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子供のままの婚約者が子供を作ったようです  作者: 夏見颯一


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19.【罪は棘の如く】


 取引は信用のおける相手とするものです。

 そして、何処かの誰かとは違って、きちんと内容を確認し納得する事。

 私はフリードと取引する事にして、神殿を訪ねる事にしました。



 フリードが言うには、ニナリアの妹は既に子を産んでいるそうです。


 神殿でフリードの名を告げると、私だけが本来は入れない神殿の奥まった場所にある建物に案内されました。

 そこに至るまでの厳重な検査は、王城顔負けのものです。


「ここまでする必要が?」

「ここはありとあらゆる人間が神の慈悲に縋る場所。そんな中でも王侯貴族は自分の損得で人から命を奪いますよ」


 私の質問は愚問でした。

 そもそも私もニナリアを狙う者から逃がす為に色々していたのですから、居場所が固定されているニナリアの妹は生きていては困る者達から守る為に厳重な守りが当然必要です。


「あまり刺激はされませんようにお願いします。尤も……貴女は尋問官ではありませんから、大丈夫でしょうね」


 流石に尋問官と比較される日が来るとは思わなかったわ。

 最近得がたい経験ばかりしているので、いい加減落ち着きたいものです。


 他に通りかかる者の姿もなく、冷たい静かな廊下を歩きながら、担当の神官の方がニナリアの妹達の事を説明して下さいました。


 今後出自を辿られないようにする為に、何日に生まれたのかも含めて何もかも外部の人間である私には教えられないそうです。

 そして、罪人として一生を神殿に閉じ込められるニナリアの妹が情を持たないようにする為に、子供には名前を付ける事も許されないと言う事です。


「……神殿から離れられなければ、子供は自分の置かれている立場に気が付くのではないでしょうか?」

「罪人の子供を神殿が保護するのはそれ程珍しい事ではありません。それに神殿の外に出て孤児がどう生きるというのです? 貴女が思うよりも、一生パンが保障された子供は幸せでしょうね」


 貴族の甘い考えを指摘されたようで、私は黙り込むしかありません。

 神殿の中と限定されていても、罪の子として蔑まれる事もなく一生生活出来るなら、決して不幸な事ではないでしょう。


「さあ、ここがリリアナさんの病室です。私は外におりますので、何かあったら声をかけて下さい」


 病室の前に何故か控え室があり、そこで担当の神官は待機するようです。


「いいのですか。私と彼女と2人きりで」

「プライベートなやり取りについて、我々は興味を持ってはいけないのですよ。リリアナさんも退院と同時に名前も変わり他人として生きていきます。私達はリリアナさんについて記憶も記録も可能な限り残してはいけないのですよ」


 悲しいかな、守る為にはそこまでしなくてはいけないと言う事でしょう。

 互いに情を持たないようにする事も守る為。


 私が意を決して扉を開けると、中では更に部屋が2つに分かれており、中央の壁にある窓の向こう側に女性が1人、ベッドに腰掛けていらっしゃいました。

 見た事もない部屋の造りでしたので、私としても真っ先に驚きで立ち尽くしてしまいました。

 これはまるで……。


「ええっと……?」


 戸惑う私に、ベッドに腰掛けていた女性が首を傾げました。


「どうしたの? 部屋に驚いたの? ここは産んだ子供と引き離された親専用の部屋だって」

「こんな場所が?」

「情を持ってはいけないから。産んだ事も忘れなさいって」


 受け答えは思ったよりもしっかりしているのですが、何処か夢見がちな印象を受ける、女性と言うより少女がニナリアの妹であるリリアナなのでしょう。


 質の悪い貴族令息達と一緒にいた時のような派手な化粧がなく、素顔はニナリアによく似た顔立ちをしておりました。


「私は……」

「名前は聞かない。覚えてはいけないの」


 あまり入る者もいなければ来客も居ない場所なので、恐らく神官の方は私に説明するのを忘れたのでしょう。

 事情は分かっているので私も名乗るのは止めました。


 ニナリアの証言から浮上した人物を確認する取引として、フリードから私が頼まれたのは、リリアナの様子を見に行く事だけでした。

 これに一体何の意味があるのでしょうか?

 取り敢えず、私は興味を引きそうな話をする事にしました。


「ホーウェン子爵家がどうなったのか御存知?」

「知ってる。誰も家からいなくなったから、私はここに連れてこられたの」

「……他の家族は知らないけれど、貴女のお姉さんは生きているわ」

「ふうん。それで?」


 リリアナは微笑んで首を傾げるだけ。

 ガラスのような目には何の感情も浮かんでおりませんでした。


 何というか……。

 家族の事を口にしたらもう少し大きな反応があると思っていましたけど、全体的に関心というものが薄いのかしら?

 それとも、本心から家族に興味がないのかも知れません。


「他は? 聞きたい事はもうないの?」


 質問を強請る姿は子供のようにあどけなく、そして危うさが見え隠れしておりました。

 私としてはリリアナは今まで会った事のないタイプの女性で、どう会話を続ければ良いのか迷います。


「そう言えば、貴女の子供はいないようだけど?」


 窓から見えるリリアナの部屋には、リリアナが使うベッドと水差しの乗った小さな机があるだけで、ベビーベッドは見当たりません。


「いない。産んだら直ぐに連れて行かれたの。あれから会ってない」

「そんな……」


 神殿が情を持たせないようにしている事は私も理解はしましたが、産んで直ぐに母と子を引き離さなくても良いような気がしました。

 それも満ち足りた生活をしていた貴族としての甘さでしょうか?

 悲しみと怒りを覚えた私に、


「いいの。私は罪を犯した。どうせ家族の誰にも会えないでしょ。あの子も同じ」


 冷静にリリアナは現状を受け止めていました。

 夢見がちは印象でしかなく、目はきちんと現実を捉えているようです。


 ニナリアから聞いていたリリアナは、もっと自分の欲に素直で、騙されている事には全く気付かない愚かな女性でした。

 実際に会ってみたリリアナは、私にはそこまで愚かしくはないように思えます。


 じっとリリアナを見ると、キョトンとした顔をしました。

 こう言っては何ですが……エリックに近い、ある種の子供のような。


「ふふっ。どうしたの? もう聞きたい事ないの?」


 こんな観察室のような病室に一人きりで押し込められているリリアナは、誰かと会話するのに飢えていたのでしょうね。

 しきりに私に他に質問はないのか聞いてきます。

 状況的にリリアナはもっと心を閉ざした感じだと思っていたので、私は何の質問の準備もしていませんでした。


 困りながらちょっとだけ私は考え込んだ後、


「貴女はどうして、自分の子を第2王子の子だと偽ったの?」


 はっきりと問い質してみる事にしました。

 次回の機会などあり得ませんし、この際ですから聞いておこうと思ったのです。


 姉であるニナリアはリリアナが「周りが言うんだから、第2王子の子だ」と言っていたと証言しましたが、先程からの私とのやり取りは端的で、ぼんやり騙されているようには思えませんでした。

 ニナリアを疑うわけではありませんが、情報の点と点を結んで出てくる形は、結んだ点が正しい時にしか意味はありません。姉としてリリアナを知り過ぎたニナリアには先入観もあります。

 現に、話を聞いた時もニナリアは『多分』と言っておりました。


 リリアナはふわっと笑いました。


「だって、そう望まれたから」


 望まれたリリアナには、偽る事に罪の意識などなかったのでしょう。

 とても恐ろしい事です。

 『周りが言った』は『周りが望んだ』の意味だったのですね。言葉はとても難しいものです。

 偽る事を望まれたと言う事は、ニナリアとはまた違う事をリリアナも当然男達から吹き込まれていたと言う事ですね。

 怖い事です。


「……望まれたからと言って、どうして、こんな事をしたの?」

「だって、お金をくれるから。お金があれば、お父さん達が喜ぶし」


 そう。

 そう言う事。

 血の気が引いたのは一瞬で、私はかつてない怒りで血が沸騰しそうです。


 ニナリアの前では被害者ぶっていたらしいホーウェン子爵は、貴族として何一つ稼ぐ事も出来ていなかったのに、一家は一応食べる事が出来ていた。私だっておかしいだとか、不思議だと思ってはいました。

 ただ、最低限親としての心は持っていると、私は信じてしまった。


 とても、気分の悪い絡繰りです。

 生きていく為だったとは言え、それが正しい事とは思えません。


 リリアナは隔離されているとはいえ、何からも守られた場所で無邪気に笑っています。


「他にも何人もいたの」

「え?」

「泣いている子もいたけど。笑っている子もいた」

「あの……それは……」

「だって、皆家族が喜んだから」


 尋問官と違って私が同年代の令嬢という事もあるのでしょうか。

 リリアナは令嬢達の何気ないお喋りのように、多分フリードが知りたがっていた話を簡単に話します。

 それ自体はいいのです。いいのですが、私は内容が気に入りません。


「……家族が喜んだのね? 名前は分かる?」


 私が笑いかけると、リリアナは嬉しそうにします。

 それが私には堪らなく悲しかった。


 リリアナの挙げた名前は複数で、どれも貴族としては後のない家だと言われている家名でした。

 貴族として生きる為の微々たる金が欲しさに、貴族として何処かの家に嫁がせるべき娘を売らなくてはいけないのなら、既に彼らは貴族の資格など失っているという事です。

 ここら辺のお掃除は父に言うべきでしょうか?


 私が他にも犠牲者らしき女性達の話を聞いていると、リリアナは大きな欠伸をしました。


「そろそろ眠いかも」

「……色々と教えて下さり、ありがとうございます」


 礼儀も何もなく、私の礼を聞き終わる前にリリアナはベッドに潜り込んでいきました。

 これには私も笑うしかありません。

 出産後間もない時期だったので、リリアナには体力がなかったのかも知れません。

 ただ、ちょっとだけリリアナの言動に引っかかるものがありました。


 本当に眠ってしまったリリアナを起こさないよう、私は静かに部屋の外に出ました。


 控え室で待っていた神官の方は本を読んでおりました。

 どれ程時間がかかるか分からない会話の終了を待つのは退屈でしょうから、それは仕方ありませんね。

 私は神官が慌てて閉じた本のタイトルを目だけで確認しました。

 ただ、神官の方は私を丸きり警戒していないようでした。


「折角なら子供にも会われますか?」

「宜しいのですか?」

「貴女がここに来られるのも、これっきりですから」


 一度きりというのは、都合の良い時もあるのですね。

 私は申し訳なさを感じつつもリリアナの産んだ赤子に会った後、帰宅しました。






 部屋に戻ろうとしたケインを待っていたのは、しばらく会っていなかった長兄のグリフィスだった。


「元気そうだね」


 思わず警戒から体を硬くしたケインを、グリフィスは笑い飛ばした。


「兄弟なんだから、そこまで警戒しなくても」


 睨み付けるケインにグリフィスは悠々と、


「ああでも、何かディアーモ公爵令嬢から聞いたのかな?」

「グリフィス兄さん!」


 叫ぶようなケインの声に、グリフィスは笑うだけだった。

 ケインが聞かされていたのは疑いだけだったが、第2王子の庶子騒動にも関わっているとされるグリフィスを心から心配もしていた。

 グリフィスだってケインの兄だった。


「兄さん、何故?」

「何故って聞かれてもね……必要だったからに決まっているだろ」

「何の必要があるんだよ!」


 ケインが掴みかかろうとすると、ひらりとグリフィスは躱した。

 身長はケインの方が高いが、身体能力はグリフィスの方が高かった。


「お前には分からないよ。でもね……」


 グリフィスの冷たい目がケインを見据えた。


「罪人の弟のお前が、ディアーモ公爵令嬢の婚約者に相応しいと思っているのか?」




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