13.【令嬢は反撃の時を待つ】
普通に考えて、子爵令嬢が王族に接触出来る筈もないのです。
本来だったら子爵令嬢の妄想で失笑されるだけで噂にもならなかった。
なのに子爵令嬢はあっという間に王族のお手つきだとされ、王家がわざわざ調査に乗り出したのです。
この話が出た当時、私は聞きたくないとただ耳を塞いでやり過ごしておりましたので、流れなどについては詳しく記憶にはありません。
ただ、今考えるとおかしい所だらけです。
恐らく当時も多くの人がおかしいと思っていた筈なのに、それでもその不自然さは追究されなかった。
「どうしてそんな話になったと言われましても、私達が気が付いた時にはもう話が広まっておりましたから」
「妹さんから何も聞かなかったの?」
「……あの子は容姿が男受けするでしょう? 下品な服を贈られ着せられて何処かに連れて行かれるなんてよくあったんですよ。両親も私もそれが嫌で妹とは話もしませんでした」
「……止められなかった?」
「無理ですよ。男達はうちより爵位は高い家でしたし、妹も美味しい食事とプレゼントが貰えるって喜んでついて行ってしまいましたから。私は無知な子供を弄んでいるだけだって何度も言いましたけどね」
残念ながら、騎士団が動くのは無理やり連れていった場合です。
もしくは妹さんに婚約者がいたのなら、妹さんを唆したとして彼らの罪を追及出来たのですが、今聞く限りでは妹さんが訴えたとしても交際上のもめ事として罰も受けるかどうか分からないところです。
「その内に第2王子の子を宿したという話が?」
「ええ……でも、妹ではなく他の人から聞いたんです。妹が第2王子の子を宿したんだって」
「妹さんはその時、何と?」
「……周りが言うんだから、第2王子の子だって」
「自分の相手を第2王子だって認識していなかったって事?」
「多分。……恥ずかしい話ですが、妹は以前にずっと暗闇で相手をしているから、誰が誰だか分からないって言ってました」
それって、妹さんは最悪の集団に目を付けられて弄ばれていたんじゃない。
驚きと呆れで私は頭痛を感じました。
ホーウェン子爵家は近年目立った功績もなく、自分達で身の回りの事をしなくてはいけない程の弱小貴族でした。妹さんの事を訴えた後に醜聞に耐える事が出来ないなら、事件など起きていなかった事にしていたのでしょう。
そういう家を探して妹さんを唆した男達の醜悪さに吐き気を覚えます。
「それなのに、貴女の家は第2王子の子だと……」
「その部分は先程申し上げた通りです。気が付いた時には噂が回っていて、妹は王族のお手つき扱いになっていたんです。いつの間にか私達も妹をそう扱うしかなくなっておりました」
今では王家の親戚筋と名乗る図々しい家だと言われているホーウェン子爵家は、始まりからして被害者だったのですね。
元々裕福でもなく、普段社交もしない為に噂への立ち回り方もろくに知らない子爵家です。突如降ってわいた不幸に対してどうしてよいのか分からず失敗と失態を繰り返してしまった事は、ある意味どうしようもなかったと言う事です。
「この話は他ではしたのかしら?」
「王城ではしました。妹の相手が誰だか分からないって私達は訴えました。けれど、王家が妹の子が第2王子の子かもしれないって発表して……それで、周囲が一層盛り上がって」
「待って。王家はそんな事を公表していないわ」
「え。でも……」
「外にいる女性が王族の子を宿している可能性がある時は、家族も誰にも話してはいけないのよ。当然王家も公表しないわ」
「え、そんな! でも確かに私は発表があったと聞きました!」
これは……私も正直、気分が悪いとしか言い様がありません。
ちらりと私が目配せすると、私の護衛騎士達は周囲をより一層警戒してくれました。
何かあるとは思っていましたが、ここまでホーウェン子爵家を陥れる意味は私には分かりません。
私の告げた真実に困惑し挙動不審になっているニナリアに、
「何処まで、何を、誰から聞いたって覚えている?」
「全部ではありませんが……そう言えば私は日記に書いたと思います」
「そう……じゃあ、日記を持って、私と一緒に来てくれる?」
今度は動揺の表情を浮かべたニナリアに、私は笑いかけました。
どんな事情があったにせよ、娘1人だけを追い込む親と、いつまでも騙され続ける妹と一緒にニナリアが泥舟に乗る必要はないでしょう。
ケインは差し出した手を握り返さなかったからニナリアが悪いと言っていたけど、
「でも、私は……」
「公爵令嬢に逆らうの? それに貴女は以前、元婚約者でしかないのに私の婚約者によりを戻したいって、私の婚約に喧嘩を売ったでしょう。あの事を私が許したと思っていたの?」
あの時のニナリアは、追い詰められて視野が狭くなり、ケインと自分だけの問題だと思っていたでしょう。私が直ぐさま追及しなかったのは彼女の立場に少し同情したからですが、なかった事にしたわけではありません。
没落が確定となった事で思考が正常化したニナリアは、今更自分のしでかした事を理解し真っ青になりました。
私が「早く荷物を持ってきなさい」と言うと、自分の身一つで済むのならと慌てて家の中に飛び込んでいった。
「お嬢様……」
やはり待ちきれずに馬車を降りていたナーシャが、何処まで私達の会話を聞いていたのか、心配そうに私に近付いてきました。
「よろしいのですか?」
「いいのよ。ああいう性格の人はね、強引に泥船から降ろさないと必要のない犠牲を払い続けるだけなのよ」
ニナリアが今後どんなに自己犠牲を払ったとしても没落が確定しているホーウェン子爵家は成り立ちません。
当主であるホーウェン子爵の間違いと、母であり女性でありながら妹さんを見て見ぬ振りしたホーウェン子爵夫人と、妹さん自身が無知であり続けた事と……子爵家の周囲にいた悪意に満ちた者達、その全てを相手するにはニナリアでは手に余るというものでしょう。
「お優しいですね……」
「そうでもないわよ。私がニナリアを連れ出すと言う事は、ホーウェン子爵家を完全に崩壊させようとしていると言う事よ」
重圧に耐えきれず、執務を放り出して部屋に籠もりきりになったというホーウェン子爵。
家からニナリアがいなくなってしまえば、ホーウェン子爵家を回す者は誰もいなくなります。
そして、そこからが問題なのです。
「これで、ホーウェン子爵家の崩壊そのものが目的だったのか、ニナリアの妹がただの駒だったのか、どっちだったか分かるでしょう?」
次にこれを計画した者がどう動くか。
計画するには、時期も重要なのですよ。
早いか遅いかだけでも計画には支障が出るものなのです。
はっきり言って私からすればホーウェン子爵家を潰す事も、ニナリアの妹にしても、何か価値があるとは思えません。
しかし、エリックにさえも暗殺を狙われる程度には価値があったのですから、ホーウェン子爵家の事情は何かしらの意味はあったのでしょう。
崩壊後に家族に順当程度以外の事がなかったなら、直接ホーウェン子爵家に意味があったわけではなく、間接的に損をした……第2王子を貶めるだけの計画だったと分かるというものです。
ホーウェン子爵家を崩壊させる事には何の罪悪感もありませんよ?
妹さんの事とは言え、隙を作ってしまったホーウェン子爵家が悪いのですから。
「お嬢様……」
「なあに? お説教?」
「いえ、お嬢様のニナリア様を連れ出す手段って、ニナリア様の妹を連れ出した男達の手口に近いのではないかと」
「嘘!?」
権力を盾にして押し通したのは確かに……。
「でも……!」
「お待たせしました!」
走ってきたニナリアの姿が見えたので、私はナーシャへの言い訳を後回しにしました。
計画者の最大の誤算は、淑女の嗜みである日記を付ける事を知らなかった事。
私とともにニナリアも反撃する側にと立った瞬間です。




