21.【彼女の愛する人は】
最近は嫌な事や考える事ばかりが続いていました。
ですが、今後は少しは風向きが変わる事でしょう。
母とのやり取りの後、もしかすると誰よりも真っ黒な父にリリアナから聞き出した問題のある家の報告をすると、
「それらはこちらで潰しておこう」
あっさりと確約して下さいました。
あまりに簡単に父が決めたので、もしかして前々から目を付けていたのかと疑いました。
「御存知でしたか?」
「いいや。令嬢達が小遣い程度を受け取っていた事は知っていたが、それは単に令嬢が金品に目が眩んで自分から罠にかかった認識だった」
普段は他家の失敗は嘲笑うだけの父も、珍しくはっきりと不快感を顔に表していました。
親として疑問のある行動を取っていた当主達が気に入らないのか、見抜けなかった事が面白くないのか。
「そもそも王妃の派閥というものは明確には存在していない。公務をしない王妃には必要ないし、ついても利益らしい利益がないからな。その上で、言うような派閥の者がいたとして今回の騒ぎに絡んで……結局何になる?」
やはり最終的な目的が問題ですよね。
母の言った王妃の派閥は、王妃に発覚した時のリスクを負わせる事はあっても、今のところメリットが全く不明です。
「……私には分かりません」
「私にも分からないな。慈愛院から戻ってきたら聞いてみるとしよう」
どうやら父は本当に母の言っていた『王妃の派閥』に心当たりがないようです。
これもまた、珍しい事です。
それにしても、先程の母の口ぶりからすると、どうもかなり前から王妃を嫌っている様子でした。
私もあの方の事があり王妃の存在は嫌いですが、近年は前にも増して名前も聞く事もなくなっております。
「お母様は、どうして王妃様を嫌っておられるのでしょう?」
「寧ろ好きになる部分がないからだろう。周囲からお膳立てされて王妃となった後も用意して貰えるのを待つだけの人間だ。それがこの国の女性のトップに立っているのだぞ」
言われてみれば当たり前の話でしたので、父もあっさりと教えて下さいました。
表向きには本当に何もしない王妃です。
そう言えば、母は『側妃様の功績を自分のものとした』とも言っていた事を思い出しました。
ただでなくても隣国の王女を差し置いて王妃となったのに、功績まで奪うなんて許されるものなのでしょうか?
「王妃は……伯爵令嬢がどうして王妃になれたのでしょう?」
事実として王妃の出自は広く知られております。
逆に言えば、他の事が全く話題になる事もなく、その事実だけがぽつんとあるだけなのです。
父は王城の方向を向いて皮肉げに口の端を歪めました。
「それは何処を調べても出て来ない事だ。隠蔽されてどの公爵家も口を閉ざしているが、国王は伯爵令嬢の姉を殺した。その贖罪で妹を王妃にしたのだ」
気分転換がしたくなりました。
私はもうややこしい話など聞いていたくはありません。
今日の残りの予定は全てキャンセルして、私は待ちに出かけました。
美味しそうなお菓子、綺麗な小箱、可愛い髪飾り……心を癒やしてくれる物を求め、ナーシャを連れていくつもの店を見て回ります。
「久し振りですね」
「そうね。ここ最近は買い物って気分にならなかったから」
以前見た季節商品は店頭からすっかり姿を消しており、次の次の季節の物が早々とショーウインドウに飾られていました。
店主の気の早さに私は笑みがこぼれました。
「お嬢様、新作が出ているみたいですよ!」
「え! どれ!?」
本当に頭を空っぽにしてナーシャと買い物を楽しむのは本当に久し振りで、楽しい時間でした。
あれこれ足を使って見て回ると、外商に持ってきて貰うよりも遙かにどれも輝いていて、見ているだけでも心が浮き立ちました。
やがて日が傾き始め、名残惜しいですが帰らなければならなくなりました。
待たせておいた馬車に乗り込もうとすると、ディアーモ公爵家の馬車の後ろにもう一台の馬車が止まりました。
「あら?」
止まった馬車に掲げられていた紋章はメイヴェナ公爵家のものでした。
思わず私が近付くと、馬車の扉が中から開きました。
「ヒルダ。ここで会えるなんて思わなかったわ」
丁度ソルシアーナの王城からの帰り道だったようです。
ソルシアーナにはほんの少し疲れが浮かんでいましたが、私に微笑んで、
「折角だから私の馬車に乗って頂戴。その間、一緒にお喋りしましょう」
折角の友人の誘いに私は当然頷きました。
ディアーモ公爵家の馬車にはナーシャが乗って、護衛騎士達も先に帰らせました。
私達は少しだけ遠回りの道を行きながら、他愛のないお喋りを楽しみました。
ソルシアーナには聞きたい事は色々ありますが、それを聞いては次期王妃として既に動いているソルシアーナにとって息抜きとはなりませんし、私も楽しくはありません。
なるべく私は楽しい話題を、結局はケインとの話をしました。
「ふふ……マーキス侯爵令息とは上手くやっているようね」
「ええ! また絵画鑑賞に一緒に行こうって約束したのよ」
エリックが婚約者だった時には私の希望は一切通りませんでした。
例えエリックの方が言い出して出かける事になっても、その日のエリックの気分で何度となく取りやめとなりました。
その頃を考えると、ケインとの婚約は楽しくて楽しくて、幸せで……。
ただ、心の奥に少しだけ……。
話している内にあっという間にディアーモ公爵家の前に着いてしまいました。
「遅かったね」
馬車を降りた私に真っ先に近付いてきたのはフリードでした。
昔からフリードはディアーモ公爵家によく来ているのですが、今まで外出した私をわざわざ外で待っていた事はありません。
とても不思議に思いました。
「あら? 約束はなかったと思うのだけど?」
「君の許可が欲しい事があってね」
何かあったかしら?
私が首を傾げる後ろで、
「お久し振りです。リーノ伯爵」
「メイヴェナ公爵令嬢も変わりないようで」
ソルシアーナの挨拶に、フリードは笑顔で答えました。
それだけです。
少しだけ間があり、馬車の扉が閉められました。
「……ご機嫌よう」
窓からその一言だけが聞こえました。
それだけでした。
不意に傍観者となった私は、この空気に何も言えませんでした。
去って行くメイヴェナ公爵家の馬車を私達は見つめながら、
「フリード?」
「聞かない事も淑女のマナーだと思うよ」
それ以前に、言っても仕方ない事でしょうに。
私が屋敷の中に入ると、馬車が見えなくなってからフリードも入ってきました。
そう言えば、フリードには婚約者がいません。
ソルシアーナの婚約者が問題があるバルドルで、今後婚約を解消したとしても、ソルシアーナは次期王妃と決まっております。
貴族は好き同士で結婚出来るものではありません。
それは今この瞬間だけ、とても悲しい事だと思いました。




