3 訃報
「急性心筋梗塞だそうだ……暖かい会場から寒い外に出て、またすぐに暖かい会場に戻って……っていう短い時間での繰り返しが、心臓の負担になったらしい……念の為に血液検査もしてもらったが、毒物の反応はなかったよ……月島さんも大丈夫だ……」
「…………そうですか……ありがとうございます……」
治七がそう言うと、治一は気落ちした声で続けた。
「今こっちに治臣と治哉と治美が来てる。治花は今日当直で、治人は今山形だからな……伯父さん達も来てない。みんなで押しかけたら病院に迷惑だからと連絡があったよ……今治臣達が手分けして連絡してくれてる……。俺は今から葬儀屋と話をしようと思ってるんだが……明日が通夜で、明後日が葬儀と納骨でいいか?」
「はい。お願いします」と治七は答えた。
薬所家ではいつも、四十九日の法要を待たずに納骨する。
手元で供養することも、散骨することもしない。
みんな必ず一つの墓に入ることが、遥か昔からの決まりなのだ。
治一は「じゃあ、狭間先生とお寺にも連絡しておく」と言った。
狭間先生というのは薬所家がお世話になっている弁護士で、通夜で司の遺言書を開封することになっている。
治七がもう一度「お願いします」と言うと、治一は「ああ……」と答えた。
電話の向こうから、「はぁー……」と長い溜息が聞こえてくる。
普段弱ったところなど見せない治一に、治七は「大丈夫ですか?」と訊いた。
「ああ……いや、すまん……まさかこんなに早く逝くとは思ってなくてな……」
「……私もです」
薬の家なのに、過信だったと治七は思う。
死は常に側にある。
その死から守るのが薬屋だ。
怪我人や病人に適当な薬を処方して終わりではない。
傷や病を癒し、心を癒やし、体を労って、さらなる心身の健康を促していく。
患者を注意深く気にかけて対応していくのが仕事なのに、どうして身内のことになると抜けてしまったのか……。
治七は司の姿を思い浮かべた。
毎日朝早くから夜遅くまで働いて、それでも病気一つせず、いつも頑健だった司。
伏せっている姿など想像することもできず、治七は自分が無意識のうちに、“司は倒れるわけがない”と思っていたのだと気が付いた。
突然命を落とす人を、たくさん見てきたというのに……。
もっと気を付けておけばよかったと思ってから、司自身はどうして気を付けなかったのだろうと思った。
あの司なら、心臓に負担がかかることなど分かり切っていただろうに……。
何か無理をしてでもやらなければならないことがあったのだろうかと、治七は考えを巡らせた。
「分からんもんだな……」と沈んだ声で呟いた治一に、治七は「そうですね……」と頷く。
しかし、分かっていた人もいたのではないかと、治七は思う。
そのことは口に出さずに、「鏡見さんにも司のことをお伝えしなければいけませんね」と言った。
「そうだな……迷惑をかけたし、応急処置もしてもらったみたいだしな……あちらも明日が葬儀で忙しいだろうから、とりあえず治美に電話で伝えてもらう……また改めて挨拶に行く、と伝えていいか?」
「はい」
治七が頷くと、治一は「じゃあ、治美にそう言っておく」と言った。
「お願いします」
治七はそう言ってから、「いつ頃戻れそうですか?」と訊く。
すると治一は「まだ分からなんな……」と言った。
「帰れるようになったらまた連絡する」
「分かりました」
治七が「それでは……」と電話を切ろうとすると、治一が「治七!」と待ったをかける。
「はい?」と訊いた治七に、治一は「分かってるよな?」と言った。
「親父が死んだんだ……今この瞬間から、お前が司なんだからな……」
「………………はい……」
治七はその言葉を、重く受け止めていた。
「明日から忙しくなるぞ……親父の通夜と葬儀、お前の襲名……関係各所に連絡して、挨拶回りもしなきゃならない……それに、次の司もな……」
「……はい」
治七は沈んだ声で頷いた。
いつかは来ると分かっていた。
物心付く前から司になるべく育てられてきたのだ。
それが思ったよりも早かっただけ……。
治七は手に持った携帯電話をぎゅっと握り締めて言った。
「色々と決めなければならないことがあると思います。また相談させて下さい」
「ああ」
治一ははっきりと頷いた。
「それじゃあまた連絡する」と言って通話が切れる。
ツー……ツー……と音が鳴る携帯電話を手に持ったまま、治七はしばらく俯いていた。
ーー親父が死んだんだ……今この瞬間から、お前が司なんだからな……。
ーー明日から忙しくなるぞ……。
ーーそれに、次の司もな……。
治一の言葉が頭の中で繰り返される。
司が死んだ。
これは薬所家にとって、何よりも大きな事件だった。




