12.【子供の行方】
色々混乱する一日でした。
それでも、私は食事が終わっての帰り際にフリードにこれだけは聞いておきました。
「エリックの奥様は大丈夫でしたの?」
食事中、誰もその辺りは口にはしませんでした。
エリックの子供は他人の他人ですから話が出ないのはおかしくはないでしょう。
ですが、出ないなら最悪の事になっているのではないかと不安になるものです。
「そんな事……」
「この子は元リーノ伯爵夫人が暴行を受けていたと知って、エリックの妻も暴行を受けていたのではないかと心配しているのよ」
エリックよりもエリックの妻になった横入り女は許せないらしい父が怒り出す前に、母がフォローしてくれました。
私の質問に、フリードは困った顔をしておりました。
「何かあったの?」
「あったというか……調べたら、エリックの妻になった元ノルーン男爵令嬢はとっくにいなくなっていたんだ。かなり早い段階で母がエリックに迎えを用意したみたいなんだけど、その時点で既に彼女はいなかった」
「え? でも、結婚式は挙げたって?」
「着いて直ぐに挙げた事までは分かっている。けど、村人がその後は元ノルーン男爵令嬢を見ていないって言うんだ」
もっと最悪な考えが私の脳裏を過ぎりました。
「もしかして……」
「どうやら結婚式の直後に逃げ出したらしい。その頃に近隣の村で若い貴族女性を乗せた馬車が通ったって話があったんだ」
確か、エリック達に住む場所として用意されたのは、とんでもなく辺鄙な場所の村の一角だと聞いております。
主要街道からも大きく外れ、他の貴族女性が一人で馬車でも行き来する場所でもありません。
「ああ……そうなの。無事なのね……」
エリックが置き去りにしたわけでもなく、早い段階で自ら出て行った……。
あら?
「馬車?」
「うちも迎えに行ったわけだし、向こうも迎えに行ったのかも知れないし、違うかも知れない。そこはもう、調べようがなかった」
貴族令嬢を騙して連れて行き、他国で売り捌く悪徳商人がいるとは、私も社交界の噂で聞きます。
とは言え、流石にあんな場所までたった一人の元令嬢を得る為に向かったとは考えにくく、やはり可能性が高いのは元ノルーン男爵令嬢の身内でしょう。
「どうする? 君が気になるならもう少し調べるけど」
フリードの提案に私は首を振った。
探す事は既にかなりの時間が経っており、現実的ではなくなっております。
例え見つけたとしても、その後どうするのか?
エリックの元に戻すつもりもなく、私達が面倒を見る気がないのなら、このままでもいいでしょう。
「エリックの暴力に晒されていたわけではなかったのなら良いわ。少なくとも村に到着するまでは、伯爵家の人間が監視していたのよね?」
「ああ。馬車内で喧嘩ばかりするから大変だったって」
私は元ノルーン男爵令嬢の為人を知りませんが、喧嘩出来る程度には一方的にやられる令嬢ではなかったのでしょう。
その分は私も安心しました。
ただ、親が決めた婚約者だった私とは違い、元ノルーン男爵令嬢は自分でエリックを選んだのです。
暴力は私達も驚きましたが、エリックが我が儘の癇癪持ちであった事は知られておりましたので、選んだ元ノルーン男爵令嬢の責任だと思います。
「……子供は生まれたかしらね?」
「どうだろうね。きっかり日数で生まれるものじゃないし」
「エリックの元以外なら何処でも平和だろう。心配する意味なんぞさらさらない」
私とフリードが心配そうにしていたら、父が説得力の高い事を言いました。
思わず私達は笑ってしまいました。
確かに、エリックの元にいないだけ幸せでしょうね。
「まあ、何処で生まれていたとしても私達には関係ない」
この時言い切った父が何を考えていたのか、知っていたのはフリードだけでした。
私はまだ思ったよりも未熟で、疑う事を知らない子供だったと後に理解する事になります。
子供と言えば……私にはもう1人気がかりな人がいました。
出先からの帰り道、私は途中で別の場所に立ち寄って貰いました。
同じ貴族街にあるとは言え、立地の良い場所にある私の家とは違い、かなり不便な場所に彼女の家はありました。
直接の知り合いではないし、来たは良いがどうしたものかと私が考えていると、目当ての令嬢は外で掃き掃除をしておりました。
格好から使用人のようだとは思っておりましたが、まさか本当に使用人扱いだとは私も驚きでした。
ナーシャを馬車に残して降りた私は、彼女、ニナリア・ホーウェン子爵令嬢に近付きました。
「こんにちは」
声をかけると、ニナリアはとても疲れた顔を上げました。
「貴女は……?」
「一度遠目にお会いしておりますわ。私は、ヒルダ・ディアーモ。ディアーモ公爵家の娘です」
「ああ……貴女がケインの新しい婚約者の……」
酷く疲れた顔のニナリアは貴族令嬢としての挨拶を返す事もなく、ゴミを入れている箱の上に座りました。
「……疲れているので」
「そう……妹さんの事?」
ニナリアは黙って頷きました。
年相応の生気が完全に失われ、ニナリアにはケインに訴えた時のように大きな声を出す気力さえもなくしているようでした。
「それで、ディアーモ公爵令嬢が私に何の用でしょう? 私も私の家も、もう誰がどうやっても終わりですよ」
「通達があったの?」
「それは公爵令嬢なら御存知なのでは?」
「無関係な私の家にはいちいち連絡は来ないわよ。情報を集めている分他より早く知る程度で、正式に知らされるのは他の貴族と同じ時期ね」
「そういうものなのね……」
この会話が少しニナリアの興味を引いたのでしょう、虚ろだった目に少し生気が戻りました。
「それで、ディアーモ公爵令嬢は何をしにいらしたのでしょう?」
「大したことじゃないわ。ちょっと貴女に聞きたい事があったの」
「私にですか? 私も大したことは知りませんよ? まあ、私も久し振りに令嬢としてお話し出来たので、話せる事なら何でも話しますけどね」
私の本題とは違いますが、ちょっとニナリアの状況は考え物ですね。
これはこれで後で考えましょう。
「貴女に聞きたいのは大したことじゃないわ。第2王子の子を妊娠したって偽った貴女の妹さん、どうしてそんな話になったのかしら?」




