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魔花の一族  作者: 朝坂結真
治七編
2/9

序章 薬所司

 薬所司(やくしょつかさ)という名前は、薬所(やくしょ)家の当主が代々名乗り継いできたものだ。

 ーー薬所(くすりどころ)を司る者。

 その名の通り、薬の家として続いてきた薬所(やくしょ)家をまとめ上げ、人々を救う役目を担っている。


 今の当主は二十代目。

 治七(はるな)はその七番目の子として生まれ、跡継ぎである次の司に選ばれていた。





「ーーでは行ってくる。後は任せたぞ」

「……はい」


 治七(はるな)が玄関まで見送りに出ると、司はいつもの厳しい表情で言った。


 二十代目薬所司(やくしょつかさ)ーー本名薬所恭治(やくしょきょうじ)

 歴代の当主達の中で、最も優れた司だと言われている。

 どんな小さなことも見落とさない鋭い視線、人を寄せ付けない堂々とした立ち居振る舞い……治七(はるな)にとっては切り立った氷山のような人だ。


 細身で背が高く、目や耳が小さいところまで治七(はるな)とはそっくりだったが、身に纏う空気はまるで違うものだった。


 三十になっても次期司としての風格が身につかない治七(はるな)に、七十八になる司は「はぁ…」と小さく溜息を吐き出す。

 いつまで経っても頼りない跡継ぎで申し訳ないと思いながら、治七(はるな)は小さくなって俯いた。


 治七(はるな)が幼い頃に次期司に選ばれたこともあって、司とは親子らしい関わりがほとんどなく、あくまでも当主とその後継者という関係に収まっている。

 代わりに治七(はるな)にとって父か祖父のような存在になっているのが、七十になる執事の月島だった。


「今日は節分ですからね。居間の机の上に豆まき用の豆と、食べる用の豆をご用意しております。食べる用の豆は、今年は数え年の三十一粒ございますよ。帰りは二十二時(じゅうじ)頃になると思いますので、夕食は調理場の水野さんに持ってきて頂けるようお願いしております。今日は恵方巻きです。北北西やや右の方角を向いて食べて下さいね。豆まきはお一人でなさって下さっても構いませんし、もしお待ち頂けるのであれば、帰ってから私と一緒に行いましょう」


 月島はそう言ってにこにこと微笑む。

 子や孫を相手にするような調子だが、生まれた時から世話になっているので仕方がない。

 治七(はるな)が「はい」と返事をすると、月島は銀縁の眼鏡の奥でますます嬉しそうに笑った。


 そのやりとりを見ていた司は、やれやれというようにまた小さく溜息を吐き出す。そして二人に背を向けて、玄関の戸をがらがらがらっ、と引き開けた。

 冬特有の冷たい澄んだ空気が吹き込んできて、治七(はるな)は慌てて作務衣の合わせを掻き寄せる。その間に、司は身一つでさっさと表に出ていった。


 通夜に出るため紋付き羽織に袴姿の司は、この離れを囲う躑躅つつじの生垣の間を通り過ぎ、目の前にある黒松の大木を右へと回り込んでいく。

 そちらには夕日に照らされた二階建ての母屋があり、黒松の裏には患者用の駐車場が広がっていた。


 司が使う車は普段他のところにある従業員用の駐車場に止めてあるが、今はすぐに乗り込めるよう月島がこちらへと移している。


 喪服を来た月島は紫の風呂敷包みと黒い革鞄を手に、「それでは行って参ります」と丁寧にお辞儀をした。


「いってらっしゃい。お気をつけて」


 治七(はるな)がそう言うと、月島は嬉しそうに微笑んでまた小さくお辞儀をし、敷居を跨いでからそっと玄関の戸を閉めた。


 戸がからからから…と閉まる直前に見えたのは、黒松の向こうに行った司の小さな後ろ姿だ。

 振り返ることなく足早に進むその黒い背中が、治七(はるな)が見た司の最後の姿になった。

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