72話 秘書候補、顔を合わせる
静まり返った応接間。黒曜石の円卓を囲むように、三人の若者がそれぞれの席に座っていた。
重苦しい沈黙が流れる中、一人の青年が椅子に浅く腰を掛けながら、腕を組んで無遠慮に口を開いた。
「ったく……あの魔王様は何を考えてやがんだ。こんな堅苦しい部屋に、初対面の奴らを集めるなんてよ」
金髪を逆立てたような髪型と、鋭い眼差しを持つラッカは、椅子の背にもたれながら口元を歪めた。
「緊張を和らげるためにも、もっと砕けた場の方が……」
隣の席に座る青年が、静かに言葉を挟む。深緑の髪と理知的な瞳を持つユーリは、ラッカとは対照的に礼儀正しく椅子に座っていた。
「……会話の流れを遮るようで申し訳ないけど、君たち、自己紹介くらいは済ませておいたら?」
その声は、冷たくも透き通った響きをもって三人の間に割り込んだ。
セレン──銀灰色の長髪に、白い手袋をした女性。静かだが鋭い雰囲気を纏い、目元にわずかに疲労の影を漂わせていた。
「私はセレン・レイゼル。前職は王立図書院の記録官。あなたたちは?」
「ふん……ラッカ・グリード。職歴なんざねぇ。ずっと下町で働いてたよ。屋根の修理から魔獣退治まで、何でも屋ってやつだ」
どこか誇るように肩をすくめるラッカ。
「ユーリ・アルフェン。多言語翻訳と交渉術を学んでいました。魔王陛下の改革に関われるのは、光栄だと思っています」
ユーリの答えには礼儀があったが、どこか他人行儀な距離も含まれていた。
再び沈黙。
だが、それは数秒と続かなかった。ラッカが肘をついて、セレンに突っかかる。
「なあ、記録官って言ってたけど、紙とペン持ってるだけの奴が、なんで秘書候補なんかに?」
「記録は、ただの文字ではないわ。正確に、整然と。全体を見て、冷静にまとめあげる仕事。混乱の中でも、事実を把握できる目が必要よ」
セレンは一歩も引かず、冷たい目で返す。その眼差しに、一瞬ラッカがたじろぐ。
だが、彼もまた引かない。
「へっ、理屈は立派だな。でもな、現場はもっと汚ぇし、うるせぇし、くっだらねぇ理不尽の塊なんだよ!」
「そこに“記録されるべき声”があるのでは?」とセレン。
「“正しさ”は現場の汗と叫びの中でこそ磨かれるものだと思います」
穏やかにユーリが口を挟むが、彼の瞳には内に秘めた強さがあった。
三者三様──理念、経験、理想。
その衝突は、次代の魔王秘書を育てる第一歩に過ぎなかった。
やがて扉が静かに開かれる。
「ようこそ、選ばれし者たち」
現れたのは、黒の軍服に身を包み、長い黒髪を編み込んだ女──秘書長ミカだった。
「今この瞬間から、あなたたちは“魔王の未来”を担う存在として試されるわ。名誉?栄光? そんなもの、ここにはない。ただひとつ──“志”だけが、あなたたちを支える」
ミカの言葉に、三人の表情がそれぞれに引き締まる。
魔王秘書育成計画──その歯車が、今静かに動き出した。