37話 各国代表と波乱の交渉
「さて、本日も始めよう。“未来”を諦めぬ者たちのために」
魔王アークの言葉と共に、再び各国代表が大広間に集う。
昨日とは違い、空気にはピリッとした緊張感が漂っていた。議題は――「魔力資源の分配」と「共同研究の枠組み」。
ミカは会議台の端に立ち、魔族語と共通語を巧みに使い分けながら、議論の進行を手助けしていた。
「我が鉱山では、魔鉱石の埋蔵が確認されておる。だが、近隣の魔族の部隊が無断で採掘した形跡がある。これをどう説明する?」
ドワーフ王ダラモンドが、ゴツゴツした拳で机を叩いた。
「それは……確認不足でした。魔族軍の独断行動であった可能性があります。魔王陛下の意志ではないことを、ここに明言します」
ミカはすかさず発言し、各国語に翻訳して伝えた。
だが、ダラモンドは唸る。
「言葉だけでは信用せん。“交換条件”として、我らの技術を共有する代わりに、魔族側の採掘権を一時凍結せよ」
その要求は重い。アークはミカに視線を送る。
「……ミカ、どうする?」
「お受けしましょう。ただし、“凍結”は半年。かつ、共同調査団を設置し、両国の監査を実施する――その条件で」
「ふむ……その条件、悪くない」
ダラモンドはついに笑った。
「……なぜ、あなた方は“森”に踏み入るのでしょう?」
エルフのセレフィナが静かに言う。魔族が植林事業で森に足を踏み入れていることに、彼女は警戒を強めていた。
「私たちは、破壊ではなく“共生”を目指しています。魔族もまた、自然の加護のもとに生きているのです」
ミカの言葉に、セレフィナはじっと目を見据えてくる。
「では問います。“共生”とは、誰が誰に許しを与えるのですか? そして、あなた自身は――自然を“管理”すべき存在だと信じているのですか?」
その問いに、ミカは息を呑んだ。そして、ゆっくり答える。
「……私は、管理者ではなく“理解者”でありたい。森の声に耳を傾け、共に道を探したいのです」
その返答に、セレフィナはふっと目を細めた。
「……ならば、希望を捨てずに見届けましょう。あなたの言葉が、ただの飾りでないことを」
グランフォル王国のガルダ公爵は、獣人族の誇りを露骨に見せながら叫んだ。
「我らにとって“闘争”は本能だ。だが今や戦う理由もない戦争に、部下を死なせるつもりはない!」
それは、和平への意志か、誇りを守る咆哮か――
ミカは席を立ち、まっすぐに彼の前に立った。
「誇りとは、力を誇示するものではありません。“守りたい者”のために振るう意志こそ、誇りではありませんか?」
ガルダは一瞬、口を閉ざす。
そして、不敵に笑った。
「お前、ほんとに秘書か? 戦場の言葉を知ってる目だな」
ミカは微笑みながら答える。
「秘書は、誰よりも“戦わずに済む道”を探す者ですから」
最後に発言したのは、人間側のルドヴィック公。
「……各国とも、魔族の言葉に“ほだされて”いるようだ。だが、和平は“信用”の上に成り立つ。魔族が信用に足る存在か、それはまだ証明されていない」
「言いたいことがあれば、はっきりどうぞ」
ミカは睨むように返す。だが、ルドヴィックは薄ら笑いを浮かべるだけだった。
「我々が得ている情報によれば、あなたの魔王軍には――“裏切り者”が紛れ込んでいるそうですね?」
会議場が凍りつく。
「……なんの証拠もなく、敵意を煽るその姿勢こそ、世界会議の敵です」
ミカが低い声で応じた瞬間、アークが立ち上がる。
「会議を中断する。……“裏切り者”か。確かにその存在がいるなら、まずは我が軍で始末せねばなるまい」




