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85話 託された声 ― ユーリの成長

会議が終わり、エルフとの交渉団が去った後の夕刻。

ユーリはまだ、会議室に一人残っていた。

テーブルの上には、彼が預かった《ハーヴェニアの祈器》が、月光を受けて仄かに輝いている。


静けさの中で、扉が控えめにノックされ、ミカが入ってきた。


「……残ってたんだ、ユーリ」


ユーリは微笑みながら、振り返った。


「……はい。何だか、すぐには席を立てなくて。まだ、胸の中が温かいままで……」


ミカはユーリの隣に腰を下ろし、器を見つめた。


「よくやったね、ユーリ。あの場で言葉を選びながら、でも逃げずに、自分の思いを伝えた。……あれは、もう通訳じゃなくて、“外交官”だったよ」


ユーリはその言葉に、目を細めて言った。


「……でも、怖かったんです。間違えたら、また誰かを傷つけてしまうんじゃないかって。でも、だからこそ、誰かの“声”を託された意味を考えたんです」


ミカが静かに首を傾げた。


「“声を託された”って、どういうこと?」


「……エルフたちが託してくれた祈り、市民のざらついた感情、魔王軍の仲間たちの苦悩……全部、“誰かが言葉にできなかった思い”なんです」


ユーリはそっと胸に手を当てた。


「それを、僕が預かって、届ける。時には代わりに怒り、時には代わりに涙を流して……。それが、僕の“仕事”なんだって気づきました」


ミカはふっと目を細めて、口元に微笑みを浮かべる。


「……言葉って、刃にもなる。でも、同時に“祈り”にも“願い”にも“橋”にもなる。ユーリが、それを選んだなら――それは、きっと誰かを救う言葉になるよ」


沈黙の中、扉の向こうから小さな声が響いた。


「……あの、ユーリさん、ここに……?」


それは、セレンだった。彼女はそっと扉を開けて、ユーリに何かを差し出す。


「これ、提言書の写し。あなたの言葉をもとに、記録としてまとめたの。……読んでみて」


ユーリが手に取ると、そこには綴られていた。


『共に語るとは、共に傷を背負うこと。違いは恐れではなく、問いかけだ』

――ユーリ・ヴィスティリア、交渉記録より抜粋


ユーリは目を丸くして、セレンを見る。


「……え? これ、僕の……?」


「うん。あなたの言葉が、記録に残るべきだと思った。記録は、未来の誰かが“選び直す”ための材料だから」


セレンは、少し照れたように視線を逸らす。


「……私は、ずっと“数字と記述”だけを信じてた。でも、ユーリさんの“揺れながら進む言葉”に触れて、変わった。……あなたの言葉には、誰かを動かす力がある」


その時、ラッカが顔を出した。


「お、なんだ、ユーリのファンクラブか?」


「ラッカさん、茶化さないでください」


「はは、悪い悪い。でもな……ユーリ。オレは見てたぜ。お前、もう立派な“背負う側”だ」


「……背負う側、ですか?」


「そうだ。“託された声”をどうするかってのは、もうお前自身の選択なんだよ。誰も正解を教えちゃくれねぇ。でも、今日のお前なら――もう、誰の声も無駄にしねぇって信じられる」


ユーリは、その言葉に、ふっと息を吸い込んだ。


「……皆さん、ありがとうございます。僕……これからも、間違えると思います。でも、それでも――諦めずに言葉を探し続けます」


ミカは、優しく彼の肩に手を置いた。


「その覚悟があるなら、もう怖いものなんてないよ。……だって、“誰かの声を信じる力”は、何より強いんだから」


その瞬間、窓の外に浮かぶ月が、祈器の銀面をやわらかく照らした。


それはまるで、ユーリの中に宿った“新しい灯火”を、そっと祝福しているようだった。

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