと早く、驚愕の度合いも高いようです。
「この日記は?」
「ノルーン男爵の日記です。王妃とその姉であった方の家だった、伯爵家で働いておられたそうです。しおりの挟んだ部分よりずっと前に記述されておりますわ」
件の伯爵家は名前も何もかもが抹消されていて、領地の場所はおろか事件後の元伯爵夫妻の行方も分からず、当時働いていた者達の記録も当然のように散逸しております。
知恵者もとい黒幕は、ノルーン男爵が関係者だった事を知らないまま男爵の娘を利用したのか、はたまた知っていて利用したのかは今のところ正確な所は分かりません。
「貴方に見せるか悩みましたが、説明が面倒でしたので」
「これが君がメイヴェナ公爵家に行っていた理由と言う事か……当時の関係者の日記も全て破棄されたと聞いていた。こんな物があったなんて」
「日記なんて1つしかないと決めてかかっていたのでしょうね。人によっては普通の日記とは別に、特定の事だけを記載した日誌のような日記を付けている者もおりますわ」
私も普通の日記とは別に、エリック関連だけの日記がありました。
男爵は自分としては本物の日記のダミーとして、破棄してもいい日記を渡したのでしょう。
それでも持ち帰る事も命がけだったでしょうに、ノルーン男爵は全ての記録が消えるのを良しとは出来なかった。
日記の最後のページに『私の悔恨として、これを残す』とあったように。
言葉もなくフリードは日記の表紙を見ております。
「それで、ラビナレット様と貴方の関係は?」
「君の想像通りだよ。ラビナレットは私の母だ」
ラビナレットは大怪我をしたものの、直ぐには亡くならなかった事は日記の『連れて行かれた』という記述で分かりました。
そして、恋人の元で秘密裏にフリードを産んだ。
これは私のただの推測ですが、ラビナレットが子供を妊娠したと知っていたからこそ妹は嫉妬で虐め、私生児を宿した醜聞を恐れた伯爵夫妻は妹を止める事をしなかったのかも知れません。
「私の叔母だったのね。はっきり分かると不思議な気分だわ」
「まあ、完全にいなくなった人だしね」
現在のルト侯爵家でもラビナレットは存在しなかった方です。
フリードが甥であり従兄弟である筈なのに、叔父達ルト侯爵家がフリードに向けていた無関心は、単に血縁であると知らなかったからなのでしょう。
ラビナレットは私からは祖父に当たる先代ルト侯爵の庶子でした。
私はその事を、帰ってきた母から外出の許可を取る時に聞き出しました。
一部で囁かれていた先代マーキス侯爵がラビナレットの父だという話は、あくまでも先代マーキス侯爵が女好きであった事から生まれた噂です。真実は私の祖父ととある寡婦となった貴族女性との酒の席での過ちだったそうです。
「真実は口を噤んだら偽りに埋もれてしまう。だから、貴女の祖父の先代ルト侯爵は公爵夫人である私にだけラビナレットの事を伝えたのよ」
何となく美しい言葉で彩っていましたが、公爵夫人として母はその情報を何かに利用する気満々だったなんて、私はお見通しです。
「……少し、この日記を借りていいかい?」
「どうぞ。バルドルが殺されて貴方にゆっくり読む暇はないでしょうが」
「ヒルダ、分かっていて私を体の良い保管場扱いするんだね……」
本来あってはいけない日記を所持している事は危険を伴う事です。
現状、絶対に殺されないと確定しているのはフリードだけなので、何ら文句を言われる筋合いはありません。
「別に宜しいではありませんか。貴方は既にあの方も保管されているのでしょう?」
「今日はヒルダの攻撃の番なわけか。細かいようだけど保管ではなく、保護な」
あらあら、やられっぱなしでいる訳がないのに、ちょっと反論したくらいで拗ねるなんて。
男の方は本当に難しい事です。
ようやく会えたあの方は、思った通り全身怪我だらけでした。
それでもあの方の嬉しそうに笑う顔に安堵します。
「連絡も出来なくて、悪かった」
「合図は分かりましたから、心配はしておりませんでした」
合図が分からないフリードは首を傾げますが、ただの合図ですし終わった事を教える気はありません。
「結局、何があって命を狙われたのです?」
あれは突然起きた事だったので、私もルト侯爵家も殿下から何があったのか聞く暇もなく、慌てて逃亡を手助けしました。
その後の手紙でもこちらを心配するばかりで事情が分からないまま、今日に至ったのです。
殿下はなんとも言えない顔をしました。
咳払いをしてフリードが代理をするように、私に実は随分前に王妃が亡くなっていた事を教えてくれました。
日記の記述やメイヴェナ公爵達が仰ったように、ラビナレットの恋人であった陛下は王妃となった女性をまともに扱う気などなかったと言う事でしょう。
「使用人達から漏れ出る話が全くないのはそう言う事でしたか」
いなければ話は出てきません。
とても単純な話で、王妃を嫌っていた母が聞いたら烈火の如く怒るでしょうね。
「不定期に王妃が何かで暗躍していたと言う話が出るのは、生きていると思わせる為だったという事だな。それは分かる。だが、私には生きていると偽る理由が分からない」
「それは『王妃派』の為でしょう。王妃の名前で踊らせるには、王妃が生きていないといけないだけですわ」
ラビナレットへの加害者である彼らは、王妃にまでなった共犯者に縋ろうとしたでしょう。
犯罪の片棒を担がされたと益を求めて、苦境になれば助けの手を求めて。
「その王妃が生きていると偽り、王妃派を静かに追い込む事を決めたのは陛下だ」
フリードの声は淡々として、温度を感じさせませんでした。
陛下ではなくリーノ伯爵の実子として登録されているフリードにとって、実父が国王であると言う事はただの情報なのかも知れません。
父のディアーモ公爵が掴んだリーノ伯爵家が要所を任された理由の一端は、間違いなくフリードの事情でしょうね。
「陛下の意志に添って盤面を乱して正解を見えなくさせているのは、グリフィス」
ここまで情報を集めてきたフリードが、グリフィスの果たしている役目をようやく断言するに至ったようです。
尻尾の先だとしても掴めたのが今なんて。
いいえ、相手に陛下がいる時点で今回のグリフィスの、特にグリフィスがよく知る身内を使った策は成功していたでしょう。
「ただ、策に欲をかき過ぎですわね。用済みになったバルドルを始末するにしても、同時に色々噛ませようとするのは、グリフィスの悪い癖かしら」
策を弄するのが楽しかったのでしょうね。
グリフィスにとっては私の婚約を壊す事もまた、目的の為の目に入らない障害だったのでしょう。
でもね、私にとっては丁度良い事件だったかも知れません。
ケインが本当に公爵家の婿になる覚悟があったのか、知る為には。
「私はこの一件が解決したら、改めてケインに私を選ぶか問い質します」
フリードは驚いた顔をしましたが、
「私という公爵令嬢の横に立つ覚悟があったのか、その答えで決めます」
公爵令嬢など傲慢なものです。
最終的には私がどうするか決めます。
答え次第ではケインの人生は再び大きく変わるでしょう。
もしも公爵家の婿になる意味を十分に理解せずケインが私に婚約を申し込んでいたとしたら。
ケインは婚約を申し込んだ最初から破滅に向かう片道の馬車に乗っていただけの事。




