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子供のままの婚約者が子供を作ったようです  作者: 夏見颯一


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25/31

25.【上と下】

 夜半、私がノルーン男爵の日記を読んでいると、私の元にケインから手紙が届きました。

 王都内でのやり取りとは言え、暗くなれば使用人が犯罪に巻き込まれる確率が高くなるので、基本的に夜に届く手紙は緊急のものです。


 私が慌てて手紙を確認すると、乾ききらないインクの香りが鼻につきました。


『申し訳ありませんが、しばらく会えません。手紙も難しいです』


 それだけが書いてありました。

 余程何かに焦っていたのか走り書きです。


 何か予期せぬ事が起こったのでしょうか?

 もしかしてグリフィスの件で動きがあったとしたら……。

 私は手紙を持ってきたグリューの顔を見ますが、緩く首を振りました。


「今夜は静かな夜です。早馬の音はこれ1つでした」


 何も起きてはいないのに、ケインは緊急連絡をしたと言う事です。

 私は少し逡巡し、手紙を書きました。


「これをケインに届けて頂戴」


 外の動きがないならマーキス侯爵家内で何かあったと考えるのが妥当でしょう。

 ただ、家庭内だけの話なら婚約者にわざわざ緊急で連絡する必要はなく、私はケインの行動に何か漠然とした不安を感じていました。


『何か私が助けになれるなら、いつでも助力は惜しみません』



 この時、私がもっとケインに寄り添える言葉を用いる事が出来たなら、この後起凝る事になる出来事は何かが違っていたでしょうか?


 未来の後悔を知る術など私は持ち合わせておらず、これが私達の婚約者としての手紙の最後のやり取りとなりました。




 翌朝、ドロリとした気分の悪い眠りから覚めた私は、その時点からあまり気分が思わしくありませんでした。

 思わず体を起こす前にため息が出てしまいます。


 昨夜読み切ったノルーン男爵の日記の内容は、関係者が自ずと口を閉ざす程に気分の悪いものでした。


 身を起こした私はベッドサイドの机の引き出しを確認しました。

 どうやら迷惑な王家の影は完全に姿を消したようで、ノルーン男爵の日記は他の誰の手にも触れられた様子もなく、昨夜と同じ場所と姿で置かれていました。

 警戒ばかりし過ぎて疲れたため息をつきながら、私は引き出しを戻します。


 昨夜の父は明確に言葉にはしませんでしたが、ノルーン男爵の日記を見る事を拒否しておりました。

 様々な企みには強い関心を見せる父が、です。

 一切父が説明しない事もあり、真意を知りたい私は何度も父の出方を探る行動を取ってしまい、最後は執務室に逃げられ立てこもられてしまいました。


 ちょっとしつこかった事自体は私としても反省はしております。

 ただ、娘としては父の関与の程度は知りたかったのです。


 王妃の不自然なまでの情報の抹消には、確実に複数の高位貴族が関わっております。

 公的行事での不在に関しても、父を含めた公爵達が物言う事はなく、あたかも王妃がいない事が当たり前であるような顔をしているので、私もここに至るまで気にした事はありませんでした。


 王の真意が分からないと言いながら王に協力する父は、一体何を考えて何の理由で動いているのでしょう?




「メイヴェナ公爵がお前に会いたいと言ってきた。今日はお前には絶対外せない予定はないな。直ぐに会いに行きなさい」


 朝食が終わる頃、急に父が言い出しました。

 会いたいとは思っていましたが、向こうから会いたいと言われるとは思ってもおりませんでした。


「何故突然メイヴェナ公爵が私に会いたいと?」

「『兎』の件は長らくメイヴェナ公爵も知りたがっていた事だ。朝一番に手紙を送ったら、即座に会いたいと返事が来た。折角だから一番に教えてやれ」


 順番なんて意味があるものではないと私は思うのですが、父が日記を読まなかった理由だけは分かりました。

 取り敢えず、父達には友情っぽいものがあるのでしょうね。


「兄弟の関係する事だからな」





「姉妹の関係する事だからね」


 王妃にはかつて姉がいて、姉を死なせてしまった王がその妹を王妃にした。

 これは、この国で王妃について一番知られた話です。


 私とメイヴェナ公爵夫妻以外、完全に人払いされた部屋で私達は話し合っておりました。


「王妃の姉が死んだ事。直接国王が姉である女性を殺した訳ではない事。後は『兎狩り』の名前だけは知っていたんだよ」


 重要な部分にはしおりを挟んでおいたので、メイヴェナ公爵が日記を読み終えるのはとても早かったです。

 事実を知ったメイヴェナ公爵は、遠い目を王城の方に向けました。


「……これが真相か」


 日記に書いてある事実は、ラビナレットは妹であった王妃……名前も消されてしまった女性に惨殺されたという事でした。



 何処かの侯爵家の庶子であったラビナレットは縁があってとある伯爵家の養女となったそうです。

 優しく美しい女性だったようで、ノルーン男爵の日記にも淡い恋情が伺える記述も見受けられる程、色々な立場の者に慕われていたと書いてありました。

 そして、とある事情で平民に紛れていた貴族を助け、その縁で貴族の上司であった伯爵家よりも高い身分の者と恋に落ちたそう。


 けれど、落ちただけで終わりました。

 互いに身分を理解しており、離れていったそうです。


 では何故その先があったかと言えば、伯爵家にはもう1人養女がいたからです。

 それがラビナレットの妹です。


 とても儚げで繊細な美しさを持っていた彼女は、容姿とは裏腹に同じ養女でも元が庶子であるラビナレットを酷く蔑んでいたようです。

 年老いた伯爵夫妻では彼女を止める事も出来ず、ラビナレットが身分の高い青年と恋に落ちた事を知るやいなや、非常に苛烈な嫌がらせをしたそうです。

 それこそ人を使ってまで、暴力行為もあったようです。

 それを彼女は『兎狩り』と呼んでいたと。


 ノルーン男爵は何度も助けたようですが、ラビナレットに向ける彼女の憎悪は異常なもので、かつてラビナレットに助けて貰った貴族が会いに来るまで、連れ出すまで続いたそうです。



「兄が私に紹介した時に『元は子爵家の庶子でしかない飾りにもならない女だ。道化にするにしても顔も見たくはない』と言い切ったのはこれが理由か……」

「私もその言葉は酷い気がしたのですが、陛下が怒る正当な理由があったのですね……」


 ホーウェン子爵家の庶子だった彼女は、嫁ぐ時まで見下していた姉と同じ庶子だった事を知らなかったと日記にありました。

 当然、姉の思い人が王太子であった事も知らなかった。

 王妃として望まれて迎えに来た貴族に自分の出自を突きつけられ、

「王妃として役に立つ事もないのだから、精々道化として努めるが良い」

 と言われて絶望の顔で引っ張られていったそうです。


 そして、2人の令嬢の人生を滅茶苦茶にした責任を追及され、伯爵家はなくなったと言う事です。


 これらの件に関しては、基本的に伯爵家と、王妃となった女性の讒言に惑わされた一部の下位貴族令息だけの話でした。

 無関係の高位貴族達のほとんどが知る事なく関係者には箝口令がひかれ、事実は伏せられた。



 今現在王妃派だと母が目星を付けている者達が、当時の『兎狩り』に加担していた関係者の血縁である事自体は驚く程の事はありませんでした。

 ですが、真相が暴かれた今、王妃派として何かの利益を得ていると言われていた彼らへの見方は変わってきました。


「メイヴェナ公爵、当時王妃に加担した者達には処分がありましたか?」

「事件はほとんどなかった扱いだ。伯爵家もどちらかと言えば『事故』を追求されただけで、他は誰も処分されていない」


 あの時に処分が出来なかった彼らを陛下は罰する機会を窺っていたのでしょう。

 ばらまかれていたのはあくまでも彼らを破滅させる為だけの擬似餌。

 ホーウェン子爵家のように娘が騙され追い込まれた家もあれば、令嬢達を騙して遊んでいた事を知られて爪弾きになった家も。


 俯くメイヴェナ公爵の手を、メイヴェナ公爵夫人が握りしめます。

 メイヴェナ公爵夫人は本来王妃になる予定でした。


「私が貴方と結婚したかったばかりに……」


 小さくメイヴェナ公爵夫人が呟いた言葉が、メイヴェナ公爵家が真相を伏せていた陛下に従った理由なのでしょう。

 表面上でも互いの利益が一致してたのなら、私はそれを否定する気はありません。


「……これは早くて20年程度で終わり、次は必ずメイヴェナ公爵家から王太子、もしくは王太子妃を出すと確約があった。それで多くの家が沈黙したんだ」


 まあ、王家や当時も一番勢いのあったメイヴェナ公爵家には追従するでしょうね。

 先にちょっと調べてきましたが、ディアーモ公爵家は父ではなく亡くなった祖父の代の話なので、我が家の詳細に辿り着くのは面倒そうです。


 これで大体の流れは分かりました。


 その中で、ちょっとだけ気になった事があります。


「ラビナレット様の生まれの侯爵家は何処か御存知ですか?」

「残念ながら私は知らないな。内々の噂では、何人か候補が挙がっていたけどね」

「参考までに誰でした?」

「……マーキス侯爵だ。今の侯爵の父親だな」


 その名前に、私は何かを言いかけて。


「旦那様! 王城で王太子様が襲われたと!」


 メイヴェナ公爵は扉の外から聞こえた使用人の声に立ち上がりました。


「何だと! 誰に襲われた?」


「王太子の側近の……カルナート・マーキスです!」




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