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84話 交渉の座に灯る灯火

日が傾き始めた頃、魔王城の中庭を見下ろす小会議室に、再びエルフと魔王軍の代表たちが顔を揃えていた。


テーブルの中央には、ユーリが受け取った《ハーヴェニアの祈器》が静かに置かれている。


今回はあくまで“意見交換の場”という名目であったが、出席者の目はみな鋭く、静かな緊張が張り詰めていた。


魔王軍からは、ミカ、ラッカ、そしてユーリ。

エルフ側は、セリィアを中心とした交渉団が数名。


会議開始の合図もないまま、沈黙が流れていた。


その静けさを破ったのは、ユーリだった。


「……先に、僕から話をさせてください」


声が震えていないか、内心で確かめながら、彼は立ち上がる。


「僕は、通訳官としてこの場に立っていますが――今日、ここにあるこの器に触れて、通訳以上の責任を感じました」


彼はそっと、器に指先を重ねる。


「これは、ただの銀の器じゃない。エルフの皆さんの、失われた祈りと暮らし……そして、何よりも“大切なもの”の象徴です」


ラッカが横で目を細め、ミカは黙って頷いた。


「けれど、それを今、ここに置いてくださったこと。それは“託す”という行為――僕たちに、もう一度信じてみようとする勇気だと、僕は受け取りました」


セリィアが眉をわずかに動かす。


「……信じる、という言葉を、軽々しく口にしないで」


「はい、僕もそう思います。でも……だからこそ、これは僕個人の願いです」


ユーリは深く息を吸い込み、そして言葉を続けた。


「……共に、傷を抱えたままでも、交わることはできると信じたい。完璧な理解じゃなくてもいい。すれ違いや衝突があっても、言葉を紡ぎ続ける覚悟があるか。それだけが、“和解の鍵”になると、僕は思っています」


沈黙。


セリィアがそっと視線を落とし、小さく呟いた。


「……あなたは、不器用ね」


「……はい。昔からです。でも、不器用だからこそ、“伝えよう”と必死になれる。失敗しても、何度でも謝って、やり直せる。……それが、僕の唯一の強さです」


彼の真っ直ぐな言葉に、エルフの若い使者がぽつりと口を開いた。


「……セリィア様。我々は、敵意を向けに来たのではありません。長の言葉を思い出します――“憎しみを携えたままでは、新たな芽も潰してしまう”と」


セリィアは目を閉じ、やがて静かに立ち上がった。


「……ならば、問うわ。ユーリ・ヴィスティリア。あなたは、エルフの痛みを“記録”するの? それとも、心に“刻む”の?」


「両方です。記録は消えます。けれど、心に刻んだ痛みは、消そうとしても消えない。だからこそ、いつか“誰かを守る力”になると、信じています」


「……強くなったのね」


「いえ。セリィアさんと話せたからです」


その時、不意にミカが立ち上がった。


「交渉、再開しよう。今ここにあるのは、器じゃない。“器を託された者”の覚悟だと思う。なら、私たちも応えようよ。未来のために、今、ここで」


ラッカが苦笑しながら腕を組む。


「ミカ、相変わらずセリフが熱いな。……でも、あんたの言う通りだ。なあ、エルフの皆さん。こっちも、そろそろ“握手”の準備くらいはしてるぜ」


セリィアは、ユーリの前に歩み寄り、器の上にそっと手を重ねた。


「……この器に、新しい祈りを注げるかどうか、これから確かめていくわ。あなたたちと、少しずつ。……少しずつよ」


その手に、ユーリはそっと自分の手を重ねた。


重なった手の中に、確かに“何かが始まる予感”があった。


ミカがふっと笑って呟く。


「……全員の理想は、共存しない。それでも、手を取り合うことはできる。違いを、誇るように」


その言葉に、誰もが黙って頷いた。


夕陽が、ガラス越しに部屋を照らし始める。


交渉の座に、灯火が灯った。

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