16.【誰を助ける為の裏取引】
夜の闇の中、オルゴールの音色がゆったりと響き渡ります。
私が昔から寝付けない時はオルゴールを聞く習慣があるので、寝ずの番をしている侍女は見に来る事はありません。
貴族令嬢が持つ物としては装飾が少ないオルゴールは幼少期の、エリックと会うまでの幸せだった頃の思い出です。
入れ替わりにあの方のもとに行ったオルゴールは、このオルゴールのように持ち主を癒やしているでしょうか?
ベッドに横になりながら、私は王城でカルナートから聞かされた言葉を考えていました。
幼い頃にグリフィスと会った事がある?
マーキス侯爵家はディアーモ公爵とは派閥が違うので子供同士の顔合わせに同席はしていなかった筈です。
いえ、単純にグリフィス以外のマーキス侯爵家全員が、カルナートでさえも顔合わせで私に初めて会うと言っていたので、きちんと会った事はないと言う事でしょう。
何処かで私を見かけた?
見かけただけなら、私の記憶に残っていないのは当然でしょう。
ほんの少し見かけた令嬢を哀れんで助けたかった少年がいたなんて、私の周りの誰に聞いても分からない事です。
ケインの婚約者となった私を見たくなかった。
それは、この一連の計画で私の破滅や不幸を望んでいた訳ではないと言う事でしょうか。
王家主催の夜会は年に数度あります。
ケインが婚約者になってから初めての王家主催の夜会で、私は初めてまともなエスコートで夜会に参加する事が出来ました。
「良かったじゃない。あれでは心配していたのよ」
数少ない友人達には素直に祝福されました。
こんなに楽しい夜会は初めてで、ようやく私も普通に婚約したのだと幸せを噛みしめておりました。
その幸せは錯覚ではなく、本心だったのに。
「ディアーモ公爵令嬢、婚約は取り敢えずおめでとうと言わせて貰うよ」
王家への挨拶で含みのある言葉を私に投げつけたのは、第1王子で王太子殿下でもあるバルドルでした。
バルドルとは公爵令嬢として何度か会った事がある程度で、年が離れている事もあり親しい関係ではありません。
ただ、王家の関係者で私と第2王子殿下の事を知っている、数少ない人物であります。
「前リーノ伯爵の下の令息も、婿入りしようとする身でよくもまあ子供を作ってくれたものだよ。なあ、ディアーモ公爵」
「過ぎた事でございます」
「そうだね。あんなのとは婚約出来なくて僥倖だった」
夜会の前の挨拶でここまで言う事かしらと、私はバルドルと父のやり取りを黙って見つめていました。
もしかして……エリックの一件は父が手引きしたと疑われているのでしょうか?
策士と言われる父ならば疑われるのは仕方ないでしょうが、エリックが子供の件を告白した時の剣幕を考えるとあり得ない想像です。
「殿下のお力添えでより良き婿が来てくれる事になり、私は感謝しております」
「ふふふ。大した事はしていないよ」
……父は兎も角、バルドルが砕けた口調なのが気になりました。
確か前回はバルドルも敬語だった筈です。
ですが、理由を直ぐに尋ねられる状況ではなく、私は挨拶が終わった両親に連れられて王族達の前から離れました。
去って行く私を、張り付けた笑顔のバルドルの目が少しだけ追っていたのは気付いたのですが、理由が分からず戸惑うだけでした。
ケインが私を迎えに来ると、両親は足取り軽やかに普段は領地にいて会えない友人の元へ向かっていきました。
「浮かれているわね」
「私の目にはそう見えないね。家族だから分かるのかな?」
私達は仲の良い家族とは言えないので、どうなんでしょうね。
向こうも私の事を何処まで理解しているのか。
それを考えると自然にため息が出てきます。
「友人に紹介しても良いかしら?」
「紹介して貰えるなら光栄だ。私の方も友人を紹介しよう」
途中、ケインの叔父である子爵から子爵夫人達が行方不明となっていて手がかりがないかと聞かれたりもしましたが、概ね楽しい夜会でした。
友人と談笑するケインと少し離れると、
「メイヴェナ公爵令嬢がお呼びです」
この流れだと結局は誰が待っているのか分かりますよね。
1人だと行かないと呼びに来た侍女に渋っていると、
「ヒルダ、どうしたんだ?」
通りかかったフリードが声をかけてきたので、
「フリードも一緒で良いですよね?」
「……分かりました」
待っているのがバルドルだと分かっていて1人で行くわけがありません。
向こうが気を付けても、誰の目があって誰が何を言うか、分かったものではありません。
私は醜聞が面倒なんですよ!
「ふふふ……何をしているんだか」
「巻き込んで申し訳ありませんが、しばらくお付き合い下さいませ」
当然、この時の私は何もかもを理解していてフリードが声をかけてきた事も、呼びに来た王家の影でもある侍女がよりによって仕掛け側を助っ人にしたと呆れていた事も知りません。
尤も、フリードも王家の影も、バルドルだって私と敵対しているわけではなかったので、問題はなかったのですが。
部屋で待っていたバルドルは、私が連れてきたフリードを見ると、笑顔を一変させて非常に嫌そうな顔をしました。
「従兄弟ですが何か?」
「そう言えばそうだったな……」
対照的にフリードは何故か物凄く笑顔だった。
「密会ですか? なるほど、結婚前に女性と関係を持ちたいなど私の愚弟と全くそっくり同じで双子のようですね」
「止めろ!」
知り合い、なのでしょうか?
前リーノ伯爵が王家に度々呼び出されていたので、フリードとバルドルは面識があってもおかしくないかもしれません。
「殿下、大声で叫ぶと人が来ます。声は抑えめで、手早く用事をお話し下さい」
「……従兄弟同士って似るのか? まあ、いい。ディアーモ公爵令嬢、私と一つ取引をしないか?」
「お断りです」
言葉を発しようとした姿のままバルドルが固まりました。
私の返答が余程想定外だったのでしょう。
ですが、私としては第1王子殿下であるバルドルとは関係が薄く、これからも疎遠であり続けたい気持ちがありました。
「私、これと言って親しくもありません第1王子殿下に借りを作る事が甚だ不本意で御座いまして……」
「私の立場を知っているから警戒するのは分かる。だが、どう考えても私は令嬢の敵ではない」
言うのは簡単です。
第1王子殿下は我が国の貴族出身の王妃から生まれた王子。
第2王子殿下は隣国の王女であった側妃から生まれた王子。
普通に考えれば既に王太子と決まった第1王子が順当に王になるべきなのですが、側妃様が自分の子である第2王子に自分の国の王女を娶らせようとした事が問題となっていました。
私にとってはバルドルは敵ではないと分かっていても、第2王子殿下からすれば違います。
第2王子殿下が失脚して一番得をするのは、王太子の地位を盤石に出来るバルドル陣営です。
グリフィスが警戒されているとは言え、やはり何処かの時点でバルドルが関わっているのではないか、私はそう疑ってしまうのです。
「いやいや、敵ではないって。君が弟を得るのなら、弟は臣籍降下だ。私達にしてもそれで十分なんだよ」
「……そうですか」
「おおう。笑顔で信じていない顔をされるのは、結構辛いな。これは私達どちらにも得となる筈なんだよ」
そう仰っても、それこそ、
「今更?」
ケインと婚約した事を祝ったのは、誰でもないバルドルです。
この取引に第2王子殿下が関係するにしても、今更です。
「今更かな? だって、ケインはグリフィスの弟だろう? 身内が不祥事を起こしてディアーモ公爵令嬢の婚約者であり続けるのはおかしいだろう? だから、私は『取り合えず』と言ったじゃないか」




