第一部:死と召喚--英雄の召喚と違和感「第1章」
第一章 死の瞬間と闇の目覚め
ーー落ちていく。
重力に引きずられる感覚だけが、最後まで鮮明だった。
視界は暗転し、耳鳴りが世界の音をすべて塗りつぶす。
車のブレーキ音も、誰かの叫び声も、もう遠い。
黒田憐斗は自分が死んだことを理解していた。
痛みはない。恐怖もない。ただ、妙なほど静かだった。
まるで、長い物語の幕が閉じる瞬間のように。
--だが、幕は閉じなかった。
暗闇の底で、何かが゛こちら゛を覗き込んでいる気配がした。
形のない視線。温度も質量もないのに、
確かに存在する゛何か゛。
(……誰だ) 問いかけても返事はない。
ただ、憐斗の意識に触れるように、微かな囁きが流れ込んできた。
--選ばれた。
♦
光が爆ぜた。
憐斗は反射的に目を閉じ、次の瞬間、
冷たい石床の感触を背に感じた。
「成功だ……!勇者召喚が成功したぞ!」
歓声。
複数の足音。
見知らぬ天井。
憐斗はゆっくり上体を起こした。
そこは強大な魔法陣の中心で、
周囲にロープを纏った人々が並んでいる。
壁には見慣れない紋章。
空気には焦げた魔力の匂い。
ーー異世界。
その言葉が唐突に脳裏に浮かんだ。
「あなたが……勇者様ですね」
前に進み出たのは、金髪の少女だった。
王族らしい気品を気品をまとい、しかしその瞳には
不安と期待が入り混じっている。
「私はエリシア。この国の王女です。
どうか……どうか我が国を救ってください。」
憐斗は、少女の震える声聞きながら、
胸の奥に奇妙な違和感を覚えていた。
ーー救ってください。
ーー勇者様。
あまりにも゛整いすぎている゛。
まるで、誰かが用意した台本を
読み上げているような、そんな感覚。
「……状況を説明してもらえますか?」
憐斗は落ち着いた声で言った。
死の直後とは思えないほど冷静だった。
むしろ、冷静すぎた。
王女は安堵したように頷き、魔王の脅威、王国の危機、そして
゛勇者召喚゛の必要性を語り始めた。
だが憐斗の意識は、別のところに向いていた。
ーーこの魔法陣。
ーーこの術式の構造。
憐斗は無意識に床へ視線を落とす。
複雑な紋様の中に、ひとつだけ゛異質な線゛が混じっていた。
(……おかしい)
召喚陣は完成された円環構造をもつはずだ。
だが、この陣には゛後から付け足された痕跡゛がある。
しかも、王国の魔術体系とは明らかに異なる。
ーー誰かが、意図的に改変した。
憐斗の背筋に、冷たいものが走った。
「勇者様……?」
王女の声が、憐斗の思考を引き戻す。
憐斗は微笑んだ。
優しく、頼もしく、勇者らしく。
「大丈夫です。必ず力になります。」
その笑顔に、王女はほっと息をついた。
周囲の魔術師達も安堵の表情を浮かべる。
ーーだが、その裏で憐斗の瞳は冷たく光っていた。
(この召喚……偶然じゃない。
俺を呼んだのは゛王国゛ではない。)
死の瞬間に聞こえてきた囁きが、再び脳裏に蘇る。
ーー選ばれた。
誰に。
何のために。
そして、なぜ゛黒田憐斗゛なのか。
憐斗は立ち上がり、王女にむけて勇者らしい
言葉を告げながら、心の奥で静かに決意した。
ーーこの世界の裏側を暴く。
ーー俺を呼んだ゛本当の黒幕゛を見つける。
勇者の誕生は、祝福ではなく、陰謀の始まりだった。




