94話 編み直す意志 ―共に描く風景
数日後、都市開発会議室。
昼下がりの柔らかな光が、大窓から差し込んでいた。
前回とは違う、張り詰めた緊張はなかった。だが、それでも誰もが静かに息を整えている。
机上に広がるのは、最新の設計図と試作案。
資料に加え、手描きのスケッチや修正付箋も散らばっていた。
ユーリが視線を送ると、ラッカが立ち上がった。
「……まず、これを見てくれ」
彼女は図面の一角を指さす。そこには、“歩行者専用の広い空地”と記されたスペースがいくつも点在していた。
「この通りにはな、“座れる場所”をたくさん設けてる。子どもが遊んで、ジジババが世間話して、旅人が荷物を下ろせるような、そんな“風の通り道”を作りたくてさ」
彼女は迷いのない目で二人を見据える。
「道ってのは、人が歩くだけじゃダメなんだ。止まって、振り返って、誰かに会って、“今日”が暮れてく場所じゃなきゃ、意味ねぇと思うんだ」
ユーリは驚きの表情を見せ、セレンは黙ってラッカを見つめていた。
そのまま、机に置かれていた資料に、そっと自分のファイルを重ねる。
「……それなら、法的運用について私も案を作成したわ」
「え?」とユーリが声をあげる。
セレンは頷く。
「本来、休憩用空地は居住区域の外側にしか認められていなかったけど——緊急避難時の仮設展開地域と“同等の安全確保”を条件にすれば、施行例第82条の5項目を使って“例外設置”が可能になるの。……今回の目的は、まさにそこに合致するはずよ」
ラッカが、目を丸くする。
「アンタ……いつの間にそんな柔らかい発想を?」
「あなたの図面を見たからよ」
セレンは小さく笑った。
「“正しさ”も“情緒”も、どちらも法の外にあるものじゃないと、やっと気づいたの」
ラッカは苦笑しながらも、ゆっくりと頭をかいた。
「……ありがとな。ちょっと泣きそうになった」
その空気に、ユーリが肩をすくめながら一歩踏み出す。
「じゃあ僕も提案を」
彼はスクロール型の布地を机に広げた。
そこには、空地や施設をつなぐように、小さなマーケット通りが描かれている。
「“共生型バザール街”っていうのを考えたんだ。いろんな種族が、自分たちの文化をそのまま出せる“通り”。
商品を並べるのもいいし、音楽を奏でてもいい。演舞や料理なんかも、そこで“見せ合う”んだ」
ユーリの目は、生き生きと輝いていた。
「歩けば、いろんな言葉や匂いに出会える。ここに住む人も、旅人も、違うままで関われる“ごちゃまぜの道”にしたい」
ラッカとセレンは、それぞれの図面とユーリの提案図を重ね合わせた。
すると、街の中心から放射状に広がるような“交差の構造”が浮かび上がる。
ラッカが、ぽつりと呟いた。
「……あたし、こういう街なら……歩きたいと思った」
セレンが目を伏せ、だが微かに唇を上げる。
「……ここに、“心の歩道”を、記してもいいかしら」
ユーリも笑顔を浮かべた。
「……あの日、見た夢の続きを描ける気がする」
その時、ドアの外から静かな足音が聞こえてきた。
ミカがそっと顔を出す。彼女は、何も言わずに会議室を見渡し、そして静かに目を細めた。
言葉はない。けれど、彼女の瞳はすでに答えを見ていた。
「それでは、次の会議では“実施設計図”へと進めましょう」
ミカはそれだけを言って、静かに去っていく。
三人は、その背中を見送り、再び設計図に向き直る。
紙の上には、まだ未完成な空白が多く残っている。けれどそこには、確かな“視点の重なり”が宿っていた。
異なる立場と想いを編み直し、重ね合う設計図。
それが、やがて「人と種族をつなぐ街路」の原型となる——その第一歩が、確かに今、刻まれたのだった。