91話 課題発表 ―混乱の序章
魔王城の中枢会議室。大理石の長卓に、ミカ、ユーリ、ラッカの三人が並んで座る。朝の冷たい光が、天窓から斜めに差し込んでいた。
椅子の奥、魔王アークが口を開いた。
「――本日より、お前たち三人には《都市再整備案》の共同策定を命じる」
ミカが瞬時に表情を引き締めた。
ユーリは即座にペンを走らせ、項目をメモし始める。
ラッカは一瞬だけ眉をひそめた後、鼻を鳴らす。
「……それぞれの視点から、この街の未来を描け。人、魔族、獣人、エルフ、あらゆる種族が歩む都市を――だ」
アークの声には、力があった。そして、静かな試練の気配も。
数刻後――
会議室には、張り詰めた空気が漂っていた。
「だから、生活動線が第一なんだよ!」
ラッカの声がテーブルに響く。
「労働者が使いづらい街路を作って、誰が幸せになる? 上から見て綺麗とか、地図で左右対称とか、そんなもん後回しにしろ!」
ユーリが眉をひそめた。
「あなたの提案には、“安全設計”という視点が著しく欠落しています。歩行者導線、輸送ライン、災害時の避難経路。全体設計に根拠がありません」
「根拠だぁ? 現場で泥まみれになって声を聞いてりゃ、そんなもん、あとから付いてくるんだよ!」
「それでは統治計画ではなく、ただの感情論です!」
ミカが手を挙げた。「待って、待って! 二人とも落ち着いて――」
だが、止まらなかった。
「お前ら、本気で人が歩くってことを考えたことあんのかよ!」
「人が歩くだけじゃ街は動かないんです!」
ミカの口元が苦く歪む。
彼女の提案――「調整型ゾーニング案」――も、実は全く受け入れられていなかった。
「……じゃあミカ、お前はどっち側なんだよ」
ラッカがにらむ。
ミカは俯き、やや声を落とした。
「私は……お互いの案の“接点”を探してるだけ。ただ、それぞれの案に、“誰かの正義”があるのは分かるから……」
だが、その“歩み寄り”すら、今の二人には届かなかった。
ユーリは冷たく告げる。
「“中間点”という言葉で、本質をごまかさないでください。安全設計と生活動線は、両立不可能です。どちらかを優先しなければ、混乱が生まれます」
ラッカも吐き捨てるように言う。
「上っ面で両立とか言って、結果は“どっちつかず”だろ。そりゃ、もっともらしくて、いちばん意味がねぇんだよ」
三人の視線がぶつかり、言葉が空中で火花を散らす。
会議室の空気は、冷えるよりも先に“裂ける”ようだった。
ミカは息を吸い込むと、静かに口を開いた。
「……今日は、ここまでにしよう」
ラッカが「は?」と声を上げるも、ミカは目を合わせない。
「このままじゃ、前に進めない。時間だけが過ぎていく。今の私たちは、“正しさ”で殴り合ってるだけだよ……」
ユーリが小さく目を伏せ、資料をそっと閉じる。
「了解しました。再考の余地が必要のようですね」
ラッカも苛立ちを隠しきれず、椅子を引きずるように立ち上がった。
「……やってらんねぇ。仲良しごっこで街が作れりゃ苦労しねぇんだよ」
ミカは最後まで動かず、一人、散らかった図面とメモを見つめていた。
《都市再整備案》。
それは、都市を形づくる図面であると同時に、三人の“思想”と“温度”をぶつけ合う戦場でもあった。
まだ、共同作業の“こ”の字にも届いていない。
だが――その混乱こそが、彼らの始まりだった。




