20.【鏡像の罪】
世の中に全く罪を犯していない聖人君子などどれくらいいるでしょうか?
東方の一部では、母親に生んで貰う時に痛みを与えた事さえ罪と数えると聞きます。
そこまでを罪とするのは私はどうだろうと思いますが、大なり小なり人間は罪を抱えて生きているものです。
ただ、罪人と私達を分けるとしたら、その罪が明らかになって裁かれたかどうかでしょう。
貴族当主達が家を維持する為にしていた悍ましい行いを、誰に伝えるべきでしょうか?
最初は父に相談するつもりでしたが、フリードから頼まれた先で知った事なのでフリードに伝える方が筋なのか、私は迷ってしまいました。
家に帰った私は、取り敢えず情報を整理する為に紙に書き出そうかと思いながら、自室に向かって歩いていました。
「あら? 神殿からもう帰ったの」
屋敷が広いとは言え、家族が日常的に使う場所自体は広くなく、丁度資料室から出てきた母と顔を合わせました。
「ええ。時間はかからなかったので」
「ふうん。出産直後の女性は体力が落ちているのよ。ちゃんと気を配った?」
「ああ……向こうが寝てしまいましたので、静かに出てきました」
私は何も言っていないのに、母は誰と会っていたのか分かっているようです。
勘でしょうか。情報でしょうか。
「……何だか貴女、顔色が優れないわね。何かあったの?」
「父に相談しようかと……」
「あの令嬢の問題? 相談するような話はあったとは思えないんだけど、本当に何があったの?」
「えーと……」
私は困り果てたが、母は私を離さなかった。
「今ちょっと時間が空いてるの。私の部屋で聞かせてね」
強引に私は母の自室に連れ込まれました。
後で聞いた所、母の勘が働いたと言う事です。
私はリリアナから聞いた、貴族当主達の非道を話すしかありませんでした。
元々口止めはされていない話ですが、あまりたくさんの人に話すべき事ではないので母に話すのも少し躊躇いました。
一通り私の話を聞いた母は、
「その不適格当主達の事はお父様に相談すると良いわ。普通に虐待ですもの。王家も犠牲となった人数が多ければ動くでしょう」
余程プライベートな家の問題は、通常王家も介入しません。
ですが、あまりに酷い場合は秩序を乱すとして王家が騎士団を動かします。
ただ、これで犠牲者が救われると喜べないのが難しい所です。
犠牲となった女性達の失ったものはあまりに大きい。
「ねぇ、貴女はこの問題が誰が一番悪かったか分かる?」
急に母が質問してきたので、私は首を傾げました。
「勿論、当主でしょう? 貴族として家を維持出来ず、娘に犠牲を敷いた」
「ふふふ。それも正しいけれど、私はホーウェン子爵夫人が子爵よりも罪深いと思うのよ」
「え?」
確か、ホーウェン子爵夫人は状況に泣くばかりだったと聞いた気がします。
だけど、爵位を持っている者とたかが伴侶では、明らかに出来る事に差があり、ホーウェン子爵夫人が泣くしかなかったのは……ホーウェン子爵家周りの状況からすればおかしくはなかったような。
私はもう一度首を傾げました。
「貴女は慈愛院を知らないのね?」
慈愛院は王妃の施策として経済的に困窮している者達に食事や寝る場所を与え、病気の治療も受けさせて貰える、最後の逃げ場と言われております。
王都にも数カ所あると私も耳にしましたが、何処にあるのかは知りません。
「あそこは貴族は入れないでしょう?」
「貴族の夫人と子供が逃げ込む場所として設置された場所なのに? 作った時に王家は大々的に発表したのに、10年程度で人から忘れ去られるなんてねぇ」
「でも、困窮って……」
「貴族夫人なんてね、稼ぐ手段なんて持ち合わせていないもの。夫が先に亡くなった場合や、ホーウェン子爵家のように家が立ち行かなくなった貴族の夫人と子供を守る為に作られたの。何処かに売られる前に逃げ込むようにと」
ここまで言われれば、流石に私でも分かります。
「ホーウェン子爵夫人は娘達を連れて慈愛院に逃げ込めば良かった、と言う事ですね」
「そう。娘の身も自分の身も守る為に行けば良かった。そうすれば、家に多少調査が入るとは言え、家の再建の補助も受けられたの」
「そんな話、聞いた事がありません! 本当にあるのですか?」
「私も慈愛院の関係者なのよ。利用してくれなくて寂しい思いをしているわ」
公爵夫人ともなると、下位貴族にはない色々な義務が生じるとよく母は口にしていました。
その義務の1つという事でしょうか。
物凄く手厚い生活保障が現実に存在していた事に、私は驚きを隠せません。
「……ホーウェン子爵夫人は知らなかったのでは?」
「だから、王家が大々的に宣伝したって言ったでしょう。王妃肝いりの、特別な制度なのよ」
この国の王妃はとても影が薄い方です。
公式行事にもほとんど現れず、王妃の政策を私は1度たりとも耳にした事がありませんでした。
今では王太子バルドルの実母と語られる程度の方となっていました。
それは、側妃様に関しても似たような状況です。
「そうねぇ。さっき貴女が言っていた当主達だけど、全員王妃の派閥よね」
「まさか?」
そっちが本命だったのかと焦る私に母は、
「絶対に寄親に忠告させなかったなんて気分悪いわよね。流石、王妃になれない身でありながら椅子に座り続ける女の考える事は理解出来ないわ」
バルドルが王妃から生まれたとしても王太子の座は確定ではなかった理由が、母親である王妃の出自でした。
王妃は生まれは伯爵家。公爵家には軒並み断られる中、何とか侯爵家の養女となり、王妃となったと言われております。
王女であった側妃様が国王の弟王子の妻になれなかったのは、この王妃の身分が問題でした。
側妃となる前の王女は、王妃よりも元の身分が高く能力も高い女性でした。弟王子と結婚すれば多方面から弟王子を国王に推す声が出るとの懸念から、強引に側妃とされました。
「ふふふ……側妃様の功績を自分の名前に変えるくらいですもの。自分の派閥の人間にどれだけ美味しい餌をばらまいているんだか」
犠牲になったのも、恐らく美味しい部分を食べたのも、全部王妃の派閥の者。
身を切り崩しているようで、自分を支えなくなった家を切り離しただけ。
慈愛院に逃げ込んだとしても、助けたのは王妃となる。
全てが繋がった私は背筋が寒くなりました。
母は笑っています。
「ねぇ、女の敵は女なのよ? それを踏まえて、誰が悪かったと思う?」
それは誘導です。
ですが、私は結論を否定する材料がありませんでした。
「一番悪いのは、王妃様です」
第2王子殿下に庶子問題を起こさせても、一番得をする。
けれど、
「碌に教育を受けていない王妃が考える事じゃないわ。誰かが作った計画ね。でも、計画は作っただけ」
起きている事件の細部は所々杜撰です。
私も色々不思議に思っておりました。
計画を立てた者と、実行者は完全に分かれているのかも知れません。
「……場合によっては、王妃様も計画のただの駒ではないでしょうか?」
私の言葉を母は否定しません。
この問題が行き着く先は、未だ不透明なまま。
「駒にしても愚かね。自分が利用されたように、下位貴族を利用してはね」
何も出来ない王妃に代わり、誰が王妃の執務をこなしているでしょうか?
当然、王妃の実家関係の者達です。
「ふふふ……ばっかじゃないの!」
それは、母もこの一連の話を今気付いたからでしょう。
母は自分も踊らされてしまった事に怒り心頭の様子でした。
「……慈愛院を見直しに行きます」
「それは王妃の功績になるのでは?」
立ち上がった母は、
「元は側妃様のお考えになった制度が正しく機能すれば、あの女近辺の企みは潰れます。私は私の出来る事をします。貴女も自分のやるべき事をやりなさい」
そう言って母は出かけていきました。
王妃……バルドルの母にして、側妃様から表舞台を取り上げた存在。
表に出ないのはあまり優秀ではないからと聞きますし、病弱だとも聞きますが、それは大事な事ではありません。
「あの方の命を狙う存在……」
バルドルの王太子が仮だから。
側妃の子供だから。
監禁されているとされている第2王子殿下は、身を隠されています。




