11.【誰も守らないが】
よりによって『あの』エリックを殺す事に意味がある。
……正直な気持ちとしては、私にとって『生きる負債である』エリックとは言え、殺して誰かが得をするなんて想定外という事です。
私と叔父達にとって当初から無価値なエリックが、まさか暗殺者を投入するほどの価値があったという事実に戦慄く他はありませんでした。
このショックはしばらく消えそうもないでしょう。
他人の発想は本当に分かりません。
そして、リーノ伯爵が既にエリックをかつてのようには溺愛していないと私が知るのは、ルト侯爵家に行った日の夕食の時でした。
「父達は『古き部族』の集落で世話になっているそうです」
リーノ伯爵が放り投げていった仕事を父であるディアーモ公爵が手伝っている関係で、その日の夕食の席にフリードが同席しておりました。
何て?
私だけが疑問を感じていたようで、父も母も和やかに会話を続けております。
「そうか……『古き部族』は外から来る者は歓迎するが、中の者が出て行くのは嫌う部族だったな。エリックは部族入りしたという事かな?」
「はい。父の願いが通って、部族の方々には歓迎して下さったという事です」
「とうとうあのエリックも人の役に立つ日が来たのですね……どうしようもない子供だと思ったのが遠い昔のよう」
父達もフリードも、笑顔で楽しく話しているのですが、
「ごめんなさい。何も私は分かりません」
ああ、と言ってフリードが私に解説をしてくれました。
リーノ伯爵家はとても複雑な地形であるとは知っておりましたが、逃亡先になりやすい歴史があると初めて聞かされました。
政変で追われた一族、犯罪を犯した者達、他の国では迫害を受けていた独特の少数民族が流れ着く地であったそうです。
「『古き部族』は迫害を受けていた少数民族だ。と言っても、単に文明を受け入れないだけの人達でしかない。別に難しい人達ではないんだよ」
「文明を受け入れないってどういう事ですの?」
「文字は当然使わない。馬車も使わない。……彼らの場合、道具を極端に使わないって事だね。ああ、それと国の法律も使わない……まあ、使わないというか従わないから追い出されたって事みたいだけど」
『古き部族』と呼ばれる彼らが使わないと言われたものを使わないなんて、私にはどうやって生きているのか想像も付かなかった。
「法律に従わないって大丈夫ですの?」
「犯罪をすると言う意味ではないからね。ただ彼らは自分達の部族だけで生活して自分達で罪を裁くという程度の意味だよ」
色々な考えの方達がこの国にもいたのね。
私は未知の話にちょっとだけわくわくしました。
「フリード、他にもリーノ伯爵領に住んでいる方は?」
「ヒルダ。フリードはリーノ伯爵になったんだ。リーノ伯爵と呼びなさい」
父に叱責されました。
どうやら父はこのままフリードをリーノ伯爵と認めるようです。
「間違えたら恥ずかしい事よ」
母も言うので、私も改める必要があるかと思いましたが、
「このままフリードと呼んで頂ければ幸いです。どうやっても私はお相手だと誤解される事はありませんし」
「君が良いと言うのなら禁止はしないが……」
以前からちょくちょく気になっておりましたが、フリードに対してはエリックとは違う意味で父は弱いです。
何でしょうか?
以前はエリックの事があり、両親とは出来るだけ距離を取っていた私も、今なら聞ける気がしました。
「そう言えば、婚約者について私の相手としてフリードの名前は一度も聞きませんでしたね。それってどういう事ですか?」
不思議と私とフリードが近しくても、誰もそう言う意味では誤解しません。
噂好きの社交界でも私とフリードを勘ぐるようなそう言った噂を聞かないので、気になっておりました。
「何だ。誰も伝えていなかったのか?」
「てっきり伝えたと思っていました」
「まあ、機会がなかったって事でしょうね。母も死んでおりますし」
フリードの母?
「ヒルダ。フリードの本当の母親は、私の妹よ。貴女にとってフリードは従兄弟になるわ」
「……それは流石に教えるにしても遅すぎませんか?」
道理で似ているのね。
そして、この国の貴族達は結婚不可能ではないけれど、血が濃くなる弊害から従兄弟同士は推奨されておりません。
「あら? それではエリックと母親が違う?」
「貴女が知っている前リーノ伯爵は後妻ね」
それを知るとまた見方が変わってくるので、両親に私は怒りを感じます。
前リーノ伯爵夫人にとっては唯一の実子はエリックと言う事です。
それならば、前リーノ伯爵夫人がエリックだけを溺愛するのも分からなくはありません。
「……フリードの方が良かったのか?」
「エリックと比べたら誰だって良かったでしょう」
ぴしゃりと言い切ると、父は黙りました。
自分が悪かったと今は自覚しているようで、言い訳もしない分だけ怒らない事にしております。
「……前リーノ伯爵は酷い人ね。エリックだけを溺愛しているなんて」
私の言葉に、エリック優先だった両親も少し罪悪感を浮かべた目でフリードを見ました。
「父にとっては遅い子供だからね。それに、私が手がかからなさ過ぎて親の自覚がなかった所に、エリックが手のかかる子供だったんだ。仕方ないよ」
本人が割り切っている事をとやかく言うものではありません。
私も親との関係は今もって複雑な部分がありながら生活しておりますので、似たようなものでしょう。
「でも、父はエリックを昔のようには溺愛していないよ」
「ほんとですの?」
フリードの一言に私は大変驚きました。
何があっても出来愛し続けるイメージしか持っておりませんでした。
「え? だって、嫌がっているのにノルーン男爵令嬢と結婚させたじゃないか。領地に引っ込ませたのもそうだし」
「それはまあ、そうですが。でも、いっぱい従者とか付けてでしょう?」
「1人も付けなかった。元貴族令息として変なのに狙われる事も恐れて金も持たせなかった」
「……護衛も?」
「エリックを恨んでいる貴族がいるのは知ってたけど、殺されてもエリックの責任だから誰もつけなかった」
私は呆然としました。
両親も驚きで目を見開いています。
あの、前リーノ伯爵が?
しかも、全部の話がかなり前の事です。
私はつい先程まで前リーノ伯爵はエリックを溺愛していると思い込んでおりましたが、実はその図式は完全に壊れていたようです。
「でも、エリックを監視するからと……」
「そうだね、私にも何も告げずに出て行ったけど、エリックを騙さないといけなかったらしいから。手紙で謝られたよ」
あー……何か分かってきました。
そう言う事なのですね。
王都から、元の生活に戻りたいエリックが出て行くには、エリックを可能な限り騙す必要があったのですね。
分かってしまうと単純な話です。
何処かでエリックにバレる事を恐れた前リーノ伯爵は、誰にも真実を告げる事が出来なかった。
「面倒な事……」
私はすっかり翻弄された事で大きく肩を落としました。
「まあ、エリックも『古き部族』に押しつける事が出来たし、適当に返ってくるだろうね」
押しつけると言いました。
そこの部分にも何かあるのですか?
ですが、私には聞き返すだけの体力は残っておりませんでした。
当然、何処か力のある何かがエリックに強力な暗殺者を差し向けようとしている事も告げられませんでした。
が、私が考える以上に今日は周囲にしてやられていました。
フリードは私への話を省略しておりました。
山の斜面を掘った穴の奥。
いくら泣いても誰も助けてくれないけれど、エリックは泣くしかなかった。
洞穴の入り口に一日二回届けられる食事はほとんど食べていない。
食べないのでより栄養のあるものをと『古き部族』がエリックの為に用意したのは、生肉の塊だった。
「お腹すいた!」
そして、増える生肉。
エリックは泣くが、『古き部族』にとっては何処までも善意だ。
「やー、これは旨い! 何処でとれました?」
元気な前リーノ伯爵は『古き部族』の長達と楽しく焼いた肉を食べていて、酒が回っている為にエリックの事には気付く様子もなかった。
国に自分達がいる事を認めさせた前リーノ伯爵は、彼らにとって恩人である。
他では彼らの文化を否定するだけで、理解しようと思う者は一人としていなかった。
彼らには文字もなく、馬車もなく、法律もなく……家もなく、服もなく、何なら話し言葉すらない。
迫害されながらも人を招く癖があるので多少言葉は分かっているようで、単語を少し理解している程度だった。エリックの腹減ったも、数少ない理解している単語である。
「なるほど。これはあの山で取れるのですね!」
少しの身振り手振りで全てを理解する前リーノ伯爵は、彼らにしても自分達の最大の理解者だと分かっており、常に手厚くもてなし続ける。
「……」
「……助けてくれ」
しかし、他の人間とはほとんどコミュニケーションが取れない。
捕獲され吊されている暗殺者は、寒い中全裸で立つ『古き部族』の戦士にただただ恐怖を感じて、あり得ない事を口走った。
理解出来ない戦士は、取り敢えず腹が減っていると解釈し、暗殺者の口に生肉を突っ込んだ。
誰もエリックを守っているわけではない。
だが、今のところエリックには何も起きてはいなかった。
「腹が減った……」
起きているのはこれくらい。




