38話 裏切りの影と会議の混乱
「……裏切り者、ですって?」
ミカは空気が凍りついた会議場で、硬く眉を寄せていた。
各国代表たちの間にさざ波のような不安と疑心が走る。
「これは、明らかな情報戦だわ……!」
セレフィナが小声で囁く。ガルダ公爵も渋い顔で腕を組んでいた。
「この手の揺さぶりは、戦場でもよくある。問題は――本当に裏切り者がいるのか、だな」
ルドヴィック公の薄笑いが、場をさらにかき乱していた。
「会議を一時中断し、魔王軍内部の再点検を始める。……誰一人として、例外はない」
魔王アークの宣言は冷徹だった。
すぐに魔王軍の高官たちが招集され、ミカは本部へと戻った。
「まさか、本当に……」
副官ラゼルが唇を噛みしめる。
「“裏切り”の定義にもよります。情報を漏らした者か、意図的に混乱を起こした者か。それとも――」
ミカの頭には、ある名前が浮かんでいた。
(まさか、アイツが……?)
以前より不穏な動きをしていた魔術師・カンゼルの存在。
表向きは忠実な参謀だが、その野心は隠しきれていなかった。
調査班の報告によると、数日前――世界会議の準備期間中に、
魔王軍の通信文が一部、外部に漏洩していた痕跡があった。
「文書は“焼却”された痕跡あり。しかし、炉には使われていない“鍵付きの灰入れ”が使われていた」
「内通者がいたとすれば、かなり魔王軍の内部構造を熟知している人物……!」
そのとき、警備部から急報が入る。
「魔術師カンゼルが行方不明です!」
「……やはり!」
ミカはアークの執務室へ駆け込む。
「陛下、裏切り者は――カンゼルです!」
魔王軍の追撃隊は、地下迷宮へと続く隠し通路でカンゼルを発見した。
「そこまでよ、カンゼル! どうしてこんなことを!」
「ふふ……“理想”に酔う者たちに、現実を見せてやるのさ。
魔族が他種族と共に生きる? 笑わせるな、幻想だ!」
カンゼルは暴走した魔力を展開し、魔法障壁で身を守る。
「俺は……真に魔族の未来を想う者だ! 世界会議など、崩れればいい!」
「それは“想い”ではなく“独善”よ!」
ミカが叫ぶ。そしてアークが一歩、前に出る。
「その身をもって知れ。魔族の未来は、お前のものではない」
アークの右手に、黒き雷の魔力が集う。
――バンッ!
閃光がカンゼルを貫き、男は倒れた。
カンゼルの捕縛により、裏切り者の存在は明らかとなり、会議場の空気も徐々に安堵へと変わっていった。
「……この度の件、魔族側の自浄努力に感謝する」
ダラモンド王が静かに頷く。
「一度崩れた信頼は簡単には戻らないが、努力は認めましょう」
セレフィナもまた、視線をミカに向ける。
「貴女は、よく耐えました」
だが、その最中――ミカの背後で静かに手を組む男がいた。
ルドヴィック公――彼の目は冷たい光を湛えていた。
(やはり、“これ”は始まりにすぎない……)




