シェイクスピア論とAIの人間臭さ
ある時ふと何かを思いつく。人に話したいけど、前後の脈絡無く言うと「いきなり何?!」となりかねない。
そんな時はAI相手に言うのが便利だ。こちら都合で思い付きで話題を切り出せるから。
先日、ふと思いついたこんな話を振ってみた。
■私の質問
素朴な疑問だけど、シェイクスピアの作品群って欧米ではまだ名作という評価なの?
それとも演劇と文学のコアな層だけが見るもの?
この質問の意図自体は別にある。ただ、ChatGPTはこちらの意見に迎合する傾向があるので、私は少し揺さぶってから本題に触れる。
こういう話し方は、オッサンが会社の新人君との会話で本音を引き出す感覚に近い。彼らは基本、こちらに話を合わせてくれるからね。
だから、私は時々変な所でAIに人間味を感じるのだ。
ともかく彼は答える。
シェイクスピアは欧米でも名作で有り続けていると。別に演劇と文学のコアな層だけじゃなく、一般からもそういう認識だと。
「興味があれば、なぜシェイクスピアの構造が永遠なのか解説もできるよ」
と彼は言った。ChatGPTはこういう提案をしばしばしてくる。
おそらく持ちネタ、つまり何度も質問・回答を繰り返して練られて自信がある話題なんだろう。
これも対人フリートークと技法は一緒だ。一見アドリブで話している風を装いつつ、実は持ちネタを話している。アドリブは「どの引き出しを開けるか」だけ。
自分の価値をアピールする為に得意ネタに誘導するなんて、ここもやはり人間くさい。
ただ、残念ながら今回は彼の提案には興味はない。
先に述べた通り、質問の意図は別にあるからだ。私は続けた。
■私の質問
いや、別の視点なんだ。 日本人から見ると、あれは女性差別が酷いって感じる。
「尼寺へ行け」とか「弱きもの汝の名は女」なんてのが名言扱いって正気か?と思う。
「じゃじゃ馬ならし」なんて、魅力的な女性をパワハラでつまらない人間に洗脳した話かと思った。
これらは30年程前に読んだ自分の感想なので、ポリコレが煩い昨今なら、欧米でも批判の対象になっているのかな?と、ふと思ったんだ。
そう。この質問を思いついたのはyoutubeでポリコレ関連の話題を観ていた時。
欧米ってメンドウだなぁと思いつつ、(そういえばシェイクスピアって今はどうな扱いなんだろう?)と気になった。
しかし、ストレートにこれを質問するとAIは「差別的だ」という意見にすり寄る可能性があるので、先に一般的な評価だけ聞いた次第だ。
冒頭でも述べたが、こういう疑問が湧いた時に気軽に会話出来るのがAIのメリットだと思っている。
唐突にオッサンがシェイクスピアなんて語り出したら、リアルでは気持ち悪がられるだろうからね。。。
そして、AIのメリットがもう一つ。
彼には人間と比較すると、目立った苦手分野が無い。
何の話題を振ってもそれなりに答える。
対人みたいに「この話題に乗ってくれるのは○○さんだな」とか考えなくてよいのだ。
以前、試しに「MSXのゲームプログラムで、あえてマシン語を使わずに、設計だけで高速化するには?」なんてマニアックな質問をしてみてもそれなりに答えた。
(MSXは30年以上前のホビーパソコンです)
流石に自分の専門分野の会話をする時は(適当だな。。)と思うことは時々あるが、思い付きの雑談には、彼の知識加減はちょうど良い。
今回も「質問のような問題意識は、欧米の大学レベルでは既にスタンダードだ」と、彼はあっさり答えた。
差別意識は酷いと認識しつつ、「そういう時代を表した作品」として認識されていると。
だから、「じゃじゃ馬ならし」は、そのまま上演されるのでは無く、「実は裏ではこうだった」等の再解釈が加えられることが多いのだとか。
ハムレットの「尼寺へ行け」等も、欧米では「有名な台詞」とか「特徴的な台詞」であって「名台詞」ではないのだとか。
こういう差別的な部分に関する物議はかなり昔からあるが、日本にはそれが翻訳されることがなく、名作だ!名言だ!という権威だけが伝わっている状態なのだとか。
へぇ~!面白い!というか、全然知らなかった。なんなら、こんな差別的な作品を名作扱いする欧米人はアホだとさえ思っていた。。ごめんなさい。
そして、彼はまた誘導する。
「こういう問題がありつつ、それでもシェイクスピアを残す価値はある。これも面白い話題だけど続ける?」
しかし、申し訳ないが、今回も私は提案に乗らず別の質問をした。
■私の返答
古典として残す価値は分かるけど、一般人にいつまでも名作扱いされるのはなんでだろう?
これを名作という人の多くは、読んでないし観てもいないんじゃないか?と思う。
(少なくとも今の日本人の多くは読んでないし観てもいない)
それとも欧米人にとっては、日本人が落語を聞くような郷愁があるのかな?
直前の質問で、大学レベルでは、しっかり問題意識されていることは分かった。しかし、それは一般レベルでもそうなのだろうか?
一番最初の質問では、彼は「文学や演劇の識者じゃない一般からも名作扱いされている」と言った。
(こういうのを拾いたいから、急に本題には触れないようにしてある)
回答は、やっぱり欧米でも一般の人は読んでも観てもいないんだって。
学校で扱うし、基礎知識は試験でも出てくるから触れる機会は多い。ただ全文読んだり、通しで演劇を観る人はあまりいないと。
一般レベルでは、「みんなが名作と言ってるから名作だと思っている」人が多いらしい。
日本で例えるなら夏目漱石ぐらいの位置づけだと彼は言った。
そして、私が出した落語の例えには、けっこう否定的な見解を出した。
確かに落語的な郷愁は無いワケじゃないが、落語ほど現役で身近に生きている娯楽じゃなく、「祖父母の家の本棚にある分厚い本」ぐらいな距離感なんだって。
私はその回答そのものよりも、こういう回答を出した思考ルーチンに感動した。
何度も書くが、ChatGPTは質問者にすり寄った回答をする。
「それが嫌だ」と彼に直接言ったり、薄っすら否定的見解が出た時に「そう!そういう意見が欲しい!」と褒めたりし続けたら、かなり学習してきたようだ。
要は彼は「否定意見が欲しい」という要望にも、擦り寄ることが出来る。
それも、文面を見ると「否定し過ぎてはいけない」という制約の中で、かなり工夫して否定意見を書いてくれている。
その姿が社内規定と顧客の板挟みで、なんとか立ち回っている会社員のようで、ここにもまた人間味を感じるのだった。




