4話 魔王軍の職場環境と人材事情
「おい、また誰か燃えてないか……?」
朝、魔王城の内政庁に入った俺は、ほんのり漂う焦げた匂いに眉をひそめた。
「お疲れさまです、秘書殿。大丈夫です、ちょっと新人オーガが魔法書を読み間違えただけです」
そう言ってくれたのは、人事課のメドゥーサ嬢――髪が蛇の美人だが、書類仕事の鬼でもある。
ここ、魔王軍は――はっきり言って“人材のカオス地帯”だ。
まず、そもそもの職場環境だが……
見た目は荘厳な中世城塞建築風、でも中身はほぼ迷宮。部屋割りも配置も、ある意味“ランダム生成”に近い。
執務室がある階にたどり着くには、
・ワープ魔法の使い手を雇うか
・三日月型の回廊を五周して魔法紋を踏むか
・地下3階から魔獣フロアを突破するか
のいずれかしかない。
「もう“遅刻=迷った”が常識になってるの、どうかと思うよ……」
俺が呟くと、グレン(鬼族・庶務官)が苦笑しながら肩をすくめた。
「むしろこの職場で“定時に来る奴”の方が怪しいっすよ」
◆ 人材構成:魔族たちの多様性とクセ強さ
魔王軍に所属する職員は、大きく以下のカテゴリに分かれる:
* 【純戦闘職】:前線部隊、四天王直属、脳筋系
* 【内政職】:書類・調整・財政管理など
* 【研究職】:魔法研究、呪具開発、古文書解析
* 【特別職】:魔王の側近、外交、暗殺など
俺が主に関わるのは“内政職”と“研究職”だが――
クセが強い。とにかく強い。
たとえば、財政管理部のリーダーは“ミミック(宝箱型モンスター)”。
話しかけてもフタしか動かないため、会話は部下が通訳する。
また、文書課にはリッチ(不死系魔導士)がいるが、
四六時中ブツブツ呪文を唱えており、話しかけると数十秒間“恐怖状態”になる。
「マジでホワイトボードが燃えたんすよ、前回」
「前回って、週一で燃えてるんだけど……」
だが、一番の問題は人材流動性の低さだ。
魔王軍は基本的に“辞めたら魂ごと回収”という契約が多く、つまり一度入ると出られない。
ブラックじゃないか、それもう。
しかも上層部が「戦で名を挙げた者こそ幹部にふさわしい」と考えており、内政経験者がほぼいない。
俺が面接して気づいたんだが、人事が履歴書代わりに見ているのは“討伐数”と“獲得勲章”。
スキルシートや実務経験など、考慮されていなかった。
そこで、俺は現代知識を活かして新しい人材評価制度を提案した。
【魔王軍人事評価・四象システム】――
①成果(業務達成率)
②技術(魔力・処理能力)
③協調性(チーム貢献)
④創造性(改善提案・新案)
この四軸で魔族たちを“数値化”し、昇進や配置転換の材料にする仕組みだ。
「協調性って……魔族にはない発想だな」
「いえ、むしろ魔族こそ必要です。“独立心”と“破壊衝動”が強すぎるので」
「ぐうの音も出ねぇ……」
制度の導入と同時に、俺は魔王軍初の“定期面談”制度も導入した。
1ヶ月に1回、直属の上司と30分間の面談を義務化。
目標設定、困っていること、やりたい業務などを聞き出す。
すると、思いのほか反応があった。
「秘書さん、俺、もうちょっと資料作成とか勉強したくて……」
「実は、子どもの世話もあって、昼に働ける部署に異動したい」
「こないだ、マナポーション開発でアイディア出たんスけど――」
こんな声が、今までまったく拾われていなかった。
魔族たちも、“働く環境を良くしたい”という気持ちは持っていたのだ。
ただ、それを言える“場”がなかっただけ。
もちろん、すべてがうまくいっているわけではない。
・ドラゴン族は“3日に1回冬眠”に入る
・スライム族は労働時間中に“溶けて姿を消す”
・サキュバスは恋愛禁止令に抵抗して“セクハラ騒動”を起こす
課題は山積みだ。
でも、俺は思う。
「“人間”である俺にしかできないこと、けっこうあるんじゃないか」
ブラック企業出身の俺が、異世界の“よりにもよって魔王軍”という職場で、職場環境を整えていく。
その取り組みは、やがて魔王軍全体の士気と組織力を底上げしていくのだった。




