50話 交渉の決着と未来への布石 ―秘書の名にかけて―
封印の危機が未然に止められたその翌日、世界会議の会場には再び各国の代表が集っていた。だが、その空気は前回よりも遥かに張り詰めている。
壇上に立つミカは、ゆっくりと語り出した。
「本日未明、“人間王国の封印装置”が起動しました。それは、和平を望む全ての者を裏切る行為であり、危うく魔王アーク様を暴走させる寸前でした」
どよめきが広がる。
「証拠はあります。古文書、魔力波形の変異記録、そして――現場で止めたこの私の言葉を、嘘だという者がいれば出てきてください」
会場は静まり返った。
やがて、一人の人物が立ち上がる。
「……確かに、我々の一部が“封印”の再起動を図った。だがそれは、“魔王が裏切るかもしれない”という恐怖からだ!」
人間王国軍の高官、グレイナー将軍だった。
「正直な発言に敬意を払います。ですが、その恐怖は、“過去”を見ていたからこそ生まれたもの。私は“未来”を見据えて動いています」
ミカが静かにうなずくと、背後の扉が開き、アークが姿を現した。魔王としての威厳と力をその身に纏いながらも、その目は穏やかだった。
「俺は魔族の王として、世界の敵ではない。“過去の呪い”に囚われる者には、赦しもできぬかもしれん。だが――」
アークは壇上に立ち、力強く語った。
「共に歩む意志があるのなら、手を差し伸べよう」
その言葉は、静かに、しかし確かに響いた。
その瞬間、会場の扉が再び開き、白銀の鎧をまとった人物が姿を現した。
「……勇者レオン!」
ざわつく会場。
レオンはミカとアークの間に立ち、観衆を見渡した。
「俺は、魔王と剣を交えた。だが、彼に“憎しみ”はなかった。俺の剣を止めたのは、この秘書だった。彼女の言葉が、俺の“正義”を救ってくれた」
レオンは剣を鞘に収めた。
「俺は、和平に賛成する。魔族も人間も、同じ未来を生きていいはずだ」
重苦しい沈黙が、数秒だけ流れた。
やがて、エルフの賢者が立ち上がる。
「我らはこの会議に賛同する。和平の道を歩む覚悟がある」
続いて、ドワーフの鍛冶王も手を挙げた。
「鉱山の底から叫ぶぜ。共に未来を鍛えると!」
そして、ついに――人間王国の代表も、頭を下げた。
「……我らも、過去を水に流そう。“秘書”殿。あなたの交渉が、世界を変えた」
会議の幕が下りたあと、ミカはひとり広場に佇んでいた。
そこにアークが近づく。
「……よくやったな、ミカ。お前のおかげで、俺は“魔王”ではなく、“統治者”になれた気がする」
ミカは微笑んだ。
「私はただ、秘書として“あなたの思い”を、みんなに伝えただけです」
「そうか。“秘書”って、思ってたよりずっと大変な職業なんだな」
「でも、やりがいは……ありますよ」
ふたりは夕焼けの中で、静かに微笑み合った。
そして、世界は少しだけ変わり始めた――。




