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子供のままの婚約者が子供を作ったようです  作者: 夏見颯一


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23.【手紙は嘘を、日記は真実を語る】

 罠が仕掛けられた中で、誰もが自分の身を守ろうとしています。

 父やフリード、ケイン、あの方も。当然私も。

 ただ生き残る為だけに、私達はひたすら足掻いているのです。



「あら?」


 私はプライベートな手紙を仕舞っている箱の装飾が変化している事に気付きました。

 勝手に開けた誰かは箱の間に挟んでいた紙は元に戻しても、開けたら動く箱の仕組みには気が付かなかったのね。


「どうされました?」

「私ったらこんな場所に手紙の箱を置いていたかしら?」


 あらかじめ決めてあった言葉なので、ナーシャにはそれで察したようです。


「掃除で移動したのではないでしょうか?」

「そうね。そういう事もあるかも知れないわ」


 控えていたメイド達は誰も反応しませんが、掃除で令嬢の持ち物を元通り片付けられなかったメイドがいた事実に、静かに下がっていきました。

 少し間があって入れ替わりに入ってきたのは、普段は私にはつかない古株のメイド達です。


「メイド長が、不快な思いをさせて申し訳ありません、との事です」


 代表として私に謝罪したメイドは何も知らない方の人間で、本当に掃除の話だと思っているでしょう。

 仕事の出来ないメイド、ではなく仕事に失敗した王家の影にメイド長はどう対応するのかしらね。


 私が手紙の箱を開けると、予想通りいくつかの手紙がなくなっていました。

 何でも取っておく物ですね。

 これで私に届いた偽の手紙は、わざわざ私達が労する必要もなく王家の影が調査してくれるでしょう。


 私の持っている手紙の確認が起こったという事は、あの方が行動を起こされたサインです。

 向こうばかりが計画して、こちらは何の計画も立てられないなんてあり得ませんからね。

 いつかはあの方も自分が王家の影に捕縛される事を見越して、あの方に協力する形で私とルト侯爵家は動いておりました。


 計画通り偽りの手紙の存在をあの方がほのめかしたのなら、手紙の仲介をしていると知られていたルト侯爵家は監視に入っているでしょうね。

 実際には、叔父は手紙の最終経由地でしかないので、いくら探っても何も出て来ないと分かってはいるのですが、王家の影の動きは分からない部分もあるので心配です。


 さあ、フリードは、どう動くかしら?


 流石にここまで来たら、フリードが王家の影に関わっている事には私も気付いています。

 フリードの事は信用も信頼もしておりますが、王家の影はまた別です。

 私が本物の手紙を燃やしている事を知っておきながら、今になって私の手紙を漁るような一部の者達は、特に。

 私達があぶり出したとは言え、そんな行動をしては、更にもう1人は仕える人間がいるって察知されても仕方ない事ね。

 この辺りはフリードに頑張って貰いましょう。


「お嬢様、時間です。慈愛院に行きましょうか」

「そんな時間? なら行きましょうか」


 数日前に立てたスケジュール通り私は慈善活動に向かいます。

 これはフェイクではありません。

 本当に慈善活動としてです。



 その慈愛院には、誰も入っていないのですけどね。


 母が知られていないと言っていた通り、古い建物の一フロアをまるごと使った施設には受付の者が一人いるだけで、利用者は全く見られませんでした。

 私としては慈愛院の為に投入した公的な資金を中抜きする仕組みでも作っているのかと疑っていましたが、


「ここは高位貴族の方々の寄付で成り立っております」


 受付の女性が説明してくれました。

 ここもとある貴族が所有する物件の1つで、維持管理費も全てその貴族が負担しているそうです。

 利用者が現れた際には費用も負担する。


「存在も忘れているのに、よく費用が出せるわね」

「慈善事業は税金の免除がありますから、ここを維持した上で免除額を計算すると収支はプラスになるんですよ」


 運営についてはよくある仕組みでしょう。

 ただ、入れ物を用意したら放置となりやすい仕組みなのが気に入りません。

 現にこの施設も家具はあっても埃まみれ、シーツなどのリネン類もいつ洗ったのかも分からない物が積み重ねてあるだけで、台所には乾燥しきったパンや野菜が転がっている始末。


「……この状態で誰が助かると言うのかしらね?」

「私の図太い姉であっても無理ですね」


 受付の女性、ノルーン男爵令嬢は平民の女性のように笑いました。

 結局一度だって見かけませんでしたが、エリックの妻となった元ノルーン男爵令嬢もこんな感じだったのでしょうか。


 この慈善活動はノルーン男爵令嬢からの連絡で決まりました。

 普通の連絡手段でしたら相手にしませんでしたが、恐ろしく手間のかかった連絡方法に彼女の警戒心を感じ取り、一度だけ会う事にしてみたのです。

 それにしても、誰からも忘れ去られた慈愛院が落ち合う場所なんて、誰への皮肉でしょう。


「それで、私に話というのは?」

「単刀直入に、ホーウェン子爵令嬢の産んだ子供は誰の子でしたか?」


 誰、と聞かれても分かっているのは第2王子の子ではないと言う事だけです。


「……それが貴女に何の関係があるのかしら?」

「先日、暴力夫から逃げ出した私の姉のベリーナが、遠くで子供を産みました」


 嘘偽りなど全くないと言わんばかりの強い眼差しでした。

 罰としてディアーモ公爵家から姉がエリックと結婚を強制され地方に送られたと理解した上で、私にその話をしているのでしょう。


「そう。それで?」

「私は子供が姉の夫の子だと思っていたのですが……違っていました」

「え?」


 人生で一番間抜けな声を上げたかも知れません。

 人生を変えたエリックと元ノルーン男爵令嬢との子供が、違う?


「何故、そんな事が分かったの?」

「姉への荷物を纏める際に出てきた日記に書いてありました。『エリックは子供の作り方を知らないから、公爵家の跡継ぎは他で作った』って」


 しばらく私は言葉が出てきませんでした。

 ノルーン男爵令嬢も何とも複雑な顔をして黙っていました。


 リリアナといい、世の中には私の理解の範疇にない方達がたくさんおられるようですね。


 あまりやらないのですが、眉間を指でぐりぐり押しました。


「……赤の他人の子供を公爵家の跡取りに出来ると思った事はもう論外ね。いえ、この話はどの道以前と同じ事でしょう。それで、貴女のお姉さんの子供と、ホーウェン子爵令嬢の子供に何の関連があるの? まさか、同じ父親って言いたい訳ではないわよね」

「それは同じかも知れませんし、そうではないかも知れない」

「どういう事よ?」


 ノルーン男爵令嬢は古びた日記を取り出した。


「ですから取引です。私の姉の子供はエリックとか言う男の子供だった。それを事実として広めて下されば、私は父の日記をお渡しします」


 今でも元ノルーン男爵令嬢の腹にいたのはエリックの子供だと言われているのに、それを更に重ねがけする意味が分かりません。

 そして、その対価がノルーン男爵の日記?


「……取引内容がよく分からないわね」

「姉の子供がエリックの子供でしかなかったら、価値を失うんですよ。事実を知っている姉も助けたいなら、そうするのが一番なんです」

「貴女はお姉さんの子供の父親が誰か知っているの?」

「知りません。知らないから命は狙われないって父が言っておりました」


 ノルーン男爵は何かを知っている?


「どうして……?」

「『兎狩り』」


 その瞬間、窓から人が飛び込んで来ました。

 私が共に連れていた護衛騎士達が即座に切り捨てますが、流石の私は動揺が隠せません。


「窓を開けておいて良かったです。片付けが楽です」

「……そうね」


 ノルーン男爵令嬢は予期していたようです。

 予期していたにしても全く動揺もしていないのは、男爵令嬢とは思えない胆力です。


 護衛騎士達が念のために辺りを警戒しに散りました。

 恐らくあれはノルーン男爵令嬢の監視者で、今はこれ以上襲撃者はいないでしょう。


「さっきの言葉は、何の合い言葉なの?」

「ラビナレットと言う女性がいたそうです。父達の友人だったそうです」


 ラビット? ラビナレット?

 その言葉の組み合わせに嫌な予感がしました。


「王妃様の姉に当たる方だそうです」


 王妃と王妃の姉の事は一切伏せられても、当事者の記録までは完全に消しきる事が出来なかったと言う事です。


「貴女……」

「もしも『知ってしまった』私が死んでも、お願いします」


 ノルーン男爵令嬢の足掻きは家族を守る為でした。

 彼女は父親の日記を読んだのでしょう。

 そして、目を欺く為にも無関係を装う必要があり、ここから出たら私達は一切関係のない人間に戻り、私は彼女に護衛を付ける事は出来ません。


 この取引は、彼女の命が引き換えだったのかと思った私に、


「仮定ですよ。私は死んだ事になりますから」

「えっ……あ……」

「男爵令嬢を舐めないで下さい。平民暮らしなんて簡単ですから」


 にっこりと笑って、


「私だって証人ですよ?」




 そうして別れた後、ノルーン男爵令嬢が事故で亡くなったと噂がありました。

 姉の事が社交界で再び話題になっていますから、妹の事故も話題になりますね。


「お母様、またお茶会ですか?」

「うちが開いている慈愛院よ。受付の子が頑張っているけれど、放置の所為で荒れ具合が酷いのよ」

「あら、私も手伝いに行きましょうか?」

「ふふふ。空いた時にね」


 さて、皮肉たっぷりの場所にいる彼女に辿り着ける人はいるのかしら?




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