65話 世界会議、決裂の予兆 ―揺れる同盟、試される信念―
神殿の記録を持ち帰ったミカとアークは、再び開かれた世界会議の場に立っていた。
だが――
「……あれだけの“中断”があったのだ。我々は再検討を要する!」
「神殿の記録など、魔族による偽造ではないのか?」
「我が国の調査機関は“魔王の陰謀”という見解を強めている!」
各国代表が次々と不信の声を上げる。
アークが一歩前へ出る。
「ならば、記録を開示する。我々は隠さない。ただ、そちらも“真実を受け入れる覚悟”があるか?」
空気が張り詰める中、ミカが口を開いた。
「これはただの歴史ではありません。“現在の戦い”が、誤った認識から始まったのなら、私たちはそれを正す責任があります!」
しかし、全ての国が納得するわけではなかった。
「我らドワーフ王国は、魔族の進出に幾度となく領土を侵されてきた! 信じろというのか?」
「エルフの森も、人間の乱伐と汚染により、霊樹の声が途絶えた。我らにとって人間こそ脅威だ!」
「ふざけるな、魔王の秘書!お前は中立などと言いながら、アークに肩入れしている!」
場が混乱に包まれる中、ミカが両手を広げて立ち塞がるように叫ぶ。
「……私たちは、敵ではありません! 対話の“場”を壊すことが、誰の得になるんですか!?」
その瞬間、誰かが机を叩いた。
「――もう十分だ!」
声の主は、聖王国の特使であり、人間の勇者・カイであった。
「ミカ。俺はあんたを信じたい。だが、これだけは言わせてくれ」
カイの目が真っ直ぐミカを射抜く。
「“真実”なんてものは、時に千の剣より鋭い。傷を抉るだけで、癒さない」
「……それでも、知らなければ、何も変わらないじゃないですか!」
「違うな。“知った上で、誰が責任を取るのか”を誰も決めたがらないだけだ。だから、変われない」
静寂が広がる中、アークが口を開く。
「ならば、我ら魔族がその“責任”を取ろう。記録の真偽を、第三者によって精査してもらう。その結果によっては、我が王国が譲歩しよう」
この言葉に、会場がざわめいた。
「本気か、魔王アーク……!」
「譲歩というのは、場合によっては主権の一部を……」
ミカは思わず振り向いた。
「アーク様……それは、あまりにも――」
「……だが、ミカ。誰かが“最初に手を差し出す”覚悟を見せねば、何も始まらない」
その時、グランフォル王国の獣人代表が言った。
「ならば、我らも歩み寄ろう。……神殿の記録、我が国の巫女が中立監査にあたる」
「……私たちドワーフも同意する。ただし、検証には精密な魔導解析を要する」
「……いいでしょう。我がエルフも協力します。ただし、人間側の動向によっては、我々は森へ退くことも辞さぬ」
信頼という細い糸を、ようやくつなぎ止める小さな同意だった。
混乱と冷たい駆け引きの中――
ミカは深く息を吸い込み、静かに語り出した。
「皆さん……この会議が“終わらなかった”という事実こそ、希望だと私は信じます」
「そして私は……“魔王の秘書”としてではなく、一人の人間として、この世界の未来を結ぶ“橋”になります」
勇者カイが、静かに頷いた。
「……次の一手を見よう。あんたが“本当に変える”側なのか、それともまた、誰かの駒なのか」
ミカの瞳が強く光る。
「試していただいて結構です。……でも、私はもう迷いません」
世界会議の場に、一筋の光が差し込んでいた。
それはまだ確かな希望ではなかったが――確かに“始まり”の光だった。




