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86話 再建の現場 ―歩く脚と、見る目と―

朝の陽が城下に差し始めた頃、ラッカは肩にボロボロの地図をかけて魔王城を出た。魔王アーク=ヴァルツの命により、「都市再建における現場視察」の任を受けた彼は、城の外縁部にある第三区画へと向かっていた。


靴の裏が泥に沈む。舗装されているはずの通りは、穴ぼこだらけで、板きれで仮補修された箇所も目立つ。通行人は少なく、老人が小さな荷車を引いている後ろを、よれた服の少年が黙って歩いていた。


ラッカは独り言のように呟いた。


「書類じゃ“完全復旧”って書いてあったんだよな。……どこが、だよ」


彼は腰の小さな記録帳を開こうとして、ふと手を止めた。代わりに、道端で物乞いをしていた中年男に声をかける。


「よう、親父。ここら、いつからこんな道になってんだ?」


男は虚ろな目でこちらを見たが、数秒後、かすれた声で答えた。


「ずっとだよ。戦の前からひでぇ道だったが、戦後は人も金も回ってこねぇ……“直った”なんて話、聞いたこともねぇ」


「……そうか。ありがとな」


ラッカは頷き、再び歩き出す。とある交差点に差し掛かると、二人の役人風の男が復旧状況を確認しているのが目に入った。


「あんたら、工務課か?」


「そうだが……お前は?」


「ラッカ。魔王直轄の視察だ。ここの“復旧済み”って報告、どうやって通した?」


「な……! だ、だって書類上では……」


「“書類”で人は歩かねぇんだよ、兄ちゃん。自分の足で歩いて、泥にハマって、それでも“直った”って言えるか?」


ふたりの役人は顔を見合わせ、言葉を失った。


ラッカはひとつ息をつき、呟くように言った。


「お役所の机で作った数字はよ、街の声とズレてる。……俺の仕事は、それを見つけて埋めることだ」


午後、ラッカは市場の片隅で商人の老婆と立ち話をしていた。


「この辺は、夜になると灯りがぜんぜんつかなくてねぇ。街灯は数だけ揃ってるけど、中身が空だったり、点かないのばっかり。怖くて子どもを外に出せやしないよ」


「点検済みって報告、あったな……中身が空ってのは初耳だ。よし、書いとく。……いや、違うな」


ラッカは手帳をしまい、老婆の目をまっすぐに見て言った。


「忘れねぇよ。……ばあさんの声、俺が届ける」


老婆は目を潤ませ、小さく笑った。


「まったく、口は悪いけど、いい目をしてるね、あんた」


夕方、ラッカは第三区の外れ、かつて小さな水路があった場所にたどり着いた。今では瓦礫と泥水が溜まり、近くを通るだけで悪臭が鼻を突く。遠くで子どもたちの笑い声が聞こえるが、その近さに不安を覚えた。


「……これが“水路清掃完了”かよ」


彼はぬかるみに片足を踏み入れ、泥を蹴った。


「てめぇの足で確かめろって、誰かが昔言ってたな……ったく、こういうの、いちばん性に合ってる」


その夜、ラッカは魔王城の片隅、薄暗い執務部屋のランプを灯しながら、地図に印をつけていった。赤線は「虚偽の復旧報告」。青点は「改善要望の声」。ページの端にはメモがびっしりと殴り書かれていた。


そして、一枚の紙を見つめて、ふと呟いた。


「誰もが気づいてるのに、誰も“書かねぇ”から、伝わらねぇ……だったら、俺がやるさ。俺の足で歩いた街の声、全部まとめてぶちまけてやる」


ラッカの目には、確かな“現場の確信”が宿っていた。

それは数字や書類では測れない、生きた声の熱を帯びていた。

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