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92話 衝突の序章 ―“正解”の違い

魔王城・都市計画局。

西棟の一室に設けられた臨時の会議室。魔導照明の明かりがやや眩しく感じるのは、張り詰めた空気のせいか、それとも。


「それでは、まず私の案からご確認いただけますか」

セレン=アリステリアは端正に並べられた資料を、二人の前へと滑らせた。


「混住区における新たな区画整理案です。現行法第四十三条に準拠しつつ、導線の見直し、騎獣通路の分離、エルフ向けの緑化帯……想定人口は平均値で算出済み。これで最低限の共生環境は成立します」


紙にびっしりと詰まった図面と文章、細かい注釈、注釈の注釈——それは、緻密な設計の集積だった。だが、ラッカの眉間は見る間に険しくなっていく。


「はぁ……。なぁ、セレン。これ……どこに“生きてる人間”がいるんだ?」


「住居数に対して、種族ごとの生活導線を平均化し、共用設備は中央に配置。十分考慮しているつもりです」


「違ぇよ!」

ラッカが椅子を蹴って立ち上がった。


「アンタが描いた“街”じゃ、人が通れねぇんだよ!」


「何を根拠に?」


「根拠!? そんなもん……街の匂いだよ! 夕方になったら獣人のガキが道に寝っ転がるんだ、エルフの婆さんは日陰しか歩かねぇ。そんなの、アンタの平均値じゃ測れねぇんだよ!」


「情緒的な意見では、法案として提出できません」

セレンの声は冷たかった。否、冷静すぎた。

「その“匂い”とやらを数値化できるのですか?」


「できるわけねぇだろ! でもな、それが“生きてる街”ってもんだろうが!」


「街づくりとは“感情”ではなく“構造”の問題です。感情だけでは、基盤が崩壊します」


「はあ!? じゃあお前の街に、誰が住みてぇって言うんだよ!? 死んだ地図の上で暮らせってか?」


「設計図の意味も知らずに批判するのは——」


「セレン、ラッカ、待って!」


ユーリの声が遮った。


彼は二人の間に立ち、困惑と焦燥を滲ませながら両手を広げる。


「……もう、やめよう。どっちも、相手が間違ってるって思ってる。でも……それは、“自分が正しい”って思ってるからなんだよ」


「ユーリ……」セレンが眉をひそめる。


「みんなさ、それぞれに“正解”を持ってるんだ。でも、それがぶつかり合うと、正しさは争いに変わる。話し合いのはずが、罵倒になってる……!」


沈黙。だが、その沈黙すら尖っていた。

ラッカが一歩下がって、椅子に乱暴に腰を落とす。


「……ったく。何なんだよ。誰が正しいとか、どーでもいいんだよ。ただ、誰かが困ってんのを何とかしたいだけだろ……」


「……それが、街を“どう作るか”に変わると、こんなにもかみ合わないなんて」ユーリが低く呟く。


会議室に重い沈黙が戻ったとき——


ミカが、ひとつの紙束をそっとテーブルに置いた。


「?」


誰もが視線を向ける中、ミカは何も言わず、ただ静かに頭を下げると、無言で会議室を出ていった。


残された紙は、たった一枚の書き付けだった。


墨のように濃く、そして繊細な筆致で、こう書かれていた。


「人は、正しさより先に、“生きている”」


その言葉に、三人は言葉を失った。

セレンはページの端を無意識に握りしめ、ラッカは視線をそらしたまま唇を噛み、ユーリはそっと天井を仰いだ。


この日——彼らは初めて“正しさの衝突”を知った。

それは、戦いよりも難しく、答えよりも深い問いだった。


(……これが、共同提案ってやつかよ)


ラッカの心に渦巻いたその言葉は、やがて新たな“提案”の第一歩へと変わっていく。

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