22.【誰もが騙されていた】
夕食までまだ少しかかるという事もあり、私とフリードはサロンに移動した。
お菓子や軽食は断りお茶だけ用意して貰うと、1度メイドや侍女にも下がらせた。
「それで、私の許可とは何かしら?」
「ニナリアを借りたくてね。証言の確認は取れたけど、ちょっと顔の確認が出来ないかと思ってね」
意味は分かりますが、私としては賛成はしかねます。
ジロリと睨んで返事をしない私にフリードは、
「大丈夫だよ。ちゃんとしっかりとした護衛をつけるから」
「普通の女性が長距離を何度も移動するのは負担だと言うだけです。フリードはそういう部分は抜けてますね」
あー、と言ってフリードは天を仰ぎました。
往々にして婚約者がいない男性は、女性が体力がない事すら分かっておりません。
「ですが、ニナリアが良いというのなら私も連れ出す事は構いません。ニナリアも気になっているでしょうし」
と、口にした私は、リリアナの事をニナリアに伝えていない事を思い出しました。
会ってから1日程度過ぎたくらいでは、私の中でもリリアナの事は整理出来ておりません。
ただ、一度頭を空っぽにした事で、私がリリアナに会った時の違和感は少し理解出来ました。
「フリード、私はリリアナに騙されているのかしら?」
最初は可哀想な女性だと思いました。
いくら元が罪人であってもあんなおかしな病室に放り込まれ、生まれたばかりの子供から引き離されて……私に話した事も彼女が一方的な被害者だった事実でした。
ですが、気の毒だと思えば思う程、拭いきれない違和感が付きまといました。
意味もなく神殿がこの非道な扱いを容認しているでしょうか?
フリードは軽薄そうな笑みを浮かべております。
「リリアナはどういう様子だった?」
「そうね……静かで、何というか無邪気だったわ。まるで子供。私からすれば……正直質の悪い大人に騙された可哀想な少女に見えたわ」
「なるほど、君にはその手で行ったんだな。哀れんでくれるような、優しくして貰えるような女性を演じたんだろう」
騙されているのではないかと疑ってはいましたが、騙されていた事を知るのはとても不愉快でした。
特に、騙されるような頭の悪い人間と、下に見られていたのが気に入りません。
「私を騙しても意味がないのではなくて?」
「そうでもないだろ。君が高位貴族令嬢だと思ったから、君の同情を買えば病室の外に出して貰えるよう掛け合ってくれると踏んだんだ」
一旦騙されはしたものの私は掛け合わなかったので、ギリギリ良かったと言えるでしょう。
「リリアナの部屋があんな部屋だったのも、騙そうとするのが原因なの?」
「そうだね。あれは外から来る神官を含めた人間の為だよ。目に見えてしっかり隔てられていると、リリアナに騙されたとしても操られない」
あの状態を悪い言い方をすれば『見世物と観客』でしょうか。
私は1回きりの訪問者でしたが、リリアナの世話をする神官達は常に騙されないようにしなくてはいけないと言うのは大変ですね。
「……リリアナが態度を改めるまであの部屋に閉じ込めるのね」
「いや、一生あの部屋だよ。産んだ子供も利用しようとしたからね」
「最低じゃない。先に言ってくれても良かったでしょう?」
「何も知らない君が行ったからこそ、彼女も同情を買う為に必死に情報を話しただろう。まあ、今のところ真偽は分からないけどね」
リリアナが話した事は作り話だった可能性があったなんて、正直腸が煮えくりかえる気持ちです。
公爵令嬢を利用しようとする有象無象への警戒は十分出来ていたと思っていましたが、全然修行が足りなかったようです。
「物凄く質が悪い人間だったのね。ニナリアには何と言って良いか……」
「伝えなくても良いんじゃないかな。妹がどういう人間か、姉のニナリアが一番知っているだろう」
結局、ニナリアが一番正しかった。そう言う事ね。
私は悔しい思いをため息と一緒に吐き出しました。
そして、私の発言は、もう1人の重要な人物の帰還へと繋がりました。
少ない荷物を持ったニナリアは王家の影の用意した隠れ家に移る前に、フリードから質問を許された。
「貴方の目から見て、私の家、ホーウェン子爵家が『その計画』で破滅しなくてはいけなかったと思いますか?」
「いいや。都合が良ければ誰でも良かった。君の家族は条件に当て嵌まっただけだ」
「そうですか。ありがとうございます」
フリードから見てもニナリアは、ホーウェン子爵家の他の家人とは違って貴族としてしっかりとしていた。
事実を知っても取り乱す事もなく、部屋を出て行った。
「とまあ、王都では色々起きてましたよ。貴方は何処まで御存知ですか?」
部屋の奥のソファにぐったりと身を委ねている青年は、静かにフリードを睨み付けていた。
「その仮面は外せば良いだろ。私も王都ではいない事になっている人間だ。いない人間同士遠慮はいらないだろう、フリード兄上」
体のあちこちに包帯を巻いた第2王子であるセルジュは、嘘をつく事を許さないという目を向けていた。
急がせた所為で怪我が悪化していたのだが、それについては文句を言うつもりはないようだ。
「それをいつ知った?」
「随分昔に母が教えてくれた。王位を絶対に狙ってはいけないと」
「ふうん……」
輿入れから20年以上経った今でも周囲を隣国の者で厳重に囲めている側妃の考えは、フリードを持ってしても分かっていなかった。
側妃は王家を非常に警戒しており、恐らくセルジュにも多くを語ってはいない。
「で、王妃を守る者の手に君はやられたと」
「違う。これは父の……王の手の者にやられたんだ。私が抗議しようと王妃の部屋に入った事を知られたんだ」
その言葉を聞いて、フリードの余裕は消失した。
「王妃に会ったのか!?」
「いいや。会えなかった……」
あの日、庶子騒動が王家に知らされた日。
何処からか王太子として不適格と判断されかけていると聞いたバルドルの敵視が酷くなった頃だったので、身に覚えがなかったセルジュは怒りに任せて絶対に行ってはいけないとされていた王妃の部屋に踏み込んだ。
会ってないと聞いたフリードが落胆する中で、
「王妃はとっくの昔に死んでいたんだ!」
埃だらけの荒らされた部屋の中にあったのは、弔われる事もなく放置され続けた王妃の遺体。
それは、明らかに殺された様相を呈していた。
「まさか……裏で暗躍していたと何度も聞いていたぞ!」
「でも現実には死んでいたんだ! 滅多にいないピンクゴールドの髪だぞ! 他に誰がいるんだ? それこそ王妃の姉が生きていてそこで死んだというのか?」
馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるセルジュにしても、長年悩まされていた王妃が実は死んでいたなんて今でも信じられない思いだった。
それこそセルジュにしてもフリードにしても、記憶にある限り陰謀の関係者として何度も王妃の名を聞いてきた。
王だって何度も不在ながらも王妃を労る言葉を口にしていた。
ただ、フリードにはようやく腑に落ちた気持ちがあった。
セルジュの向かいのソファに乱暴に座った。
「どんなに探しても王妃の気配がなかった。確かに死んでいたら何処にも繋がりはしないよな!」
まさか、夫である国王が偽るなんて思いも寄らなかった。
フリードもセルジュも王妃の生存を疑う事もなく、完全に騙されていた。
思わずフリードは頭を掻きむしった。
「……で、王妃の死を知ったお前を父が?」
「しばらく表舞台に出るなと言われて……でも、ヒルダの手紙が来なかったら命を落としていたかもな」
ヒルダの手紙の仲立ちをしていたルト侯爵家の関係者がセルジュを守り、匿い、何とか王城を脱出してルト侯爵家の領地に身を隠していた。
ニナリアを連れていく任務を受けた王家の影がセルジュを見つけたのは、ほんの偶然であった。
「……本当に? ルト侯爵領にずっといた割に、ヒルダへの手紙にあったようにエリックの件はよく知っていたじゃないか」
「そこまで手の内を明かせると思うか? 他ならぬ王家の影に」
セルジュは利き手である右腕をあげた。
そこにも包帯が巻かれ痛々しく血が滲み、少なくとも今は文字を書ける状態には見えなかった。
王城から脱出しても執拗に狙われて続けたセルジュには、怪我が治りきる時間もなく、新たな傷も負い続けていた。
フリードの使う王家の影がセルジュを見つけたのも、偶然襲撃犯に気が付いて後を追ったからに過ぎない。
誰もがそれぞれの思惑で動いている。
王城内には何処に敵が潜んでいるか分からない。
現に、セルジュが王城内で襲われた事では『王家の影』は動く事はなかった。
「国王にも繋がる王家の影の伝えた事が本当だと確信しているのか?」
「……あの手紙は偽物なのか? 本物なのか?」
「さあ? いくら何でも現物がないのに私にはどれの事を言っているのか分からないな。それでも、いくら偽物が混じってもヒルダにだけは本物が分かっている」
個人用の手紙を偽ったとしても。
何の為に?
フリードがセルジュを見据えると、偽るものもないセルジュはまっすぐにフリードの目を見返した。
ただ、傷が響いているのか、呼吸は荒い。
「もう一つ重要な事を伝えておく。バルドルには気を付けろ」
「何?」
現在の問題に関係者ながらも無関係と思っていた名前を出された事に、フリードは疑問しか浮かばなかった。
「……王妃の部屋にあった書き付けだ」
グシャグシャになった紙を取り出してフリードに押しつけた。
セルジュの手は熱を持って熱いくらいだった。
見かねたフリードの従者が近付いた。
「フリード様、流石に……」
「ああ……用意も終わっているなら部屋に運んでくれ」
従者達が熱で意識が朦朧としてきたセルジュを運んでいった。
それを見送ったフリードは渡された紙に目を落とした。
王妃の書き付け?
慎重に紙を広げていった先に。
『バルドルは私の子などではない。王の子ですらない。私を側妃よりも先に子を産んだ実績の為に用意された子供だ。誰かこの罪を暴いて欲しい』
書き付けと言うよりも、遺書だとフリードは思った。
だが、それは今後明らかになっていく真実の一端にしか過ぎなかった。




