63話 裏切りの使者 ―会議に忍び寄る影―
世界会議三日目――
魔王アークとミカを含む各国の首脳陣は、古代遺跡への視察の準備を整えつつあった。だが、早朝の空気にはどこか重苦しい気配があった。
「……風が、淀んでいる」
エルフの賢者レイルが、森の風を読むように目を閉じて呟いた。
「何か、来る……いや、もう入り込んでいるのかもしれぬな」
その言葉の直後、警備兵が駆け込む。
「緊急事態です!人間王国の使者団の中に“黒翼の巫女”と思しき人物が――!」
空気が一変した。
「黒翼の巫女……あの結社の中心人物が、まさか」
ミカの脳裏に、かつて見た黒い羽根の女がよぎる。
会議室に現れたのは、仮面をつけた黒衣の女だった。
「皆さま、ご機嫌よう……この私を迎える準備は整っているかしら?」
「貴様が、“黒翼の巫女”か……!」
レオンが剣に手をかける。
「ふふ、失礼ね。私はただの“観測者”よ。ちょっとした真実を届けに来ただけ」
女は仮面を外し、艶やかな黒髪を揺らしながら微笑んだ。
「“神々の遺産”――それは真実よ。そして、あなたたちはその力の前にひれ伏すしかない」
「力の解放は、この世界の滅びに繋がると知りながら、それを……!」
ミカが立ち向かおうと一歩踏み出すと、巫女は一振り手を上げた。
「止まりなさい。“橋渡し”を気取るあなたが、どれほど無力か……教えてあげるわ」
突如、天井を破って闇の獣たちが会議室に侵入した。
「伏兵だ!警備隊、応戦せよ!」
「各国代表を守れ!」
アークが剣を抜き、ミカの前に立つ。
「ミカ、下がれ――ここから先は、俺の役目だ」
「いえ、共に戦います!あなたは私を“秘書”にした。なら、あなたの隣で戦わせてください!」
「……まったく、意志の強い秘書だ」
ミカは魔導通信石を取り出し、全体に指示を飛ばす。
「各国守備隊、即時配置転換!闇の獣の排除を優先し、黒翼の巫女の捕縛は第二目標!」
混乱の中、黒翼の巫女は高台に立ち、声を放った。
「この世界の均衡は、もう保てない。封印は解かれる――その時こそ、“選ばれし者”のみが生き残る」
「選ばれし者、だと……?」
レオンが問い返す。
「それを決めるのは、お前たちじゃない……!」
「違うわ。力よ。すべては“力”が決めるの。情けも対話も――無力な幻想に過ぎない」
そう言い残し、巫女は闇の翼を広げ、空へ消えていった。
戦いが収まった後、会議室に重苦しい沈黙が残る。
「これは……戦争の予兆ではないのか?」
ドワーフ王が呟く。
「いや、違う。これは“試練”だ」
アークが低く語った。
「神々の遺産、魔導核、そして黒翼の巫女。真実に近づいたからこそ、敵も動いた」
ミカは深く息をついた。
「……でも、諦めません。この会議を、必ず守ります。魔王様、各国の皆様――共に立ち向かいましょう。未来のために」
静かにうなずく各国代表たち。
そして――嵐のような一日が、幕を閉じた。




