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子供のままの婚約者が子供を作ったようです  作者: 夏見颯一


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15/31

15.【私の知らない過去の事(主人公以外の視点)】


 誰も見ていないと思っていた。

 使用人達は優しいけれど、主である両親の意向には逆らえなかった。


 エリック。

 エリック。

 エリック。


 エリックがいたらエリックばかりが優先されて、我慢を強いられている私を誰も助けてくれない。

 だから、幼い頃の私は泣いてばかりだった。




―10年前―


 カルナートは一緒に弟の誕生日プレゼントを買いに来た兄のグリフィスがじっと店の外を見ている事に気が付いた。


「兄上? 何か珍しいものでもあるの?」

「いや……あそこでずっと泣いている女の子がいるんだ」


 グリフィスの指さす窓の外をカルナートが見ると、反対側の店の前で貴族らしき少女が確かに泣いていた。

 2人からすれば見た事のある女の子ではなかったので、恐らく自分達の家の派閥とは違う家の子だとしか分からなかった。


「どうしたんだろう?」


 近くを見回すと、少し離れた場所に少女の護衛らしき者達がいたのでカルナートはほっとしたが、


「どうして泣いているのに放置しているんだろう?」


 後継として教育の始まっているグリフィスには、女性が泣いているのに誰も気にしない事が納得いかなかった。

 カルナート達に付いてきた侍従達も状況が分からず、何も言えなかった。


 やがて2人の選んだプレゼントを包んで来た店員が、カルナート達が何を見ているのか気が付いて、


「ああ……またですか。可哀想な事ですね」

「知っているのか?」

「あの御令嬢はディアーモ公爵令嬢です。恐らく向かいの店に買い物に来たのでしょうが……」


 そう話している間に店から貴族夫妻と、1人の少年が出てきた。

 少年はプレゼントらしい大きな包みを抱えて嬉しそうに夫妻に話しかけ、夫妻は楽しげに笑って少年を撫でた。

 それは1つの家族のように見えた。


「ディアーモ公爵家には令嬢しかいない筈だ」


 グリフィスは、ディアーモ公爵夫妻が子供のように可愛がる少年と、その後ろで泣きながら歩いている少女を交互に見た。


「……有名な話なんですよ。店に入っても令嬢には何も買わず、あのリーノ伯爵令息にはいくらでも買い与える。私達は一般人ですが、リーノ伯爵令息を令嬢の婿に迎えるつもりだったとしてもあれはないでしょうね」


 流石の事実にカルナートも目を見開き、少年と少女を何度も見返した。


「嘘だろ……」

「信じられない。後を継ぐ実の娘の方にやってこそ意味があるだろう?」


 それがグリフィスの人生で最も衝撃を受けた出来事になった。

 成長と共に忘れ去ってしまったカルナートとは違い、グリフィスはこの日の光景を目に焼き付けた。


「ディアーモ公爵様には何かしら考えがあるのでしょう……」


 子供でもうっかり失言した事を聞かれてはいけない公爵相手だけに、侍従はカルナート達を諫めた。

 けれども、子供であったカルナート達にはそこまでの配慮はまだ持ち合わせていなかった。


「考えって何だ?」


 幸い、店にはディアーモ公爵家に告げ口するような人間はおらず、グリフィスの言葉はただの独り言に終わった。


「考えがあったら許されるのか?」


 娘を冷遇する事に、どんな大義があると言うのか。

 調べたグリフィスが後に辿り着いた真実は実に下らないもので。


「私が後継でなかったら……」


 婚約者を入れ替わる事が出来るのに。

 弟が2人もいるのにどうして後継が替われない。


 その根底にあるのはあの時の令嬢を助けたかった事。

 助けるのは自分である筈だったのに。



 遠くで笑うヒルダは、弟のケインの隣を歩いていた。






 報告を聞いたフリードは笑った。


「へぇ……ヒルダがカルナートを揺さ振ったか」


 王城の廊下での出来事は、当然王家の影が監視していた。

 短い間とは言え、2人が話している間誰も邪魔しないよう通行人を調整したのも王家の影である。


「カルナートは完全に白だな。元々腹芸が出来る性格ではない」


 これでマーキス侯爵家の監視対象は当初のグリフィスだけとなった。


 修道女になったマーキス侯爵夫人は、王家に関わりのない所で事故死をした。

 これもグリフィスの関与が疑われるが……ディアーモ公爵家の関与も捨てきれなかった。


 長年ヒルダよりもエリックを優先してきたディアーモ公爵の動きは、今もって読み切れない。

 娘関連でどのように動くのか、全く積み重ねた情報もないのでどのように動くかは正直王家の影でも分からなかった。


 リーノ伯爵家の業務を手伝って貰う、当主の仕事のやり方を教えて貰うなど色々名目を付けてフリードは公爵と可能な限り一緒にいるのだが、公爵はいつ誰を動かしたのか全く読ませない。

 寧ろ、公爵は自分を通して王家の影の動きを探り、利用しているように思えてきたフリードは、大きく体を震わせた。


「引き続き、ホーウェン子爵令嬢と元ノルーン男爵令嬢を監視しろ」


 王家の影が去ると、その部屋にはフリード1人が残された。

 その手には、ある部署が極秘にやり取りをしていた手紙があった。


『リーノ伯爵の為にエリック・リーノ元伯爵令息の暗殺を提言する』


 これを書いた者は秘密の一端を漏らしたと処分された。

 だが、漏らしたとてほとんどの者が誤読し、真実を読み取れる者はいないだろう。

 似たような手紙を受け取ったヒルダが手紙の送り主が爵位を間違える筈もないと知っていても、リーノ伯爵が前リーノ伯爵の事だと思ってしまう。


 本当のリーノ伯爵であるフリードの為にエリックの死を願われたとは誰も気付かない。


 手紙は暖炉の火の中に消えた。

 これだけでは真実には辿り着けなくとも、フリードとしては探られるのが鬱陶しいので、紛らわしい物など焼却処分が一番だった。


 フリードにしたら、エリックぐらい生きていても構わなかった。

 それが血の繋がらない自分を実子として育ててくれた前リーノ伯爵夫妻への恩返しだと思っていた。



 フリードの母は、間違いなくディアーモ公爵夫人の妹だ。

 けれど、ディアーモ公爵夫人は死んだ妹の子だと格別なものを向けるわけでもなく。

 ルト伯爵に至っては甥だとも知らない。

 フリードは前リーノ伯爵夫人を母と呼ぶ。



 前リーノ伯爵が領地として要所を手に入れたのは、その非凡な才能を買われたからだと、周囲は考えていた。

 だが、ディアーモ公爵だけはそれを信じなかった。

 基本的に善人である前リーノ伯爵は気付けなかったが、絡繰りを探る為に娘の婚約者としてエリックを人質に取りながらフリードにもよくしたディアーモ公爵を、フリードは誰よりも恐れている。

 徐々に知らされているヒルダはまだ違和感を覚えていない。


「……エリックの暗殺を知られたのは失態だったな」


 王家の影を束ねる者の名はまだ、偽りの父の影の下に。


 


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